授衣

 今日は、バイト先の菊月和服店で、緊急で呼び出しがあった。

 今まで何度かあって、どれも着物の試着をしてほしい。とのことだったので、きっと今日もそうだろうと思いながら向かった。

 到着すると、やはりそうだったようで、いくつかの和服を着せ替えられる。

 菊月家の長女で、私の同級生である授衣曰く、「自分で着て、見るよりも、人に着てもらって見た方が、どこが悪くてどこがいいのかわかりやすいから。」

 とのことなので、度々着せ替え人形にされている。もはや、性別すら関係ないのである。

 いつの間にやら引き込まれていて、私からいろいろ意見を出す事も増えていて、今日も楽しく感想やら気になった点やらを話していたら、久々に明らかな男物を着せさせられた。

 黒と金が主な色で、一目見て、結婚式の新郎用だろうと察することができた。

 着ること自体慣れていたので、ササっと着替えて戸を開くと、着替え途中の授衣がいた。

 さすがに同級生の着替えを覗くなんてとんでもないことをしたと思い、かといって下手に声を出すのも申し訳なくて、私は戸の前で土下座をしていた。

 今できる誠意はこのくらいだろう。

 しばらくして戸が開いた。

「なにしてるの⁉」

 そりゃ、戸を開けたら土下座していたら驚くだろう。とはいえ、謝らないわけにはいかないので、平謝りを繰り返すと、

「今日は無かったことにしてあげるから気にしないでいいよ。」

「そんなことより、私の服が似合ってるか、感想聞かせてよ。」

 若干というよりも、明らかに照れている様子の声だった。

 見ないわけにもいかないので、顔を上げると、何と言うか、うん、新婦そのものだった。

 しばらく見惚れていると

「感想言いなよ。何も言わないのは恥ずかしいでしょ。」

 めちゃくちゃかわいいと思ったが、それをそのまま言葉にするのははばかられる為、似合ってると伝えることしかできなかった。

「ありがとう。君もその服、よく似合ってるよ。」

 二人して顔を赤らめて、何をしているんだ。という話である。

 それはそれとして、これは誰かが着るのか聞くと。

「そ、依頼があって作ることになったんだけど、並んだ時の色合いとか、本当にいろいろ見てみないといけないから。」

「だって、一度限りのイベントを、私たちに任せてくれるんだから。いっそ神様でも宿らせるくらいやらなきゃ。」

 途中までは、夢見る乙女の声と顔をしていたというのに、最後の一言は覚悟を感じさせた。

 やっぱり、授衣は凄いな。と伝えると、

「それより、これからいろいろ付き合ってもらうから覚悟してよ?」

 そう言って彼女は巨大な鏡のある部屋で、横に並んでスマホを取りだした。

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