第4話
30分ほど時間が経ち採取を終えた二人は小屋へと戻ってきた。
「まさか本当に動物を狩ってくるとは思っていなかったよ」
ヴィクトリカはウサギを一匹手に持ち、キノコ類も背負っているカゴの中に入っている。そして舞弥もカゴ一杯に木の実を集めていた。
「これくらいは当然だよ。慣れた森ならこれの何倍もの成果を見せてあげられるよ。さあ、食事の準備をしよう」
「あ、そうですね。それなら私は川で水を汲んできますね」
舞弥の言葉にヴィクトリカはくすくすと笑う。
何かおかしなことを言っただろうかと、舞弥はヴィクトリカを見る。そんな舞弥の様子にヴィクトリカは指先から水を出し、アピールする。
魔法の存在をすっかりと忘れていた舞弥は、僅かに顔を赤らめて小屋へと小走りで向かった。
「もしかしたら知っているかもしれないけど、一応、小屋の内装の説明をするね」
舞弥に少し遅れて小屋にヴィクトリカが入ってくる頃には舞弥はすっかり落ち着きを取り戻していた。
舞弥は自分が小屋を確認した順に設備の紹介を始める。
「見てわかると思うけど、入って右側がキッチン。調理器具にナイフが4本とまな板、フライパンなどの鍋類、塩や砂糖などの調味料、流し場、冷蔵庫?があるよ。あ、冷蔵庫の中に食べられるかは分からないけどブロック肉もあるよ」
「なるほど。まあ、後で使うからその時もう一度確認するよ」
ヴィクトリカの返事にこれ以上の説明は必要ないと感じた舞弥は話を進める。
「そして、入って左側がトイレ。多分水洗だと思うけど、私には使い方がわからない。この世界の住人のヴィクトリカさんなら知ってるかな?」
「見てみないことには分からないが、恐らくわかるだろう。それにしても、よく使い方がわからないのに水洗だとわかったな」
「仕組みは違うけど、私がいた世界にも水洗トイレがあるから。構造的に汲み取り式ではないかなって」
「なるほど、そういうことか。使い方を確かめるために入ってもいいかな? あまり言いたくはないが、少し、催してきている」
エルフ特有の葉のように先の尖った耳の先まで赤く染め、恥じらいを見せる。その何処か妖艶な姿に舞弥まで恥ずかしくなる。
「ど、どうぞ」
ヴィクトリカを直視しないよう目を逸らしながら舞弥は促す。
しばらくすると日本の水洗トイレににた音が流れる。そのすぐ後に扉が開き、ヴィクトリカが舞弥手招きする。この突然の誘いに舞弥は慌てふためく。
「何を勘違いしているのかは聞かないでおきます。使い方がわかったので説明するだけです。それとも、お望み通りのことをして差し上げましょうか」
さらに顔を赤くした舞弥は、取れてしましそうなほど勢いよく首を横に振り、トイレに入った。
トイレの使い方は舞弥が予想していたよりもかなり簡単で、この島にくるまで使用していた日本のトイレと比べても遜色ないほどに便利だった。
「あの、外で少しだけ待っててくれないかな?」
「どうしてかしら?」
恥ずかしがる舞弥とは対象にニヤニヤと揶揄うようにヴィクトリカが言う。
「もう、揶揄わないでよ。ヴィクトリカさんがさっきトイレに行ったから私もしたくなったの。あーもう、なんでこんなこと言わないといけないのよ」
「ごめんごめん、まだ早かったね。こういうのはもう少し仲が深まってからだよね」
「絶対にしませんからね!?」
舞弥が叫ぶと同時にヴィクトリカは手を振ってトイレから出ていった。
何度もドアを確認し、開いていないことを確認する。ドアの付近に気配を感じなくなるとようやく舞弥は便座へと腰を下ろす。
舞弥はどこからか視線を感じたため顔を上げる。するとそこには、こっそりトイレのドアを開け、舞弥を覗くヴィクトリカの姿があった。
「だからやめてって言ってるでしょ! あ、ちよっとヤバい。叫んだらお腹にきた。……お願い、早く閉めて。もう、出ちゃうから。ああぁぁあああああ」
舞弥の我慢は虚しく、その恥ずかしい姿の全てを余すことなくヴィクトリカに視姦される。
「あ、ごめん。外で待っているから」
今にも泣き出しそうな舞弥の姿を見たヴィクトリカは興奮し、嗜虐心を刺激される。もう少し舞弥をいじめていたいという気持ちが強くなるが、鍛え上げた精神と自制心、それを上回る優しさで押さえつけ、そっとトイレのドアを閉める。
ドアが閉まってもしばらくは舞弥は放心状態で固まっていた。
ヴィクトリカがドアを閉めてからしばらくするとゆっくりとドアが開き中から舞弥が姿を現した。
トイレから出てきた舞弥にヴィクトリカがもう一度謝罪をするが、舞弥はどこか元気がなく、返事も反応しただけで中身が詰まっていない。
結局、舞弥はその後寝室、リビングと内装の説明を終えるまで心ここに在らずといった雰囲気だった。
「そ、それじゃあ夕食作ろっか」
少しぎこちなくはあるが、舞弥は調子が元に戻ったことをアピールするかのように手を打ち言った。
「そうだね」
その舞弥に合わせるようにヴィクトリカは変わらない返事をした。
「へー、凄いね。この冷蔵庫、王宮で使われているものと比べても遜色ないものだよ。つい100年前までは使われていたと思うから、この島に流されたエルフは最低でも1000年前のはずなのに」
「やっぱりそれって凄いの?」
つい100年前や最低でも1000年前という途方もない時間感覚の差に、舞弥の中での時間の感覚に当てはめることができないでいた。
「当然よ。エルフはヒトのように数年や10数年ごとに新開発、新技術だと言わないわ。数十年、あるいは数百年で新技術が生まれるの。誤解がないように言っておきますが、ヒトレベルの技術革新は同じようなペースで起きていますからね。私たちの言う新技術とは例えば、今まで手動で行なっていたものが自動になったや、人類の演算速度を超える魔道具ができたなど、今前の生活を一新するようなものを指すのです。効率の良い作業方法を発見したや、魔法具の処理速度が僅かに上がったなどのことはヒトとは違って含めないの」
「話を戻します。この小屋の前の住人はそうですね、1000年前に来た人だとしますね。1000年前ということは最低でも一世代分の技術差があります。ヒトの基準で言えばあってないようなものですが、私たちエルフの基準ではとても大きいです。わかりやすく言いますと、少し磨いただけの石でできた包丁と、名匠の造る不錆鋼の包丁との差です。石包丁時代の人が不錆鋼製の包丁を作ると驚くでしょう?」
「なるほど、確かにそれは凄いですね。でも、水洗トイレ。あれも1000年前の技術で作れるものなのですか?」
「ああ、あれはマヤが思っている以上に簡単な作りで、1000年以上前から大元の設計は変わっていない」
話に盛り上がっていたヴィクトリカが急に目を細めてブロック肉を見つめた。
「この話で盛り上がるのはひとまずこれくらいにしておいて、どちらかと言うと問題はこの肉の方だな」
「どういうことですか」
雰囲気がガラリと変わったヴィクトリカに少し戸惑いながらも、人の話は真面目に聞きましょうと日本教育を受けた舞弥もヴィクトリカに倣うように真剣な表情をする。
「この肉は恐らくロック鳥のものだろう」
「ロック鳥、ですか? それってあの三頭のゾウを軽く持ち上げることができる巨大な白い鳥のことですか?」
伝説のと付け加えヴィクトリカに尋ねる。ヴィクトリカは少し驚きながらも首を横に振り舞弥に答える。
「流石にそこまで大きくないよ。精々ゾウ一頭くらいだと思うよ、持ち上げることができたとしてもね。それ以外のところは大体合っているよ。ただ、マヤのいた世界とは違ってこちらでは見ての通り普通に生息している」
「まあ、問題はそこではなくて、ロック鳥は魔物で、そしてその魔物がいるのはダンジョンだけなんだ。つまり、この島にはダンジョンがある。ダンジョンというのは、自然には得ることのできないものや魔物がいる神が創った洞窟というのが私たちの現在の結論よ」
「ダンジョンですか」
魔法のときほどではないが、ダンジョンや神が創ったという言葉に遅れてやってきた舞弥の厨二心がくすぐられ、僅かに溢れ出した興奮が言葉に乗っている。
「ええ、ロック鳥がいるくらいだからかなりの規模だと思うわ。一度潜ってみるのも良いかもしれないわね。……時間は余っているから」
「そうですね。私は戦うことができないですが少し覗くくらいのことはしても良いかもしれませんね」
「私がいるから大丈夫よ。こう見えてもかなり強いのよ、私。それに、この後魔法を教えるから十分戦えるようになるわ」
「それは、楽しみです」
「そうだな」
そこで会話が途切れ、二人は夕食の準備に取り掛かった。ウサギを捌くことのできない舞弥はヴィクトリカが採ってきたキノコ類と自身が採取した木の実を。ヴィクトリカは魔法を駆使し、ウサギを。二人で肩を並べてそれぞれができることを始めた。
ヴィクトリカに使い方を教わりながら舞弥はキノコの炒め物とデザートに昨夜も食べた木の実を剥いたものを作った。その隣では元王女とは思えないほど慣れた手つきでヴィクトリカがウサギのソテーを作った。
「いただきます」
それぞれが作った料理を並べ席につくと舞弥はいつもの癖で食前の挨拶をした。その短い食前の祈りにヴィクトリカは思わず組んでいた手を解き、なんとも言えない表情になる。
「それは?」
「どれですか?」
「”いただきます”という言葉だ」
ヴィクトリカが指しているものが何か分からなかった舞弥だが、直接教えられたことで納得する。
「ああ、ただの食前の挨拶ですよ。私がいた国ではこう手を合わせて、生産者や食材に感謝するんです」
「そうなのか。私たちの世界とは違って短かく、祈りの仕草も違っていたから何をしているのか分からなかった」
「そうなんだ。ちなみにこっちの世界ではどうするの?」
ヴィクトリカは目を閉じ、両手を胸の前で組み、実践してみせる。
「いくつかあるけどこういう普段の食事の時はこう胸の前で手を組んで、”神よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心身を支える糧としてください”と言う。特別な儀式や行事の時はこれの何倍も長い祈りがある。正直、せっかくの食事も冷めてしまっては美味しくないのでマヤの世界のように短いものが良かったと思っている」
そう言い終えたヴィクトリカは目を開け、苦笑いを見せる。本気でうんざりしていることがヒシヒシと舞弥の肌を刺すように伝わる。
「それなら、今日から私と同じ祈りにしませんか? この島にはヴィクトリカさんを縛るものはないのだから」
舞弥の言葉にヴィクトリカはくすりと笑う。
「それもそうね。今日からは食前は手を合わせて”いただきます”にするわ。もう一度私と一緒にしてくれるかしら、マヤ?」
「もちろん」
顔を見合わせてタイミングを図り同時に手を合わせる。数拍遅れて”いただきます”と二人の声が重なって響いた。
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