第3話
不快な冷たさを感じ舞弥羽目を覚ました。
「嘘でしょ、まさか」
舞弥はガバっと起き上がり布団を持ち上げる。舞弥の視線の先にはしっかりと昨夜の証拠が残っていた。
「ああ、恥ずかしい。昨夜のは夢だと思っていたのに。いや、まあ、アレじゃないだけマシか。17になってアレだと自殺案件だからね」
枕に顔を埋めて数分ほど恥ずかしがっていた舞弥は最悪なパターンではなかったことにホッと息を吐く。
ベッドから降り自分の体液で濡れたシーツを外す。クローゼットから替えのシーツを取り出してベッドに着ける。クローゼットの中に入っている玩具が目に入った舞弥は昨夜のことを思い出し、顔を赤く染めた。
川で顔を洗った舞弥はそのままシーツを洗い、外に出した物干しにかける。
残しておいた木の実を食べ僅かに腹を満たした舞弥はカゴとナイフを持ち森の中へと入っていった。
舞弥はナイフで樹に傷をつけながら出来る限り真っ直ぐに進んでいく。
舞弥が迷わないよう気をつけ森を進んでいるのには理由がある。それは単純で、最初の海へと向かうためである。舞弥は森の中にある小屋を拠点にしていくつもりであるが、それだけではこの島を訪れた者に発見されにくい。それが悪人であれば構わないが、善人であれば脱出のチャンスを逃すに等しい。
「いずれはイカダでも作ってそれを浮かべておきたいけど、とりあえずは、定期的に浜まで出て来て救助待ちをアピールしないと」
舞弥は数時間かけて森を抜け、海へとたどり着いた。
「ここが最初の場所かはわからないけど、浜にさえ辿り着ければどこだったいいや。あれ? もしかして、人?」
舞弥の視線の先には女性が一人、下半身が使っている状態で倒れていた。
舞弥は女性に近づき意識の確認をする。首に手を添えて脈拍の確認をする。舞弥の手に女性が生きている証拠が伝わる。脈があることに一安心した舞弥は次いで呼吸を確認する。舞弥は自分の顔を近づけ、固まる。
「はっ」
その美しい容姿に見惚れていた舞弥は意識を取り戻し呼吸の確認を進める。静かな寝息が聞こえることを確認すると女性を担ぎ海から出す。一晩はそこに居たのか、体が冷え切っており担いだ舞弥の体温まで奪う。
「ここに居ても休まらないよね。少し大変だけど小屋まで運ぶか」
舞弥は自分と同じか少し背の高い女性を担ぎ直し、印をたどり小屋へと戻った。
行きよりも僅かに時間をかけて小屋へと戻った舞弥は女性の服を脱がし、ベッドに寝かせた。布団は干し、シーツを交換したとはいえ自分の愛液で濡らしたベッドに人を、それも全裸で寝かせることに罪悪感と申し訳なさを覚えたが女性の体を温めるためには仕方がないと割り切る。
女性を寝かせた舞弥は予定していた木の実の採取を行おうとするが、自分と同じ大きさの女性を背負って森を歩いた為、予想以上に疲労が溜まっていた。同じベッドで寝ることに理由はわからないが恥ずかしさを感じた舞弥は汗と海水で濡れた服を脱ぎ、リビングに置かれているソファで眠りについた。
「おい、起きろ。おい」
凛々しく、それでいて、女性らしい声で舞弥は目を覚ました。舞弥の目の前には服を着た女性が小屋に置かれていた剣を舞弥に向けている姿だった。
「えっ、は、はい? ひっ」
突然起こされたと思うと目の前に剣を突きつけられていた舞弥は恐怖で顔を青くし、震え出す。それと同時に両手に違和感を感じ視線を下げると想像通り縄で両手を縛られていた。幸い脚は縛られていないが、この状況では逃げ出すことはできない。
「質問に答えろ。お前は誰だ、何故ここにいる」
「ーー、ーー」
その美しい顔からは想像できない怒気を当てられ、舞弥は恐怖でうまく言葉を発することができない。餌を求める魚のように口を動かしているが空気が漏れるだけで音が出てこない。
「もう一度言う。質問に答えろ」
「わ、私は、水、水神、水神舞弥です。えっと、気がついたらこの島にいたので理由はわかりません。ごめんなさい」
女性に再び怒気を当てられるが、詰まりながらも受け答えをすることができる。
「水神舞弥。と言うことはビオレイ連邦の人間か? あちらの者がどうしてこんなところに。もう一つ質問する。お前はーー」
「あ、あのっ。ビオレイ連邦って何ですか? 私、そんな国知りません」
「何?」
舞弥の言葉に女性の表情が変わる。怒りは消え、哀れみ、知性ある生物であれば全てを恋という名の地獄へと落とす微笑みへと。
「なるほど、理解した。マヤは異世界からの転移者と言うことだな。それならば、ここにいることもあり得なくはない。マヤ、怒りをぶつけたことを謝罪しよう。すまなかった」
「え、ああ、いえいえ、気にしないでください」
女性の微笑みで意識が遠のいていた舞弥は慌ててその赤くなった顔を振った。
「ありがとう。そういえばまだ私の名を言っていなかったな。私はヴィクトリカ。ただのヴィクトリカだ。ああ、これを忘れてはいけなかったな。私をここまで運んでくれたのはマヤ、君だろう? 本当にありがとう」
「それこそ気にしないでください。当たり前のことですから。あの、私からも質問してもいいですか?」
「もちろん。私に答えられることは何でも答えるさ。でも、その前に服を着た方がいい。縛った私が言うのもアレだけどそのままでは辛いだろう」
ヴィクトリカの言葉で舞弥は自分の今の姿を思い出し、顔を赤くし、足元に落ちていたブランケットを上げ顔まで隠す。その仕草にクスクスとヴィクトリカは笑い、さらに舞弥は頬が赤くなる。
ヴィクトリカが舞弥の手を取り縄を解く。その仕草は一国の王子が囚われの姫を解放するようで、舞弥が全裸であることを除けば絵になる。
手の縄を解かれた舞弥は服を着て再びヴィクトリカと向きある。
「それで、質問なのですが、ヴィクトリカさんは私の事を転移者だと言いましたが、私以外の転移者もいるのでしょうか? いるのならどのような生活をしているのでしょう」
「ああ、勿論いるとも。そうだな、私が見聞きした限りの話だが、私の国に住んでいる転移者はエルフ語を話せないものばかりなのでその日の生活に苦労している者が多い。中には奴隷落ちする者もいる。エルフ語を話すことができる者もダンジョンを攻略する探索者になるくらいしか道はない。最も、転移者の多くは軟弱者ばかりで成功する者は少ないが。今私が話しているヒト語が共通語のビオレイ連邦に転移した者たちは言葉がわかる分少しマシな生活をしているらしいが、それでも探索者の平均以下がほとんどだ」
「そう、ですか」
予想以上に悪い転移者の実情に舞弥の声が濁る。最初はヴィクトリカの目を見ていた視線も下がり、今はその胸元を見つめる形になっている。
「ありがとうございます。あの、さっきの話を聞いていて疑問に思ったのですが、ヴィクトリカさんって、もしかして偉い人ですか? その、私の国と言っていたので」
「ああ、偉かったと言うのが正しい。私はローブリルシア神聖国と言うエルフの国の王女だった。無実の罪を着せられて文字通り島流しにされた。この島は罪を犯したが処刑するわけにはいかない高位貴族を流刑にするための一つだな。島の周りに凶暴な魔物が生息しているため脱出どころか島に辿り着くことすら難しい。私が最初にマヤに尋ねたのもこれが理由だ」
「悔しく、ないのですか」
顔を伏せ、涙を流している舞弥がヴィクトリカに問うた。
「…… 勿論悔しいさ。でも、先ほど話しただろう。この島から出ることはできない。仕方のないことだ。濡れ衣を着せられた私が愚かだった。それだけだ。ありがとう、話あたしのために悲しんでくれて」
ヴィクトリカは舞弥の頭を自分の胸に抱き寄せ、そのまま頭を撫でて舞弥が落ち着くのを待つ。
「すみません。私、自分のことじゃないのに」
「気にするな。私も嬉しかったから。それに、こういう時はごめんなさいと謝られるよりもありがとうと感謝を伝えられる方が私も嬉しい」
「はい。ありがとうございます」
舞弥の言葉に「ああ」とヴィクトリカは短く返した。言葉は素っ気ないがその表情は嬉しそうに和らいでいる。憎悪の一欠片も存在しない。
突然の生物キラーが付与された笑顔に舞弥は内心悶えているとヴィクトリカから声がかかる。
「質問は以上か? なければ陽のあるうちに食糧の調達などを済ませたいのだが」
「あ、えーと、そうだ、最後に一つだけ聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「エルフ語ってどのような言語なのかなと。転移者の中にもわかる人がいるということは私も知っている言葉なのかなと思いまして」
「なんだ、そんなことか。そうだな、今から何か一文、これからよろしく、ミカとエルフ語で言おう」
ヴィクトリカがエルフ語で話す。そのエルフ語を聞いた舞弥はどこか納得した表情になる。
「なるほど、道理でエルフの国で転移者がやっていけないかがわかったよ」
「マヤにはエルフ語がわかるのだな。それで、その理由は?」
「エルフ語って私のいた世界だと英語と言われているの。それで、多分だけど、転移者のほとんどは私と同じ日本人だったと思うの。理由は、ヒト語が分かってエルフ語が分からないっていう人が多いこと。あと、いや、これは直接的ではないかな。私もさっきみたいな簡単な会話くらいならできるけどネイティブ、そこで暮らしている人たちと同じように話すのは無理。よし、質問終わり。木の実採りに行こう。近くにたくさん生えてるからすぐに集まるよ」
舞弥は立ち上がりヴィクトリカの手を取る。ナイフとカゴを開いた手に取り小屋を出る。
「おい、待てマヤ。お前、木の実しか食べないつもりか?」
舞弥の手を振り払ったヴィクトリカが尋ねる。その質問を聞いた舞弥の表情が驚きと決まりが悪いの二つが混じり合ったものに変わる。
「キノコは食べられるものとそうでないものの見分けがつかないの。もしかしてだけどエルフってお肉も食べるの?」
「何当たり前のことを言っている? 中には肉を食べないのもいるが、それはヒトも同じだろう?」
「それもそうね、ごめんなさい。でも、素手で動物捕まえるほど私運動できないし、罠の仕掛け方も知らない。そもそも、捌き方が分からないからどのみち無理だよ。ヴィクトリカさんができるのならそれでいいのだけど」
ヴィクトリカはしばらく困惑した表情をするが、しばらくして頭の整理がついたのか一人納得した顔をする。
「私も素手では無理だよ。でも魔法がある。マヤも練習すれば使えるようになる。何せ魔力量は歴代のエルフの中でもダントツ多いと言われている私以上なのよ。それに、解体も魔法でできるから問題ないわ」
魔法。このたった一つの単語が舞弥の心臓を高鳴らせた。近くにいるヴィクトリカにまで聞こえるのではないか。そう感じるほどだ。
「そうなんだ。ねえ、その魔法って教えてもらうことってできないかな?」
ヴィクトリカは少し考えるそぶりを見せる。その仕草ですら映画のワンシーンのように見えるのだから舞弥は僅かに嫉妬を滲ませる。
「そうね、一つだけ条件を飲んでくれるのなら構わないよ」
「もらうだけだと悪いからね。いいよ、それで、条件は?」
「それは採取が終わってから伝えるよ。もしかすると気が変わるかもしれないから。それじゃあ、マヤはいつも通り木の実を集めてきて。私は肉やキノコ類などを取ってくるから」
「うん、また後で」
二人は慣れた様子でそれぞれ森の中へと入っていった。
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