第8話 脱資本主義のコンセプト
脱資本主義ということは、お金に頼らない世界の構築であることはご理解いただけると思います。お金に依存している現代人には中々理解できない事だと思いますが。
そもそも、お金というモノがどういう経緯で誕生したかと言えば、ギブ&テイクという考えではないでしょうか。それは価値の交換であり、最初は物々交換から始まっていると思います。
非常に合理的で素晴らしい手法に思えるでしょうが、それこそが今日の地獄を作った元凶だと思います。ギブという何かを与える行為は素晴らしいと思いますが、それと引き換えに行うテイクが地獄への始まりとなる。
人はテイクを覚えると堕落し始めるのです。自分で作るより他人から奪う方が楽だし簡単だから。法律がない時代なら、力で奪えばよい。しかし、それでは安心が出来ないわけで、安心するために交換という事を思いつく。
しかし、完全に同じ価値を交換しても自分のメリットはない。だから、少しでも自分のメリットが出るような交換を考えていく。それを突き詰めたのが商売でありビジネスなのです。
そして、自分にとって利の多い交換、今や取引と呼びますが、大きな利益を得ることが出来る。その為に必要なのが嘘であることは改めて言うまでもないでしょう。
脱資本主義に於いては、ギブしかない世界となります。テイクしなくても誰もがギブをすることで社会を円滑に運営するというのが脱資本主義のコンセプトと言えるでしょう。
誰からもテイクされない世界。誰からも奪われない世界。そこで最も重要なのは嘘をつかないという事になる。必要ないモノを欲する嘘、ギブを誤魔化す嘘と言った嘘が入り込むことで、脱資本主義の世界は壊れる。
嘘がないと維持出来ない資本主義の反対に位置するので、当然の結果と言えるでしょう。常に、基本はありのままの自分。その自分を思う存分発揮してギブを生み出すことが求められる世界ということです。
共に生み出す世界となるので、何となく共産主義という認識が出て来ると思いますが、違うのは統治機構がないということ。全ては個人や集団同士の交流で行う事になる。
テイクがないという事は、国家や企業と言った組織を必要としない事になるのです。そこに税も利益もない。互いに与え合う流通は存在しますが。我々の世界に於いても、地球のそれと同じように全てはプライスレスなのです。
お金という嘘の価値に支配されるようではダメなのです。そういうモノに支配されると人間が小さくなる。そして今や人間はアリ波に小さな存在となっているのではないでしょうか?
このギブしかない世界は、実は我々の身近にあるのです。それは何かと言えば子育て。子を育てるというのはギブしかない。もちろん、子育てで得られるものは沢山ありますが、それはテイクではないのです。
しかし、今日のギブ&テイクの世界では、あろうことか子育てにもテイクを求める志向がある。そして、子育てにテイクがないことで子育てを嫌がる傾向にあるのです。
そして、テイクを求める親たちは親孝行を強いる。それは子育てとは呼べないと思います。私は親から受けたギブは親に返すのではなく、子に対してギブすることで未来が作られると考えています。
そうした子育てのコンセプトと社会のコンセプトの違いが、我々の未来を消しているのではないでしょうか?
全ては明日の為にあるのです。今日がどんなに苦しく辛くても、その先に素晴らしい明日があるから人間は生きていけるのではないでしょうか?
その明日の礎を自ら放棄するようでは人類に未来はない。だから、人間をそうさせる資本主義を捨てなければいけないと考えるのです。従って、脱資本主義のコンセプトは当然、資本主義とは正反対になる。
もちろん、それを一度にやろうとすれば抵抗が大きく実現できないし、その中で無理をすればコンセプトが捻じ曲げられてしまうわけです。資本主義が誕生して二百年程ですが、そこに至る経緯まで含めると二千年という長い年月の中で築かれたパラダイムなので、どんなに上手くいっても数十年から数百年という時間が必要になる可能性もあるのは承知しています。
ということで、次からは脱資本主義に向けた戦術について書いていこうと思います。
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