夏が来て、彼女はますます弱っていった。食欲が減り、一日のほとんどを寝て過ごすようになった。医者からは、この夏は越えられないだろうと言われていた。

 僕は夏休みいっぱい、週3日行っていたアルバイトを休んで、ルイとずっと一緒に過ごすことにした。彼女は自分のために僕がアルバイトに行かないことをすごく嫌がったけれど、いつになく頑なな僕に、今はもう何も言わなくなった。


 今日は調子がいいのか、朝ご飯を食べたあと、窓際の日当たりのいい場所にお気に入りのクッションを持っていって、外を眺めている。


「夕方に暑さが落ち着いたら、少し散歩に行こうか」


「いいわね」


振り向き微笑む彼女の髪が光を弾くのが綺麗で、思わずその髪に触れる。


「志眞?」


不思議そうに見上げてくるルイに微笑むと、僕は隣に腰掛けた。夏の眩しい朝日が、クーラーの風で冷えた体をじわじわと温めてくれる。

2人でしばらく何をするでもなく外を眺めていると、男にしては頼りない僕の華奢な肩に、彼女が寄りかかってきた。


「寒くない?」


「うん。志眞の体温でちょうどいいわ」


「寒いんじゃない。少しクーラー緩めるね」


 僕は近くにあったガーゼの大判のバスタオルをルイの肩に掛けると、立ち上がろうとする。でもそれを彼女の手が止めた。


「まだ、そばにいてほしい……」


「……わかった」


僕は彼女が少しでも温まるように肩を抱き寄せると、ぴたりと体を引っ付けた。

 ルイも、自分の体が老いて弱っていくのは怖いだろう。でもクールな彼女はそれを普段出すことはない。だからこうやって少しでも甘えてくれると僕は嬉しかった。


「昔もこうやって、浜辺で座っていたことがあったわね」


「あったね。ルイはすごく嫌そうだったけどね」


「え?そう?楽しかったけど」


「ほんとに?寒いし砂だらけになるし嫌だって、ずっと言ってたよ」


「そうだったかしら」


 僕が中学3年生のころ、自転車に乗って二人で海に行ったことがあった。春先の夕方で、風が強くて寒いし、歩くと細かい砂が靴にたくさん入ってくるから、彼女は終始、半ば無理やり連れだした僕に文句を言っていた。それでも彼女にとって楽しい思い出だったんだと思うと、嬉しくなった。あの日は僕らが初めて口づけを交わした、特別な日だったから。


 思い出に浸っていると、ルイが僕の頬に手を添えて柔らかな唇を僕の唇に重ねる。

僕たちは、温かい湯舟に浸かっているときのような幸せな気持ちに包まれて、穏やかな時間を過ごした。

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