②
「ルイ、薬飲んだ?」
夕食後、食器を片付けながらソファーで寝そべる彼女に声をかける。
「飲んだわ。でもあの薬、変な匂いがするから嫌い」
「そっか。今度定期検診のときに、違う薬に変えてもらえないか先生に相談してみるよ」
タオルで手を拭いてから、彼女の寝そべるソファーに僕も腰を下ろす。すると甘えるように彼女が僕の膝に頭を乗せてくるから、僕はそのまっすぐな黒い髪を撫でた。
彼女の病気は少しずつ悪くなっている。薬で今ある症状を緩和する以外に、もう手の施しようがないらしい。もともとよく眠る彼女だが、最近では食事の時以外は、ほとんどの時間を横になって過ごした。
しんどそうな彼女を見ているのは辛いし、いつか僕の前からいなくなってしまうかと思うと、正直すごく怖い。でも、彼女は僕の感情にすごく敏感だから、僕はなるべく穏やかに、いつも通り過ごすことを心掛けている。
頭を撫で続けていると、病院で疲れたのか、いつの間にか彼女は眠ってしまった。僕はその肩に毛布をかけ直すと、皺のある頬を起こさないようにそっと撫でた。
彼女は仕事で忙しい両親に代わり、どんなときも僕のそばにいてくれた。悲しいことがあり、公園のトンネルの遊具の中で泣いていた時も、風邪で寝込んで不安な時も、何も言わず側にいて温もりを分けてくれた。
今度は僕の番だよね。
最期まで、側にいさせてね。
僕は彼女の、ちょっとびっくりするくらい軽い体を抱き上げて、いつも2人が眠るベッドに横たえる。
彼女が眠ると、外の雨の音がさっきよりも大きくなったような気がした。雨の夜は、いつも出会った日のことを思い出す。
あの日もこんな雨が降っていた。それにも関わらず、ルイは凛として、綺麗なスカイブルーの瞳で真っ直ぐに僕を見つめた。僕はびしょ濡れの彼女が風邪をひいてはいけないと、家に連れ帰った。それから人生の殆どの時間を、僕は彼女と共に過ごしてきた。
その時間ももうすぐ終わってしまうのかもしれない。チクタクと鳴る時計の音がカウントダウンのように聞こえて、僕は思わずベットサイドにある時計を床に落とした。ガシャン、と思ったよりも大きな音を立てて時計が床に落ち、電池が飛び出してコロコロとベッドの下に転がっていった。
起きてしまったのではと慌ててルイを見るが、彼女は深く寝入っているようで、まったく気づくことなく、静かに寝息を立てている。
僕はホッとして彼女の丸いおでこにそっとキスすると、しばらくそのまま穏やかな寝顔を眺めていた。
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