第6話 顛末

 警察はDNA鑑定の結果がでるまで、双方に居場所を知らせなかった。親子というのが間違いかもしれないからだ。事前に会ってしまうと、トラブルに発展する可能性もある。両親も浩平君も結果が出るのを今か今かと待っていたに違いない。


 浩平君は昼間、工事現場で働いて、夜は定時制高校に通っていた。

 定時制は4年以上かかるのが普通だから、まだ卒業できていなくても仕方がなかった。

 もう、実家を出ていたが、母親が何度も職場に表れて騒いだりしていた。

 勤務先の社長が理解のある人で、問題にはしなかったが、浩平君の方は精神的に参っていた。高校を終えたら、故郷を捨ててどっか別の土地に移るつもりだった。3年付き合っている彼女もいて結婚を考えていた。彼女も一緒に行くと言っていたが、浩平君の母親に実際会ってみて、別れようか迷っていた・・・。

 しかし、卒業までまだ1年近くあった。耐えるしかなかった。


 その頃、Aさんは全く家に帰らずに、アルバイトばっかりしていたそうだ。

 有利子の奨学金にも申し込んだ。

 後期からは自分で学費を払うつもりだった。夏休み頑張れば、それも可能だったと思った。だから、実家にはもう連絡しなくなっていた。


 Aさんが大学に入ってから1ケ月後くらい経った頃のこと。

 突然、警察から寮に電話がかかってきた。何かと思って電話口に出ると、明日時間が取れないかと言われた。何か検討もつかないが、講義が終わってからバイトを休んで会うことになった。


「すみません・・・何でしょうか」

「テレビで見て知ってるかもしれないけど」

「いいえ。全然、検討がつかなくて・・・」

「住田夫婦が殺害されました。息子の浩平に両親を殺害した嫌疑がかかっていてね・・・」

 警察の人が言った。

「え?」

 Aさんは驚いたが、なぜそうなってしまったかがわかる気がした。

 きっと、金の無心をされるのに耐えられなくなってしまったんだ。

「住田夫婦を知ってるよね?」

「はい」

「家を訪ねたことがあるだろう?大家が言ってたよ」

 Aさんは、これまであったことを正直に話した。 


「私は以前から前田(仮名)の両親の子供じゃないと思っていました・・・本当にあの人たちには世話になったし、浩平君には申し訳なかったと思っています。僕だってあそこにいたら、あの両親を殺していたかもしれません。めちゃくちゃな人たちでした」

 

 Aさんは住田夫婦が亡くなって、心のどこかではほっとしていた。

 もう逃げる必要がないからだ。

「DNA鑑定の結果は出たんでしょうか?」

「うん。浩平と前田夫婦はDNA鑑定で親子の可能性が高いという結果が出た」

「そうですか・・・」

 

 A君はこれからはもう天涯孤独だと思ったそうだ。

 

 前田の両親は、殺人犯になってしまった実の息子に面会して、その後は献身的に支えたらしい。Aさんは浩平君に遠慮して、二度と地元には戻らなかった。実家には定期的に仕送りをしたが、自身の住所は知らせなかった。


 Aさんはずっと独身だった。

 俺が、なぜ独身なのかと聞くと、「俺なんかが結婚しても幸せになれる気がしない」と言っていた。それは夫婦関係のことを言っているのか、自分ほどの罪深い人間には、幸せになれる資格がない、ということなのかわからなかった。いつも一人で影のある人だった。


 みなさんは、他人のプライバシーをネットに晒して酷いと思うかもしれないが、彼は許してくれるだろうと思う。何年か前に大好きだったバイクの事故で亡くなってしまったんだ。

 思い出してあげるのが何よりの供養だ。俺にできるのはそのくらいしかない。


 さよなら、A君。

 君の苦悩をわかってあげられなくて、ごめん。

 

 

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誘拐 連喜 @toushikibu

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