第4話 父と母
「ごめんください」
Aさんは引き戸を開けて、声をかけた。
すると、中から中年の女性が出て来た。
「あ、瑞樹。遅かったね」
色白で痩せたおばさんだった。紺の羽織みたいなのを着ていた。シワシワで顔にシミが無数にあった。自分に少し似ている気がした。直感で俺たちは親子だ、とAさんは思った。でも、全く歓迎されている感じがなかった。
「さ、入んな」
玄関は日当たりがなくて、暗かった。物が山のようにつんであった。
しかし、そこにあるのは新聞紙とか、ゴミのような物ばかりだ。何で片づけないんだろう。随分、だらしない人たちだとAさんは思った。
ガラスの引き戸の奥はすぐ居間で、ちゃぶ台が置いてあった。そこに柄の悪い男が座っていた。40代で角刈りで太っていて、ランニングシャツを着ていた。昼間から飲んでるのがわかった。醸造アルコールの安い酒だった。
「待たせやがって、馬鹿野郎!」
その人は怒鳴った。
「すみません。道に迷って」
Aさんは怖くなって謝った。すぐ暴力をふるいそうに見えた。
「まあ、まあ。初めてだから迷ったんだよ」
母親が助け舟を出した。
Aさんはちゃぶ台の反対側に座らされた。
そこにはお菓子と、コーラが置いてあった。
とても食べる気になれなかった。
部屋の中も散らかっていて、床に物が無造作に置かれていた。雑誌、新聞、洋服、お菓子など関連性のないものが散らばっている感じだった。まさに、足の踏み場もないという感じだった。
床には赤い絨毯が敷いてあったが、座っていると足が痒くなった。
「やっぱり、お前こいつに似てるな」
父親らしき人が言った。髭を何日も剃っていない様子だった。昼間から酒なんか飲んでいて、仕事はしてるんだろうか?こんなのが本当の親だなんて、とAさんはショックを受けていた。
「お前、大学に行くんだって?」
「はい」
「どこの大学?」
Aさんはとっさに胡麻化した。「九州の大学です」
「何でもっと近いところにいかなかったんだ?」
「たまたまです」
「お前仕送りできるか?」
父親が言った。
「は?」
「月15万くらい」
「そんな・・・大学生なので・・・」
「大学行ながらでも、働けるだろう」
「無理ですよ・・・」
「新聞配達とかねぇ」
母親が言った。
「え?」
Aさんはびっくりして聞き返した。
ちょっとアルバイトするくらいはできても、新聞配達なんかしていたら、勉強がおろそかになってしまう。
「そんなの無理です・・・」
「お前には働いてもらわないと困るんだよ。もう一人の方がいなくなっちゃったから・・・」
「え?もう一人?」
Aさんは驚いて聞き返した。
「公園から連れて来た方」
「え?」
「昔、公園で行方不明になった子がいただろ?あの子だよ」
「え?誘拐された子のことですか?」
「うん。あれ、うちの子。浩平は定時制通いながら家に金入れてくれてたけど、家出しちゃったから・・・。だから、あんたに働いてもらわないと困るんだよ」
「誘拐したんですか?」
「私があんたを生んで、もう子供産めなくなったから、一人っ子だとかわいそうだからって連れてきたんだよ・・・でも3歳の頃、生活保護受けるのに、一つしか戸籍がないから、どうしようかなと思ってあっちを残したんだよ。二人育てられなかったからねぇ」
「どうして、その子を残したんですか?」
「浩平の方が、愛嬌があってかわいかったから」
Aさんは、かわいく生まれなくてよかった!と心の中で叫んでした。
その浩平という男の子は、血のつながらない親のために定時制高校に通って、生活費を家に入れていたんだ・・・。気の毒だが自分じゃなくてよかった。
「じゃあ、浩平さんを探したらいいんじゃないですか」
「家に帰らないって言ってるんだよ」
「でも、生活保護受けてるんですよね?」
「そんなんじゃ足りないよ。この人の酒代とパチンコ代でなくなっちゃうから」
「僕は学校行くから無理です・・・」
Aさんはきっぱり言った。すると、父親はかっとなってAさんにガラスのコップを投げつけた。それが顔に当たって、Aさんは頬を打撲した。
「いた・・・」
痛みで顔を抑えた。
「じゃあ、これで・・・」
Aさんが立ち上がると、母親が「ちょっと!待て!」と発狂したようにしがみついて来た。
「離してください!」
Aさんは振り払おうとした。
「何だ、お前親に暴力ふるうのか?」
父親は立ち上がろうとしたが、どうやら歩けないようだった。
Aさんは、怖くなって、母親を無理やり振りほどこうとした。
しかし、相手は大人だから、なかなか手を離さない。
一瞬、殴って気絶させようかとも思った。
しかし、そんなことをして、大学の入学取り消しになったら困る。それに、親だって悲しむだろう・・・。Aさんは冷静になった。
「じゃあ・・・家に帰ってまた連絡します」
Aさんは苦し紛れに言った。
「電話するなら、昼の3時くらいにしてよ。うちは電話なくて、大家さんに借りてるんだから!」
母親は怒鳴った。ああ、そうか・・・家に電話もないんだ。Aさんはショックを受けた。同級生でも生活保護を受けてる人がいて、その人は家に電話がなかった。
「連絡して来なかったら、家に行くからな!」
父親が怒鳴った。
「お前の親に払わせるぞ!」
Aさんは養父母に迷惑をかけたくなかった・・・。
どうしよう・・・九州で働いて少しでも仕送りしたらいいだろうか・・・。両親は月5万づつ送ってくれると言っていたから、自分もアルバイトをして、少しなら可能かもしれない・・・。
Aさんは、自転車に乗って家に向かった。
もう5時くらいだったから、両親が帰って来ているだろう。
どうしていいかわからなかった。実の親に会いに行ったと知ったら悲しむだろうし、自分が実子でないことがばれてしまったら・・・もう、あの家にはいられない。仕送りももらえなくなってしまう。
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