第2話 手紙
夫婦は結局、それ以上子供を作らなかった。
奥さんが子宮の病気になってしまったせいもあって、Aさんは一人っ子だった。
Aさんのところは、貧乏でも裕福でもない家庭だった。
みんなで小さな古い家に住んでいた。
お父さんが中古の家を買って、リフォームして暮らしていた。
2階建てで、50平米くらいしかなかった。そこに3人で住んでいた。
でも、平凡で暖かい家庭だった。
少年はすくすくと成長した。
勉強もスポーツもできて、中学の時は生徒会で活躍していた。部活は陸上をやってたと思う。生徒会をやっているだけあって優等生タイプだ。
しかし、両親は次第にわが子に違和感を感じるようになっていた。
子供の顔や体形が、自分たちに全然似ていないからだった。
両親はどちらも地黒なのに、Aさんは色白だった。
体型も、親は小柄で頭が大きい日本人体系なのに、Aさんは長身で頭が小さい。
それに、息子はすごく頭が良くて勉強ができた。
父親は工場で働いている工員のような職業の人だった。
奥さんは親戚がやっている乾物屋さんか何かの店員。
近所からも、『鳶が鷹を生んだ』と言われた。
全然似ていないから、本当の子供じゃないんじゃないか・・・。両親は思い始めた。
親戚も、本当は誘拐された子とは違うんじゃないか・・・と噂し、それを両親にも言っていた。「警察に言った方がいいんじゃないか」
しかし、Aさんを失ったら、もう子供がいなくなってしまう。
「いえ・・・生まれた時からあんな子でした」
両親は口をそろえて言った。
もしそうなら、お母さんが浮気して作った子だろうという人もいた。両親は悔しがったが、お母さんが浮気なんかしているはずはなかった。二人とも初めての相手だったからだ。
血液型は問題なかった。父はA型、母はB型。
この組み合わせだったら、すべての血液型の子が生まれる可能性がある。
AさんはO型だった。
Aさん自身も、もしかしたら自分は両親の子供ではないかもしれないと思い始めた。両親と似ていないと周囲にさんざん言われて、からかわれていたからだ。Aさんは本当のことなので深く傷つき、実子でないことにコンプレックスを抱くようになっていた。戸籍上は親子なのだが、実子でないことは、確信に近いものになっていた。
自分のルーツがわからないということは、本人にとっては相当の苦痛を感じるものらしい・・・。Aさんも自分の本当の親が誰かを知りたくなった。知らなくては、自分自身が根底から崩壊してしまいそうだった。
こういう問題は、実子として生まれて育っている人にはわからないと思う。例えば、何十年も前に第三者の精子提供などで生まれて、遺伝的な親が分からない人が、大人になってから親を探している・・・という話が現実にある。どんな結末でもいいから、彼らは真実を知りたいのだ。
しかし、Aさんは捨て子だから手掛かりはなかった。
それから何年か過ぎて、Aさんが大学受験に合格して、そろそろ一人暮らしを始めるという頃になった。Aさんは優秀だったから、旧帝大に受かって寮生活をすることになっていた。国立ならお金もかからず、寮費も安いので最善の選択だった。それまで塾に通ったこともなかった。
両親にとっては自慢の息子だった。たとえ血がつながっていなくても、本当の子供であることに変わりはなかった。Aさんは、大学で学んだら、必ず親孝行しに戻ってこようと思っていた。だから、卒業後は地元で教員か公務員になるつもりだった。そういう職業が地方ではエリートだからだ。
そんな時、Aさんのもとに手紙が届いた。差出人は知らない女の人だった。名前は住田B子さんとする。古めかしい名前で、ちょっと上の世代の人だろうと思った。どこにでもある白い縦長の封筒に、ボールペンで書かれていた。字はあまりうまくなかった。
手紙にはこう書かれていた。
『瑞樹。元気にしていますか』
Aさんははっとした。瑞樹という名前は、Aさんが公園に置き去りにされた時に持たされていた手紙に書かれていたもので、警察は公表していなかったのだ。
Aさんは、差出人が自分を公園に置き去りにした本人だと、すぐに気が付いたそうだ。
『そろそろ高校を卒業している時期ですね。お母さんは今、〇〇市の〇〇に住んでいるから、今度、そちらの両親に内緒で尋ねて来てください』
そして、住所と電話番号が書かれていた。
〇〇というその場所は、同じ市内だった。
なじみはないが調べれば行けそうだった。
Aさんはすぐに尋ねてみようと思った。もちろん、両親には内緒で・・・。
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