第24話

 ザインが駆けると同時に、ロカとジーオンは、ファイアーボールの魔法を連射する。

 ザインの動きはあいも変わらず速い。魔物化したアーラッドでも、簡単には躱すことが出来ないようだ。ロカとジーオンの魔法も気にさわる。

「ユリカ!速く技を繰り出せ!!」

 じれったくなったアインリッヒが、横から叫ぶ。

「でやぁ!!」

 アインリッヒの期待に答えるように、ザインは剣を繰り出す。しかし、技は伴っていない。ただ通常の剣術のみの一撃だ。アーラッドの左肩から、右の横腹へと剣が一気に走る。

「ぐあぁぁ!きさまぁ!」

 アーラッドが酷く苦しみながら、ザインに拳を当てにかかる。彼には当たりはしなかったが、その拳圧のみで、彼を退かせる。ザインは踏ん張ってみるが、そのまま壁のない断崖になった部分まで、滑って行く。漸く止まった頃には、後一センチ向こうには、床のない状態である。

「ふぃぃ……」

 危機一髪だ。

「させるか!」

 アーラッドが、もう一撃拳を繰り出す。

「一寸まったぁ!」

 さすがのザインも、これには顔が青ざめる。

「ふん!!」

 しかし、次の瞬間、アインリッヒが拳圧の前に立ち、これを受ける。咄嗟に撃った一撃でないため、その威力は半端ではない。

 アーラッドが三撃目を放つ前に、ロンがアーラッドの懐の飛び込み、その両腕を切り落とす。ザインの一撃で、通常攻撃も効くコトも証明されている。そのため思い切った攻撃を仕掛けるコトが可能だった。

「ぎゃぁぁぁ!」

 痛みに発狂するほどの声を上げるアーラッド、その痛みは即死に等しいが、魔族の生命力のため、死ぬことはない。

 アインリッヒが漸く足を止める。ザインの真横である。アインリッヒのおかげで、ザインは直撃を受けずに済み、少し横に避けることが出来るたのだ。

 アインリッヒが踏みとどまれたのは、鎧の重みのためだろう、威力ほど後方に飛ばされずに済む。ザインなら確実に目下に広がる水壕に落ちていたに違いない。ホッと安心するアインリッヒだった。

 だが、その時、アインリッヒの足場が崩れる。

「アイン!」

 ザインが咄嗟に腕を伸ばし、彼女の腕を掴む。落下直後の総重量が、全てザインの右腕一本に掛かる。ブチリ!と鈍い音と同時に、ザインの右腕がガクリと下がる。

「ガァァァ!」

 しかし、ザインは腕を離さず、すぐさま左手に持ち替え、アインリッヒを引き上げようとする。苦痛と力みで、ザインの奥歯が砕ける音がする。

「ユリカ!離せ!」

「バカ言うな!そんなんで落ちれば!しんじまう!!」

 火事場の馬鹿力であった。アインリッヒの身体が、徐々に持ち上がり始める。物凄い力である。其れは火事場の馬鹿力では、済ませることの出来ない力だ。彼が本来秘めているポテンシャルに、アインリッヒは驚きを隠せない。

「ザイン!奴の自己再生が始まった!!早くしろ!!」

「このクソ忙しいときに!!」

「ユリカ!」

「やなこったぁ……、うわ!!」

 二人の体重を支えきれなくなった床が、ついに崩れ、二人はそのまま水壕の中へ落ちて行く。

「ザイン!アインリッヒィィ!!」

 どちらを優先すべきか、迷いに迷っているロンが、幾度も前後を交互に見渡す。しかし、アーラッドに止めを刺すには、今しかない。だが、再生力の強い魔族の身体を持つ彼に、果たして必殺の一撃を加えることが出来るのだろうか。

「業火よ!全てを焼き払え!!ビリオンズセルシウス!!」

 ロカが素早く手印を切り、呪文を唱える。だが、再生中のアーラッドはアンチマジックシェルに包まれ、魔法は全く効かない。ロンが決死の覚悟で、飛び込もうとしたその瞬間だった。

「待つのじゃ!!」

 ジーオンガロンを止める。

「御老体!!」

 チャンスを逸しかけ、ロンは焦るが、ジーオンは真っ直ぐにアーラッドを指さす。

「様子が、変です」

 ロカもその事に気がつく。再生しかけていたアーラッドの様子がおかしい。変身するときと同じように震えているが、アーラッドは、全く変身しない。

「はっ!」

 アーラッドがそれ以上再生しきらない自分の身体に戸惑う。

「うそだぁ!こんな筈は!こんな筈は無いぃぃ!」

 彼が絶望した瞬間、身体中が異様に腫れ上がったり、凹んだり、奇妙に屈折したりし始める。

「イギャァァ!痛いぃぃ!グハァァ!!」

 そして、どろどろと溶け始めた。

「肉体が暴走しておる……」

 ジーオンはその異変に気がつく。どうやら、彼の言う融合は、完全なものではなかったらしい。不完全な融合を己に施すし、心酔する馬鹿な魔導師はいない。

 恐ら彼に術を施した者が居るはずだ。誰かがバックにいることに気がつく。惨い有様だが、自業自得だ。力のみを欲した哀れな男を、ジーオンは暫し見つめていることにした。話しとしては振り出しに戻ったに等しい。

「ザインとアインリッヒを助けないと!!」

 呆気ない幕切れで、一瞬呆然とするロンだったが、すぐに次になすべき事を思い出す。崩れかかった城の階段を、ロカと共に懸命に駆け下りる。水壕と街を繋ぐブリッジを駆けながら、二人の姿を、ヤキモキしながら探す。

「ロン!あれを!」

「ザイン!」

 水壕の外で倒れ込んでいる人影を見つけるロンとロカだった。あの状況でザインはここまでたどり着いたのであった。近づくと鎧を着ていないアインリッヒを庇うようにして、俯せているザインの背中が目に入った。

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