42. “精霊のゆりかご”の調査8

『セレッ! こんなばしてバテねえのか!?』

「大丈夫だ。それより、お前らこそ落ちるなよ?」

『おうっ! ガラ、お前もちゃんと縮んどけよ!』

『わっ、わかってる!』


 霧の中をトップスピードで駆け抜ける。フードの中には精霊が二体。魔法で体を縮めたガラとくっつき、エナがフードを巻き込んで一塊ひとかたまりになっていた。あの場所に置いていこうと思ったが、双方から断固拒否を食らってこの状態である。

 矢継ぎ早に流れていく風景の中、ちらほらと映り込むにセレは眉を顰めた。

 避けそこねたであろう巨樹は薙ぎ倒され、地面は大きく抉れている。その痕は推定、殼竜種。否、そこまではまだいい。


 これは、焼け跡……? いや、まるでみたいな。魔術のせいなのか――?


 巨獣の縄張りでは見たことのない痕跡。樹、地面を問わず、抉られたかのような窪み――その表面がのように爛れていた。


 魔術教本によると<レム>、<アウラ>、<ワイス>、<オル>の四属性は比較的扱いやすいらしく、エナ曰く怪魔でもそれらを使うものは多いという。実際セレが狩った中にも、前脚に風を纏うことで破壊力を強化している怪魔がいた。

 これは<レム>なのだろうか。しかし、それにしては木の焼けた焦げ臭さがまるでない。それに、地面まで同じ有様なのがどうも引っ掛かる。


『な、なんか、すっげえな……樹が根っこからへし折れてやがる』

『アイツ、今まで見た怪魔の中で一番でかかったんだ……今はどんなでかさになってるかわかんねえ』

「……? そんな急激に体が巨大化するのか?」

『ああ……俺、精霊を喰った怪魔は初めて見たけどよ、あんなもんもう怪魔じゃねえぜ。なんかドロドロしてるしよ』

「ドロドロ……? ――――!」



 白霧の向こう、気配ののみを感知していた存在――その巨影を、セレはようやく目視した。

 殻竜種、小型よりの中型。体高130メートル、全長はそれ以上。目測、200メートル程。そして――。


「――……なんだ、は」


 それは、未だかつてセレが遭遇したことのない生物だった。ひっくり返した椀のように丸みのある胴に、霧の森の巨樹を束ねてもなお足りぬであろう太く短い四つ足。同じくやや下方に下がった丸い頭に、その対ににょろりと生えた長い尾。

 遠巻きに見えるシルエットは亀のように見えた。だが――。


「あれはもともと――あの巨体になる前はどういう怪魔だったんだ?」

『土の中に潜って、獲物が掛かるのをじっと待つノロマなやつだぜ。土の中ではそこそこ速いけどな』

『あ、あれ、岩で囲ってきたり、結構器用なやつだよな……? でも、俺の知ってる奴はあんな見た目じゃなかったぞ……』

『ああ。あの草も泥も、いつの間にかアイツからんだ』


 ――その“亀”は、文字通り“山”のようだった。

 胴、手足、尾に蔦のようにびっしり植物が生い茂り、所々に樹木さえ確認できる。暴れては動かなくなる、とガラは言っていたが、ピクリとも動く様子がない今の姿は本当に小山のようだ。

 そして、際立って異質なのは頭部――泥のようなものが目から口から溢れ出していた。ぼたぼたと垂れるままのそれは、直下に落ちる先で白煙を上げている――あれは、酸? 道中で確認できた爛れた痕を思い出す。


「――そういえば、あの深部入口で狩った怪魔にも火傷に似た痕があったな……」

『怪魔? ――ああ、この辺りの連中は軒並み逃げただろうな。特にアイツと同じ縄張り……普段土ん中の奴らはよ』


 それは大群奔流スタンピードの初期状態ではないか――思わず舌を打つ。

 町には狩猟者ハンターが大勢いるとはいえ、現時点でも金等級の狩猟者ハンターすら不意に生死の境を彷徨さまよっていたのだ。森の中、他に被害が出ていないとも限らない。

 早急に狩らねばならない理由がさらに増えてしまった。セレはさらに大きく枝を蹴った――その時。



「――……アァ、アアアァ、アァア」



「――――!」

『うっ、動いたぞ!』

『お、おお…………あれ? こっち向いてね?』

「そりゃ精霊を喰らうんだったら、精霊こっちを狙うだろうよ!」

『――……あっ』

『そっ、そうだったあぁぁッ!!』

「噓だろ? お前ら、忘れてたのか……⁉」

『だって置いていかれたくねえもんよォォッ!!』


 鳥ではないくせに鳥頭なのか――? 思考が逸れかけた刹那、背筋を悪寒が駆け抜ける。直感が示すままに大きく横に跳んだ。



 ズッ――――ガァンッ!



 セレのいた、まさにその場所が吹き飛んだ。

 土が捲れ、周囲の樹々に降り注ぐ――大地を貫く尖岩。100メートル近い樹高すら上回るそれを横目で確認する。着地した先、跳んだ次の瞬間、さらにその後を隆起した尖岩が追い縋る。


「これも、魔術なのか⁉」

『だと思うけどよっ、でかすぎねえか⁉』

『あ、あんな怪魔じゃなかったんだぜっ!? もっと弱い――』

「――……精霊を喰ったからか? チッ……――お前ら、落ちるなよ!」


 このまま巨亀による攻撃を躱しながら進むのでは埒が明かない。枝から幹の側部に着地する――巡る<カルマ>を両脚に、大樹の表皮が悲鳴を上げた。


 ズシンッ――! 足場にした大樹から響く鈍音を背に、巨亀に向け、一足に跳躍する。

 精霊達が声なき声を上げているが、残念ながら相手をするのは後だ。宙を切り、200メートル程あった距離を一気に詰める――“甲羅”の側部、蔦と緑に覆われた胴に着地した。


『――――…………おっ、ふあぁ……』

『セレ、おま、空、と、飛べるんだな……??』

「ボケてる場合じゃないぞ――……!」



「アァ――――……アアァァァ」



 頂部に跳び、腰を落とす。泥を振り撒きながら頭を左右する巨亀――気付いていないのか? 追撃が来ない。自身の体に張り付いた異物に攻撃を躊躇っている、というようにも見えない。

 ――好都合だ。巨亀の体内、魔力の気配を探る。


「――……! これは……」


 まるで乱気流のようだ。体内で暴れ回るそれは、魔力の理解に乏しいセレでさえ“異常”で“危険”であるとわかった。

 セレの感じ取れた波の種類は二つ。おそらく巨亀自身の魔力と、複雑に入り交じった強い魔力。その二つが絡み合って縦横無尽に駆け巡っていた。


 あまりに煩雑が過ぎる。精霊達の魔力を探ろうにも、これでは――。


『なっ、なんじゃこりゃあッ! えげつねえな!?』

『ああ……すっげえな、嵐みてえだ――おっ、いたっ! いたぞ! あいつら生きてんじゃねえか!』

『お? ――おおっ、ホントだ!』

「場所がわかるのか?」

『おう! よ、よかった…………グスッ』

「どこだ? お前らの仲間は――ッ!」


 “上”――! 後方を振りかぶる。背の異物の存在にようやく気付いたらしい。長い鞭のような尾が上方から迫っていた。グリップを握り、叩き潰さんと向かってくるそれを迎え撃つ。蔦の蔓延る背を蹴り、重剣を横に振り抜いた。

 ズッ――パァンッ! に過ぎない肉は、金色の牙に為す術もなく食い千切られた。後方、頭部から鈍い悲鳴が森に響き渡る。


『オッ…………オオーッ! すげえっ!』

『へへっ、そうだぞっ! セレは強えんだぞ! よしっ、その調子でこいつもぶった斬ろうぜ!』

「いや、できない!」

『へぇっ!?』

「精霊の場所がわからないと、どうにも――……クソッ、頭を引っ込めたか!」


 尾を容赦なく斬られたからか、まさしく亀のように甲羅に引っ込んでしまった――しかし、それだけでは終わらないようだ。セレは頭部の方向に跳躍した。

 ズガァンッ! 足元、巨亀の背から尖岩。着地した先から地上と同じく追ってくる――これではキリがない。


『な、なあっ、できないってなんでだ!?』

「――こいつを斬るならできる!」


 この巨亀を真っ二つにするであれば、セレは間違いなく“できる”と言い切れる――だが、それは今問題ではない。


一塊いっこなら大抵は斬れる! だが――こいつの中には精霊がいるんだろ? かすりでもしたら丸ごと斬りかねない!」

『エ……エェ――――ッ!?』

『てっ、手加減とかねえのかよぉっ!』

「できないから言ってる!」


 今までただ“狩る”しかしてこなかった巨獣狩りがを気遣うなど急にできるはずもなく、殼竜種サイズを相手取りながらなど尚更である。いっそ魔力感知よりも先に首を狩ったらよかったかもしれないが、それは結果論でしかない。


 それがであれば、セレの<カルマ>を纏った斬撃は間違いなくそれを食い千切るだろう。<穿撃バッシヴ>を撃てば、間違いなくその臓器なかみを破壊するだろう。その威力は、殼竜種サイズとはいえ、それに劣る甲羅からしか持ち合わせていない巨亀かいま如きに阻めるものではない。


 しかし――それは巨亀としているであろう精霊も巻き込んでしまう可能性を孕んでいる。


『どっ、どうすりゃいいんだよぉッ!』

「お前ら、精霊なかまの場所がわかるんだろ? どこにいるのか、大体でもいいから教えてくれ!」

『おっ、おうっ!』

『任せろ! もっと、もっと先! 頭の方だ!』


 尖岩を躱しながら、草木の生い茂る巨亀の背を駆け抜ける。

 一向に仕留められない獲物に業を煮やしたか、尾を斬られたことへの焦燥か。徐々に狙いが甘くなり攻撃範囲が広くなっている。回避が大きくなることに辟易しつつ、さらに前へと大きく跳躍する。


『――あっ、セレ! あれだっ、あのちょっとでかい樹の……真下だ!』

『ああ! あの樹の下――こいつのだ! そこに皆固まってる! 他にはいねえ!』

「あの樹の真下だけなんだな? なら――!」


 甲羅の最頂部付近、目印の5メートル程の細樹を通り過ぎ、さらに先。尖岩を躱しながら、両腕でグリップを握る。

 上段から振り抜けるよう、右肩へ担ぐ――狙うは首。距離は十分、精霊に当たらぬと確信を持てた以上、躊躇う理由はもはや存在しない。


「――――!? 草が……」

『うえっ!?』

『こいつ、そんな魔術できなかっただろっ!?』

「器用なことだ……!」


 甲羅に植わった草木が行く手を阻むように蠢きだす。己の急所を狙う意図に本能的に気付いたか、頭部に近付くほど妨害が激しくなる。後方、突き出した尖岩を足場に、鞭のようにしなる蔦を躱す。岩に加えて雑草までいちいち相手をしていられない。

 下り傾斜に差し掛かった甲羅の上、確実に仕留めるために当たりをつける――引っ込めようが隠れようが、そこに首が在るとわかっているのなら、甲羅からの存在は障害にはたり得ない。



《――<刃圧縮カンレッジ>》



 低い鋼の響音――確実に仕留められるよう、重剣に<カルマ>を織り込むように。何度となく繰り返した動作を一足に終える。

 尖岩を避けざまに大きく跳躍する。担いだ重剣をそのままに、跳んだ勢いをに乗せた。


「――これで、しまいだ!」


 宙回転から上段――解き放たれた金色の牙が、いわおの巨獣を喰らわんと、その殻に噛み付いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る