41. “精霊のゆりかご”の調査7

『おっ、見えてきたぜ! あのでっかい樹によ、美味い実があるから作ったんだ』

「――ああ、あれか」


 霧で視野の狭まる中、意識を集中した視覚に薄らと見えた巨影。あれがエナの七つ目の寝床らしい。

 確かに周囲の樹々より頭一つ高い。曲がりくねり螺旋のようになった幹に長く伸びた枝、生い茂る葉々に混ざる黄色い果実――大樹の上方、エナに似たような魔力を捉えた。この森の中ではエナの気配も希薄になるが、他の精霊も同様のようだ。


 幹の中腹、斜めになった部分に着地する。僅かに揺れる大樹の枝に下りたエナが『俺の寝床はあそこだ』と上を向く。枝の付け根、小さなうろが見えた。


『ガラの寝床はもっと上だ。ちょうどいるみてえだし、呼ぶか』

「ああ――いや、大丈夫か? お前以外の精霊って人に対してどうなんだ?」

『ん? …………あー、確かに……いや、あいつならいけるだろ!』

「適当だな……」

『おーいっ、ガラ――ッ!』


 エナは以前、自身を“変わり者”だと言っていたが、つまり“普通”の精霊は――セレが思考を巡らせていると、遥か頭上で何かが動く気配がした。



『――――…………エナ?』


『――ッエナ! エナじゃねーか!』

『おうっ! 久しぶりだな!』

『久しぶりってお前……っ、心配したじゃねーかよぉッ! ぱったり帰ってこなくなりやがって!』


 降ってきたのはエナの倍ほどはありそうな鳥――否、精霊なのだが、二頭身の鳥(?)のような生物だった。

 黒い頭、白い頬に胸。灰がかった翼羽の内側は、エナと同じ虹水晶のような風切羽。エナと違い、首の辺りでが確認できるので二頭身だと思われる。

 ガラという精霊はボトッと音が聞こえてきそうな着地をすると、堰を切ったようにエナに言葉を吐き出した。


『お前はよぉっ、前々から変だ変だとは思ってたがよぉっ、あの変な気配に自分で近寄っていくなんてやっぱ変じゃねーかよぉッ!』

『おまっ……変って言いすぎだろ!』

『変な奴に変っつって何が悪いってんだアァン!?』

『んだとコラァッ!!』


 こいつら口悪いな――枝の上でギャンギャンやりあっている精霊達に、蚊帳の外のセレは他人事のように思った。外見は可愛らしいのに中身が荒くれ者のそれである。人のことを言えるものではないと自覚しているので何も言わないけれど。

 そんなことをぼんやり考えている間にも、精霊達の低次元の争いは続く。


『フンッ! 変って言うけどよ、あの気配はやっぱり珍しいモンだったぜ!』

『あ? 何だってんだよ』

『“ひずみ”だよ! 聞いたことあるだろ? 世界の境界の穴だ!』

『は? 何だってそんなもん……あれってすっげえ昔の話だろ? しかも歪みができたのって、なんかとんでもねえことが起きた時にって話じゃ……』

『何でかはまだわかんねえけど、証拠はあるぜ! ほら!』


 ぴょんと跳ねたエナが、手持ち無沙汰で木の実の採集をしていたセレの頭頂部に着地した。

 気配を消していたからか、幹の角度で見えていなかったからか、セレに背を向けていたからか。今までセレに気付いていなかったらしいガラは、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせた。


『――……は?』

『歪みの向こうから落ちてきたヒトだぜ! セレって言うんだけどよ、俺、こいつと外に行くことにしたんだ! 実は今まで“町”にいたんだぜ?』

『……………………』

「……おい、固まってるぞ」

『おい、ガラ?』

『――……おまっ、それっ、ヒトじゃねえかッ!』


 ビョンッ! と幹の方に跳ねたガラが派手に頭からぶつかった。痛そうだ。

 暫しのたうち回ったガラは、怒っているのか怯えているのかぴょんぴょん跳ねて挙動不審である。


『なんでここまで連れてきてんだよ! ってか、よく来れたな!? 一人しかいねえじゃねえか!』

『フフンッ、セレは強えんだぜ? 向こうの世界じゃ一番上だったんだからな!』

「巨獣狩りでは、な」

『襲ってくる怪魔アホ共もズバッと一撃よ!』

『ハァッ!? ヒトってあれだろ? 何人も集まって狩りするんじゃねえのかよ!』

『そりゃあお前、強えからだよ! 向こうの人は魔力がねえらしいんだけどよ、その分でっかいのを相手にできる力が――……えーっと』

「<カルマ>、な」

『それだ! とにかくよ、すごいんだぜ!』


 何故エナが我が事のように偉そうなのか。そして頭上で騒ぐのはやめてほしい。

 フンッと胸を張るエナと、呆れたように保存容器に木の実を詰めるセレ。その様子を見たガラは、恐る恐るといったていでじりじりと近付いてきた。


『お、おいっ。お前、強いのかよ』

「一番上の位ではあるな。こっちでいう狩猟者ハンターみたいなものだ」

『ふ、ふぅん……』

「私はセレ・ウィンカー、巨獣狩りだ。今は狩猟者ハンターだけどな」

『お、俺はトト・ガラ。ボレイアス大森林生まれの精霊だ……意外とヒトって普通に話せるんだな』


 人、というより狩猟者ハンターの存在は知っているようだが、当然ながら馴染みはないようだ――むしろ初交流であれだけ積極的なエナが相当変わっているということか。本精霊は『おうよ!』と嬉しそうだが。


『町にも話せる奴はいたぜ! けどよ、やっぱり精霊だってことは話さない方がいいみてえだ。魔力も隠した方がいいってよ』

『や、やっぱりそうなのか――そういやお前、魔力が……ん? その首のやつで隠してるのか?』

『おう! フフンッどうだ、キュートだろう』

『ふん……悪くねえんじゃねえの』

『そうだろう、そうだろう――あっ、忘れるとこだったぜ。俺、お前に聞きたいことあったんだよ。なんか他の奴ら全然見ねえけど、どうなってんだ?』



『――あっ……そうだっ! だから俺、お前喰われちまったのかと……っ!』



「――喰われた?」

『な、なんだよそれ……』

『お前が帰ってこねえから、他の奴らみてえにに喰われちまったのかと思ってたんだよ……』


 威勢のよかったガラは一転、しょぼくれた様子でそう零した。

 曰く、は集落の外で暮らす精霊達を喰ってしまった――精霊を喰らって急激に力をつけたソレは他の精霊達の住処も嗅ぎつけ、片っ端から食らっていったのだと。


『アイツ、ずっと暴れて動かなくなっての繰り返しでよ。外の奴らはほとんど集落に逃げ込んだけど、今更俺ひとりで移動してアイツに見つかったらって思うとここから動けなくてよ……』

『な、なんだってそんなことに……』

『ほら、あの変な気配――歪みだったか。あの時、ほとんどの奴らは一斉に集落の方に逃げただろ? 焦ってたからかもしれねえが、隠れるのが下手くそな奴が最初に喰われちまったんだよ』


 精霊は魔法で隠れるのはもちろん、魔素に紛れるのも上手いらしいが、それすらも看破するようになったと。魔力の高い精霊は怪魔などに狙われるらしいが、喰らえばそこまで力が増幅されるのか。

 エナも掛ける言葉がないようだ――すると、俯いていたガラがはっとして顔を上げた。


『そっ……そうだっ! お前、強いんだろ? このままだとアイツ、いつか集落の方に行っちまうかもしれねえ……! た、頼む、アイツを狩ってくれねえか!』

『な、なあ、俺からも頼むぜ。精霊はそう簡単には死なねえから、喰われちまった奴らもまだ無事かもしれねえ』


 ガラの双眼は潤んでいた。エナとこの森を出て、もうすぐひと月ほど。その間ずっと耐えていたというのなら、この懇願も無理はない。外見が小動物である分、より一層痛ましい。

 エナも珍しくしおらしい――もとより、“否”という選択肢はないのだが。


「わかった。引き受けよう」

『ほ、ほんとか!?』

「ああ。どうせ狩ることになってただろうしな」

『ん? そうなのか? ……ああ、依頼のか!』

「いや――……まあ、やることは変わらないか」


 先程から胸騒ぎに似た感覚が増している。喜ぶ精霊達から視線を外し、セレは霧の森のさらに奥、北の方角をじっと見通した。

 ――ああ、。大気を歪ませる大質量。そして、魔素の海で埋もれてもなお、その知覚が鈍化してもなお引っ掛かる気配。


 研ぎ澄ました五感が、巨獣狩りとしての直感が、を逃すなと訴える――先の脅威に成りえる、確実に狩るべき“巨獣けもの”であると。


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