29. “20”の意味
「こちらが今回の発注書の控えとなります。アレクさん達はパーティーが分かれたそうですが、この場にいない方の分はどうなさいますか?」
「いや、いらない。……あいつら、もうこんな依頼知らないってさ」
「そうですか。では、ここにいる方の分だけお渡ししますね」
「臨時収入ってやつだねぇ。ねえねえセレ、お酒買おうよ。お祝いしようよ」
「嫌だ。この前やったし、最後に生き残るのはどうせ私だ。そう頻繁に面倒なんて見たくないぞ」
「ちぇーっ」
『こいつあんなにぐでんぐでんだったのに、まだ飲みたいのかよ……』
(酒呑みってのはそういうもんらしい。私もよくわからん)
酒には酔わないが、それゆえにそこまで好んで飲むというわけでもない。誘われたら飲むが進んで飲み会を開こうとは思わない。セレはそんな程度である。
セレの手元にはフローラリアから受け取った発注書の控え、そして今回の依頼報酬の50万カロン。さらに追加で女王の討伐報酬、素材報酬を合わせて合計100万カロン。
丁寧なことに、素材報酬の内訳が記載されている領収書まで付いていた――さすが女王だというべきか、発達した顎なども素材として価値あるものだったらしい。
この世界の通貨は硬貨である。トレーに綺麗に並べられているのは繊細な彫刻の施された10万カロン硬貨が十枚。嵩張らないのはいいことだ。
発注書の控えに目を通す。依頼内容、等級制限、そして気になるのが――。
「フローラリア、どうしてこの依頼は“20”点なんだ? 私が見た限り、これは銀等級の狩猟依頼に相当する点数だったが」
「あ、それは私も思ってた。その点数じゃ大型の魔物か魔獣の狩猟くらいだよね。いくら女王がそれくらいでも、調査依頼なのにおかしいなって」
「ああ、その件でしたら簡単なことですよ。ギルド側で意図的に高く設定したのです」
「意図的に高く……?」
フローラリアは特に何でもないようにさらりと言ったが、はたしてそれはいいのだろうか。ギルド職員は公平であるはずだが――。
そんなこちらの考えを見透かしたのか、やはり気にした素振りもなく、美しいギルド職員は言葉を続けた。
「率直に言いますと、ギルドはセレさんに早く等級を上げていただきたいのです」
「……等級を?」
「ええ。なので、セレさんがこれまで完遂した依頼――【
「ろ、6……!?」
「そっ、そんなことあるのか!? 俺達も結構依頼こなしてるぜ?」
「アレクさん、以前あなたにはお伝えしましたが、セレさんにはあの依頼を完遂できる実力と実績がありました。現に想定以上の成果で彼女はそれを示しました。ギルドとしては、そんな実力の持ち主を鉄等級で留めておくことはできないのです」
「……それだとこっちが解せない。あの依頼以前、私がこなしてきた依頼はただの害獣駆除だ。それだけでそんな評価を貰うのはおかしくないか?」
フローラリアを疑っているわけではない。だが、彼女はエナが精霊であると知っている。成果に対して過剰とも言えるこの厚遇はなんなのか。精霊込みの将来性というにしても、いささかオーバーな気がするが。
視線で問うと、明哲な彼女は緩く頷いて、さらに言葉を紡ぐ。
「そうですね。本当は言うべきではないかもしれませんが……ギルドが評価を加算した理由は、セレさんが今までこなした依頼だけではないのです」
「……どういうことだ?」
「セレさんがこの町に来たのは十日前。
「――――!」
『こっ、こいつ、なんで知ってんだ!?』
「ああ、別にセレさんが何をしたとか、そういうことではないのです。各門での買取はギルドの出張所のようなもので、狩猟、採集品は全てギルドに集まるんですよ――セレさんが持ち込んだ“深部”の素材は、あまりにも目立っていたのです」
「深部? ボレイアス大森林の……?」
「ええ、そうです」
リィンが思わずといった様子で呟いた。アレク達も目を瞬いて、驚きの表情で固まっている。
――さすがに驚いた。幸いなのは、知られても特に困るような内容ではなかったことか。
「貴重品を失くしたのは魔獣に襲われたからと伺っています。併せて、
「…………」
「デアナには
「セ、セレってすげえんだな……」
「深部って確か、金等級とかが行くところよね」
「――もしかして最近競売に出た“
「
「えっとね、白っぽくて、ちょっと青いグラデーションが掛かった色でね。上から見たらこう、十角形みたいになってて、
何やら考え込んでいたリィンが身振り手振りで詳細を伝えようとしている。普段ふわふわした彼女らしくない必死さだ。
白っぽい、青色の実――デアナに向かうまでの三日間、エナの案内だったり、少し気になった魔力を感知すると寄ってみたり、そんな大雑把な感じでボレイアス大森林を進んだ。
頭を捻る。正直あの時採集したもので覚えているのはサニアの実くらいだ。あれは美味しい。しかもその辺の栄養食より得られるエネルギーが多い。なお、高酒精、高栄養、高カロリーらしいので、食べすぎると体を壊すらしい。
『――あ、あれじゃね? 不味いやつ。木の上の方にちょろっと付いてたあれ』
「なあリィン、それって不味いのか?」
「えっ!? セ、セレ、食べちゃったの?」
「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
『ほら、あれだよあれ。お前が来た日に……確か、三番目くらいに採ったやつ! 金になるもん探してた時、不味い虹色の実の次に採ったやつ! 虹色のに似た気配するってお前が見つけた――』
「ああ、あー、あれか! あったな、うん。確かあと一個残ってたような」
「ほっ本当!?」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
前のめり気味に顔を寄せてきた。その勢いに少しばかり体を引いてしまう。
リィンらしくない――というより、単純にここまで興奮した彼女を見たことがないだけだろうか。とりあえず落ち着いてほしい。
「ね、ねえ、それ見せてくれない? あ、今持ってないよね、宿かな」
「いや、確かポーチに入れたまま……――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すげえ……見たことない素材ばっかりだ」
「あ、あれ知ってる。“
「――ああ、あの綺麗な
希少素材を前に新人達がにわかに騒ぎだす。あれはあの魔導具の素材、これはあの人気の、と話に花を咲かせている。
一方――。
「<
『ふ、ふん! 俺は最高にダンディでキュートな精霊だからな!』
(それ関係ないだろ……)
「魔術の難易度もさることながら、魔導素体でもないただの布にそれを付与する技術! 内容物の品質に一切影響を与えない精密さ! ああ、そもそも性質付与の媒体すら必要としないその――」
――フローラリアがいろいろ隠しきれていない。「エナ様……?」と不思議そうな顔をした新人達の視線が痛い。
称賛の言葉をとめどなく連ねる彼女は気付いていないようだ。きゃあきゃあと色めく様子は憧れの存在を前にしたファンそのものである。
“精霊”とぽろりしなければいいのだが。冷静沈着な彼女でも、興奮するとこうなるのか――セレは静観を決め込んだ。
「本当に深部の素材……
目を煌めかせ、こちらも普通ではない様子だ。グローブを付け、大事そうに素材を扱っていたリィンがこちらに顔を向けた。
「リィンはこれが欲しいのか?」
「ううん、違うの。私じゃないの……ねえ、セレはこの深部の素材、売りたくないから残してるの?」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「本当!?」
謎の既視感。先の一週間ほど、ちょうどこんな感じの訴えの籠った瞳に何度も晒されていたような――身を乗り出して口を開いたリィンに、セレはいつになく遠い目をするのであった。
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