28. 未熟な彼らと未熟な記憶

「……あなたは、最初からそうだったのね」

「うん?」

「私は、根啜蟲イビル・イータの女王を見つけることしか考えていなかったわ――あなたは最初から、町のことを考えて動いていたのね」


 フィーナだけは、どこか気落ちしたような顔をしていた。そういえば彼女は先日も同じ様子だった気がする――よくわからない。視線で問うと、彼女はやはり落ち込んだ様子で口を開いた。


「今回はあなたに付いて行ったけれど、調査に加わっていればカーク達と同じように地上を駆け回ったはずだわ――あなたが真っ先に地下施設の心配をして、あの時斬り込まなかったら……大量の根啜蟲イビル・イータが溢れて町が水浸しになっていたかもしれない」

「――自分の未熟を恥じているなら、間違いじゃないが、そう気落ちするもんでもないぞ。私はお前らより年上で、狩猟者ハンター以前の経歴もある。それに、最近は根啜蟲イビル・イータばっかりで前知識もあったしな」

「……それでも、嫌だわ。デアナは生まれ育った町なのに、最近来たばかりのあなたの方が町のことを考えて動いていたなんて。情けないじゃない」


 フィーナがスカートをぎゅっと握りしめる。彼女の気持ちはなんとなく理解したが、こればかりは本当に経験としか言いようがない。300年以上巨獣狩りとして活動していたセレと、狩猟者ハンターになったばかりのフィーナ。同等の思考を求める方が酷というものだ。

 セレが“最悪の推測”を優先して動いたのは、それが人処近くでの常だと理解していたからだ。若い彼女では目の前のに目が眩むのも仕方ないだろう――。


「――フィーナッ!」

「ッ、バ、バル、何?」

「考えるのをアレクとお前に投げてた俺が言えることじゃないけどさ、難しく考えすぎだぜ!」


 少々前のめり気味にバルがフィーナに迫る。彼は見た目の印象そのままに直球な性格らしい――アレクに付いてきたのは波長が合うからか。


「――そ、そうだよっ! バルの言い方はあれだけど、フィーナは頭いいんだから、フィーナがだめなら皆だめだよ。私達は実際カーク達に流されて調査に行っちゃったわけだし……」

「ヤコ、で、でも」

「まあ私達三人は調査というより、ストッパーだったけどね」

「あー、地面を魔術で吹っ飛ばそうとしてたしな、あいつら」

「あなたとアレクがいなくなったらそんなもんよ。私達、まだまだ未熟でしょ?」

「ミスティ……」


 向こうではとんでもないことをしでかすところだったと――やはりカークではろくに統率が執れなかったらしい。三人が抑えたので何事も起きなかったようだが。

 どうりで地上はどうだったかを尋ねるとデイヴ達がキレていたわけだ。口に出すのも不快だという様子だったが、そうなるのも納得である。

 セレが一人納得していると、どこか浮かない様子だったアレクが、フィーナにすっと歩み寄った。


「――ミスティ達の言う通りだ。俺だって“なんで仲間なのにバラバラになるんだ、こんなのおかしい”って、今までそんなことばっか考えてた。今回の反省とか、フィーナとセレの話を聞くまで全然考えてなかった……リーダーなのにな。俺こそ情けないよ」

「アレク……」

「今までフィーナに甘えすぎてたんだな……ごめん――でもさ、セレが言うように俺達まだ“未熟”なんだ。仲間は半分になったけど、これからは皆で成長していけばいい。フィーナだけがいっぱい考えなくていいように、皆でさ」


 未だ全てを消化しきれたわけではないのだろう。それでも、アレクはなんとか前を向こうとしているようだ。

 そんな様子を見たフィーナは、ぐっと目を閉じ――顔を上げると、どこか吹っ切れたような表情をしていた。


「……ええ、そうね。私達、まだ駆け出しだものね――落ち込む暇があるなら、もっと成長できるように前を向くべきだわ」

「ああ! とりあえず俺は、セレみたいに女王を一撃で落とせるくらい強くなる! 今決めた!」

「えっ、あの新聞のやつ、一撃だったのか!? 真っ二つだったじゃんか!」

「そうだぞバル! 依頼の後ごたごたして話せてなかったけど、あの時はな――」




「――もう少し遅く来た方がよかったでしょうか」

「……いや、構わず準備を進めてくれ。用意が終わる頃には気付くだろ」

「ふふっ、これも若さってやつなのかなぁ。目の前しか見えてない感じ? 一歩ずつ前に進むっていうの? なんかいいよね」

「対抗依頼が功を奏したようで、よかったです」

「ギルドの思惑通りってか」


 書類を取りに向かっていたフローラリアがそっと戻ってきた。つい小声になってしまうのは、リィンと同じく若い彼らの騒がしく、青臭いやりとりを微笑ましく思うからか。

 依頼も無事完遂できたので、ギルドからしたら一石二鳥だっただろう。報奨金を払った成果が目に見えて確認できて、有能な職員様は満足そうに美しく微笑んだ。気持ちゆったりと書類を仕分けしつつ、静かに手続きの用意を進めていく。


「若い狩猟者ハンターの成長は喜ばしいことですからね。もっとも、対抗相手が相応でないといい方向には向かいませんから、あれはセレさんの成果でもあるのですよ」

「忘れてないか。私だってまだ狩猟者ハンター歴一週間ちょいだぞ」

「えー、さっき狩猟者ハンターより前に経歴あるって言ってたよね? やーい新人詐欺〜」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「あら、そうなのですか?」

「……前職は狩猟者ハンターと似てるっちゃ似てるが、仕事の内容は結構違うからな。最近の害獣駆除なんて初めてやった」


『確かに素人じゃねえよな。巨獣狩りだもんな』

(むしろ大型専門なんだよ、私は。は専門外だ)


 しばらく小物の相手はごめんである。根啜蟲イビル・イータは特に。

 よほどセレがうんざりした顔をしていたのか、リィンはふふふ、と可笑しそうに笑うと、おもむろに「新人時代かぁー……」と呟いた。


「私もあんな感じだったかなぁ。実家で手伝ってたから全くのゼロスタートじゃなかったけど。セレはどうだった?」

「ん? どう?」

「ほら、なんでこういう仕事したいって思ったとかさ、あんな感じの若々しい頃というか。私はもの探しが得意だったのと、この子達とできる仕事探してたらこうなってたの」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「…………昔、か――」







《お前は女だ、挑むだけ時間の無駄だ。才能は惜しいが、堕欲者グリードはやめとけ》

 ――女の堕欲者グリードだって星の数ほどいるだろう。勝手に人の将来を決めるな。



《巨獣狩りだと? よりによって……お前は体も小さい、巨獣に嬲り殺されるのがオチだ。俺の真似で目指すのはやめろ》

 ――自惚れるなよオッサン。別にあんたを目指してるわけじゃない。体だって、そうならないように鍛えればいいだけだ。



《ほらみろ、傷だらけの血塗れだ――今からでも遅くない。せめて巨獣狩りじゃなくて、賞金狩りでもいいだろう》

 ――……うるさい、私はやると決めた。傷なんてすぐに治せばいい。そういう風に成ればいい。



《……竜種以上の相手はお前には無理だ。いくら打たれ強くなったからって、攻撃が通らなきゃただのサンドバッグだ。お前の攻撃は、殻を抜くには軽い――》

 ――女で、小さいからか。……何度も言わせるなよオッサン。攻撃が通らないなら、通るように成ればいい。今までと同じ、それだけのことだ。







「――……強情で、可愛げのない子供だったな」

「セレさんが、ですか?」

「ああ。こういう仕事をやってるのも、単純に一番性に合ってたからだ」

「えー? セレが? なんか昔からそんな感じって言われても納得しちゃうけど」

「そんな感じってなんだよ」


 堕欲者グリードになる以前、遥か昔の記憶。しばらく思い出すこともなかったそれを、薄い緞帳を挟んだかのように朧げに回顧する。

 ――目の前で盛り上がる彼らのように、純真な子供ではなかったけれど。


「喧嘩っ早くて、聞かん坊で――どうしようもない子供だったよ」


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