16. 石の“風味”とは――。
筆者が聞いた話では、ある人が仲のいい
贈り主の周りにも
後日、贈り主の枕元には小粒の貴石が山のように積まれていたという。彼らはとても愉快で、そして義理堅い人種なのだろう――。
(――らしいぞ)
『……俺なんも贈ってねえじゃん!』
(好かれてるんだろ。よかったな)
『よくねえ!』
根負けし、セレのフードの中に引きこもったエナが憤慨する。誰かに無条件に好かれるというのも考えものである。
精霊は鉱魔族に好かれる。また一つ、この世界の雑学が増えてしまった。
「はい、一つずつね」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
「……石?」
「魔石だよ。最近のブームは“海岸風味”らしいよ」
「風味………………風味?」
石の“風味”とは――。
魔石というのは確か、インフラや魔導具、あらゆるところで使われている人工素材だったはずだ。魔石と魔導具を組み合わせれば、乾いた地に水源を設置することも容易いというとんでもない代物だ。以前魔導具店の店員が教えてくれた。
「
「山頂の、日の出風味」
“日の出風味”とは――。
魔石は大体どの魔導具店でもあったが、“風味”の付いた魔石はまだ拝んだことがない。この世界にはまだまだ未知が溢れている。
「ねえセレ。お腹も空いてきたし、私達もお昼にしない? 私、軽食は持ってるの。一緒に食べよ?」
「――ああ、そうだな。私もちょうど、今朝の依頼主から貰った物がある」
「じゃあ移動しよっか。今なら談話室エリア空いてるよね」
難しいことを考えるのはやめよう――“そういうものだ”と受け入れた方が早いことも世の中にはたくさんある。セレはそれを知っていた。
本を閉じ、セレは荷物を手に取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この総菜美味しいね。頂き物なんだよね? やっぱり採れたてで作ったら一味違うのかな」
「かもしれないな」
「あ、このパンに乗せたら合うかも。パン、セレも食べてね」
「頂こう。こっちも遠慮せず食べていいぞ」
「うふふっ、やったぁ」
『俺にもそれくれ』
(ん。……いい加減降りてこいよ)
『嫌だ! また囲まれるだろ!』
本によると
ちなみにエナに(お前は魔石食べられるのか?)と問うと、普通の食事がいいから食べたくないと返ってきた。鉱魔族が精霊に近しいといっても嗜好はまるで違うらしい。
「――今日も大成功だったな!」
「まあこの程度、サクッとこなさないとね」
「ねえねえ、さっきの話の続きしてよ!」
「午後はどうすんだ? また依頼受注するか?」
「まずはさっきの依頼の報告でしょ」
「――ああ、そろそろ人の増える時間かあ」
「……今日はもう資料室は使えないな」
「あー、だね。
セレ達は現在、談話室エリアの小スペースにいる。机に椅子が二つ、パーテーションで区切られただけのオープンな簡易個室のようなもので、
あれは先日から資料室に居座っていた集団で間違いない。一番広い机周りを占拠し、とにかく口がよく回るようで会話を切らさない。室内に入る気力すら削ってくるのだから大したものである。
もっとも彼ら以外も喧しいのだが――デアナはボレイアス大森林に近いからか、
「この頃よく見る新人君達だね。最近は多かったんだって」
「らしいな。ここ数日資料室に入り浸ってた」
一つはセレのように即登録、即依頼のパターン。ある程度の知識、技術があることが前提になり、身内に
もう一つは事前に講習受けてから登録するパターン。こちらの方が圧倒的に数が多いらしい。一からの初心者向け講習はある程度マニュアルがあるらしく、一通り完了するまでがワンセット扱いなので受講者も面子が固定となる。
魔力の扱い方、基礎体術など基本から学べ、なにより同じスタートを切った“同期”を得られる。
「そういえばセレも新人なんだよね、なんか忘れそうになっちゃうけど」
「
「うーん……そんな感じしないんだよね、セレが大人っぽいからかな。堂々としてるっていうの?」
「大人っぽいじゃなくてとっくに大人だからな」
「え、セレって央人族でしょ? 成人してるの?」
「よく言われるがとうの昔に成人してる。大体、夕飯で酒飲んでただろ」
「……そうだった。水みたいに飲むからすっかり忘れてた。あ、この後暇ならお酒買いに行かない? 南東通りの方でよさそうなお店見つけたんだ。今日宿の皆と飲もうよ、女子会しようよ」
「じょ、女子会……」
『嫌なのか?』
(こ、言葉の響きが耳慣れない……)
「――食事中すみません。少しよろしいですか?」
「――フローラリア、と、ウィルマン農園の……」
「コリンナ菜園とオッズ庭園の店主さんもいるね」
「おうセレ! 飯中すまねえな」
「やあセレ。リィンも、この前はありがとう、助かったよ。
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
「セレとリィンは知り合いなの?」
「宿が一緒なの。部屋が隣同士なんだ」
フローラリアに引き連れられやってきたのは、ここ最近、依頼先で見た顔ぶれだった。
採集専門のリィンも顔見知りだったらしい。彼女は銀等級の
「なんだ、また
『えー……俺しばらく見たくねえよ』
「うーん、まあ、近いっちゃ近いな」
「そのことでお話があるのです。食後で構いませんので、お時間を頂けないでしょうか」
「別に食べながらで構わない。その様子だと何かあったんだろ?」
皆一様に難しそうな顔をしていた。先日まであれほど爽快な顔をしていたというのに、また
フローラリアが一歩下がり、ウィルマン農園のデイヴに話を促した。
「おかげさまで俺達の畑は平和も平和、
「ってことは、
「いや、
眉間に皺を寄せ、デイヴは深く息を吐きつつ腕を組む。怪訝な顔をしたセレに顔を向け、彼は苦々しげに口を開いた。
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