17. 蟲の女王

 根啜蟲イビル・イータの脅威は去った。狩猟者ハンターになって日の浅いという一人の央人族の少女によって。


 ここ数か月、一日と経てば戻ってきた根啜蟲イビル・イータがぱたりと消え、依頼主達はそれはそれは喜んだ。しかも依頼内容は鉄等級、【根啜蟲イビル・イータ駆除手伝い】という最低ランクの発注金額で済んだのだから尚更だ。

 “根こそぎ駆除するあまり筒籠が足りなかった”というウィルマン農園のデイヴの話を聞き、皆追加で筒籠を用意した。結果、事前情報通りの大漁ぶりで、皆ホクホク顔で買取に向かったという。


「魔物の買取は狩猟者ハンターギルドの大倉庫に持っていくんだが、そこの職員に言われたんだよ。“これだけの数の根啜蟲イビル・イータは異常だ”ってな」

「異常?」

「今まではちまちま駆除するだけだったから気付かなかったんだ。あんな大量に狩れるわけじゃねえし、適当に処分してたしな」

「続きは私からお話します。連日大倉庫に買取に出される根啜蟲イビル・イータの数は“町で繁殖した”で片付けるにはのです。なにより、そのほとんどがオスばかりだった――そうなると、考えられるのは“この町の中に女王がいる”という可能性です」


 根啜蟲イビル・イータは単独性昆虫であると同時に、社会性昆虫の側面も持つらしい。

 通常の昆虫のように雄と雌で繁殖もするが、その中でごく稀に“女王”となれる個体が生まれることがある。

 女王は生殖ではなく侵略を本能とするためか、生み出すのは全てオス。そしてその数が通常とは比較にならないほど多い。女王が単為生殖により“兵隊”を産み出し、栄養を蓄え戻ってきた雄を捕食するという。


根啜蟲イビル・イータの女王は魔物ですが、過去には魔獣に匹敵する大きさの個体も確認されています。そんなものが街中にいるかもしれない、というのはたとえ可能性であっても無視できません。なので、皆様は連名で【“根啜蟲イビル・イータの女王”の調査】を依頼されたのです」

「……なあ、そんな規模の話なら、町の方で対処する案件なんじゃないのか? わざわざ依頼しなくても……」

「俺もそう思ったんだがな、陳情書が精査される会議は月頭にやってるんだよ。可能性の話だから特別早く対応してくれるってのもないだろうし、あと二週間も待ってりゃまた新しい根啜蟲イビル・イータが湧いてくるかもしれねえだろ?」

「仮に女王が発見された場合、依頼の発注代金は町に請求できるので問題ありませんよ。発見したら町に報告して対応してもらえばいいのです。どうでしょう、引き受けていただけますか?」

「んー……」


 <穿撃バッシヴ>は挑発であり、同時に本能を殴りつける威嚇でもある。無事に逃げおおせた数匹は、で味わった恐怖を仲間にも伝え回ったに違いない。

 しかし、せっかく根啜蟲イビル・イータを駆除をしても女王が新たに産み出してしまえば元の木阿弥だ。威嚇の効果も次第に薄れてしまうだろう。魔獣に匹敵しうるサイズらしい女王本体のこともある、早めに動くに越したことはない。


「まあ、街中程度の範囲ならやれなくはないな。それを放置するのも危険そうだ」

「おっ、やってくれるか! いやぁよかったぜ。お前ならあっちゅう間に見つけてくれそうだしな!」

根啜蟲イビル・イータ大土鼠ルイン・クロウの駆除はお任せだもんな!」

「害獣駆除の専門家プロだもんね! 皆でお金出し合ったから、報酬は期待してていいよ!」

「う、うーん……そう、だな……」

『なんだよその変な顔』

(変な顔にもなるわ)


 嬉しいが、嬉しくない。なんとも複雑な気持ちである。害獣駆除の専門家プロ――かの世界の知人達が聞けば、さぞ面白い反応を返してくれることだろう。


「わぁー、セレってばすっごい信用されてるねぇ。頑張れー」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「ふわっとした応援だな――」



「――なあ。その話、ちょっと待ってくれないか」



「彼女、見たところソロだろ? 根啜蟲イビル・イータの女王はとんでもない大きさのもいるって聞くぜ。女の子一人に任せるなんて酷くないか?」


 ――先程の新人集団だ。

 リーダーらしき央人族――おそらく北央人の少年を先頭に、いつの間にやらぞろぞろとやってきたらしい。央人族はシルエットで判別ができないので見分けが難しい。住んでいる地域での区分らしいので当然か。

 彼の横には男女合わせて四人、その後ろにはさらに五人ほど。前に出た五人がパーティーの中心だと思われた。年の頃は15、6くらいだろうか、様々な人種が入り交じってなかなかの賑やかさだ。


「せめて合同にするとか短期雇用とか――」

「アレクさん、この依頼はセレさんへの指名依頼です。そして、ギルドが精査したうえで発注を承認しています。なので、セレさんがこの依頼を受注することに問題はありません」


 アレクというリーダーらしき少年は純粋にセレを心配しての行動のようだ。

 女の子、という部分でリィンがこちらに視線を寄越してきた。少し憐れみが含まれているように感じるのは気のせいではないはずだ。


「ギルドは何事も公正に判断します。セレさんにはこの指名依頼を完遂できる実力と実績があるとギルドは判断しました。なので、問題はありません」

「その判断が間違ってたらどうするんだ。ギルド職員だって人なんだから、絶対間違えないなんてありえないだろ」

「判断をするのは一定以上の経験を積んだギルド職員です。なので、問題はありません。何より、今回は“調査依頼”です。討伐は依頼内容に含まれていません」


 フローラリアの“完璧なギルド職員”ぶりに怯まないアレクはなかなか骨があるのかもしれない。しかし、フローラリアのあまりに淡々とした受け答えにエナが引き始めたので、そろそろやめてもらえないだろうか。

 そんなことを考えてながらエナを宥めていると、アレクの隣にいた男がずい、と前へ出て、口を開いたようだった。


「職員さんよ、俺達はその女の代わりに依頼を引き受けてやってもいいって言ってんだ。それに、アレクの言う通り、本当にギルドが間違ってるかもしれねえぜ?」

「それは一体どういうことでしょうか」

「カーク? 俺は一人じゃ危ないって言いたいだけで、別にそういう意味は――」

「アレク、黙ってろ――ギルドが間違ってるってより、ギルドは“騙されてる”のかもしれねえぜ? その女によ」


「セレ、セレ、なんか言われてるよ?」

「ん?」


 エナを餌付けで落ち着かせるのを中断すると、尖った耳をした男――亜人族、尖耳人エインセルの少年がこちらを鋭く睨んでいた。

 当然といえば当然だが、セレは彼のことを一切知らない。というより、知り合いの狩猟者ハンターはリィンのみである。何をそんなに睨んでいるのか。最後の一つになったパンに齧り付く。


「職員さんよ、俺はその女がしてるんじゃねーかって言いてえんだよ。大体ありえねーだろ、鉄等級が十日ぽっちで指名依頼をばんばん受けてるなんてよ」

「なっ……それは彼女が優秀だからだろ! 噂になってたじゃないか、“一瞬で依頼を終わらせる凄い新人が来た”って――」

「どっちかって言うと俺もそっちかな。彼女、明らかにおかしいよ」

「わ、私も、そう思う」

「レ、レイ……シシーも?」


 カークと呼ばれた少年の隣に立つ央人族の少年と長耳人エルフの少女も、鋭いとまでは言わないが咎めるような視線をこちらに向けている。

 ああ、そういえばここ数日、ちょうどこんな具合の稚拙な“敵意”を送られていた気がする。視線の主は彼らだったらしい。


「俺ははなっからんな噂信じちゃいなかった。実際、こんなちっせえ女が噂通りすげえ奴に見えるか?」

「俺も見えないな。根啜蟲イビル・イータだってその子が仕組んだのかもよ? 依頼主に見せる前に持ち込んだものを足したとか、さ」

「イ、根啜蟲イビル・イータを、自分で撒いて、回収した、とか」

「つまり、俺達が言いてえのは――職員さんが見てねえところで、そこの女が不正してる可能性もあるってこった。不正ならその“評価”も意味ねえわな。こっちは人数も揃ってるぜ? そいつより狩猟者ハンター歴も長い。その依頼、俺達に寄こせよ」


『なんだあいつら! なんだあいつら!』

(落ち着け。口から人参出てるぞ)

『にんじん!』

(胸毛も拭こうな)


 とんでもない言われようである。エナが机と胸毛に飛ばした惣菜を拭いて、セレは最後のパン切れを口に放り込んだ。

 片付けを始めると、対面のリィンもちょうど食べ終えたようである。「セレってば動じなさすぎー」と言ってころころ笑っているが、リィンも大概であると思う。小土人ノッカー達の食事も終わったようだ。


 つまるところ彼らは、突然現れて目立ち始めたセレが気に入らないのだ。後ろに控える何人かも同じような顔をしているので、仲間内の半分ほどで話していたのかもしれない。


「――おうガキ共、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。セレが根啜蟲イビル・イータを撒いただァ? じゃあセレが狩猟者ハンターになる前から俺達が駆除してた根啜蟲イビル・イータは何だってんだ?」

「大体、自分で足すも何も一緒に駆除したんだから無理に決まってるでしょ。知った口利いて、あんた達【根啜蟲イビル・イータ駆除手伝い】受けたことあるの?」

「お前らはあの駆除の光景を見てないからそう言えるんだ。彼女が優秀なのは事実だよ。自分で撒いたなんて言うけど、あの数を見てたならそんなこと言えるはずないしな」


 反論が思いつかないのか、むすりと口を噤んだ新人三人と依頼主達が睨みあってる。ギルドに戻ってきた狩猟者ハンター達も何事かと集まり始めた。

 立ち上がる。このままではキリがないだろう。

 中心メンバーの三人から感じるのは覚えのある仄暗い感情――制御しきれていない“妬み”。彼らのがそれを加速させるのだ。


「あなた方の主張はただの憶測にすぎません。どちらにせよ、これは指名依頼ですのであなた方は受注することは――」

「参加させてやればいいだろ」

「え?」



「フローラリア、依頼ってのは複数で――例えば、私とそいつらで受注して、完遂できた方に報酬を渡す、みたいなことはできないのか?」


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