15. 小土人・ダンス
ズシンッ――――ここ数日、すっかり聞きなれてしまった音が空に低く響く。
――ボココッボコォッ!
「「「「「ギュイィィィィィッ!」」」」」
すかさず左腕を振るう。的の数だけ投擲されたナイフは、自らの標的を逃すことなく貫いた。
ギャアギャアと喚き続ける“それ”に近付き、尾を地面に縫い付けられているのを無造作に鷲掴む。容赦なく首を圧迫された“それ”はぎゅっと強張り、頭を指でぴん、と
畑の脇に置かれた大籠に投げ入れ、的の数だけそれを繰り返す。最後の的から回収したナイフを血払いしていると、緩やかに騒がしくなっていた周囲がわっと沸いた。
「――聞いてた通り、一瞬だったわね! 本当に助かったわ、ありがとう!」
「へへっ、あの
「ぐったりしてるねー」
「さっきのが“秘伝の技”ってやつなのか?」
「ねえ、じきにお昼だし食べていきなさいよ!」
「あー、ちょっとこの後は用事があって……」
『勢いすげえな……』
依頼は月一でいいと思っていた――それなのに今こうして依頼を受けている原因は、初依頼を終えた一週間前に遡る。
初依頼を終えたあの日は特筆することもなく一日を終えた。
着替えなど細かな買い物を済ませ、魔導具店などをぶらりと物色した。途中、エナに乞われ、中央広場で曲芸団員が大道芸を披露していたのを見物し、気付けば日が暮れていたので、宿に戻って普通に就寝した。
その翌日のことである。資料室目当てに
話を聞くと、セレに指名依頼が来ているという。しかも七件、それぞれ別の依頼主からとのこと。どういうことだと困惑していると、どうもあのウィルマン農園の人々が原因らしい。
あれだけの量の
善意からの行動であるのは間違いない。セレは彼らに初依頼だと教えてしまったので、評判が広まるのはセレにとってもいい事だ、と思ったであろうことは想像に難くない。実際、駆け出し
(――やっとひと段落か……)
『この後はどうすんだ?』
(資料室に行く――というか、ずっとその予定だったんだがな……)
『ここしばらくは運がなかったなぁ……』
受注書入り封筒を受け取り、
依頼を終えた後も当然資料室に行こうとした。しかし、依頼を終え、熱烈なもてなしを受け、全て終えた頃には資料室は人で埋まっているのだ。最近新人が多く入ったらしく、彼らが
そして、駆除に行った先で
今日は一件のみ、午前中で終わったのでもてなし攻撃はなんとか振り切った――手土産は持たされてしまったが。
とにかく、この町に来たそもそもの目的は“この世界を知ること”なのだ。今日こそは席を取らんと、セレは
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――“人間”は、“
『同じ種族なのに呼び方が違うって変な感じだな』
「……まあ、
ようやく訪れた
予想以上に種族――そして、そこから派生する人種が多かった。
丸い耳を持ち、個の数が最多なのが“央人族”――つまり人間である。東央人、西央人、北央人と人種が分かれ、南央人はいないらしい。見た目にわかりやすい違いがないため、一括りに央人族と呼ぶことが多いようだ。
耳や尾など、獣の
央人族と獣人族、双方の特徴に
鉱物の体を持ち、精霊に近しいという“
魔力が高く、魔素との親和性も高い“
“魔法”を扱い、最も高い魔力を持つ“
精霊族は精霊しかいないが、他の種族はそこからさらに人種が分かれる。数が多いので、こればかりはその都度記憶し直すしかないだろう。
「なあ、ここに載ってる精霊、人型なんだけど。お前と違って凛々しいんだけど」
『あ? 俺のナイスフェイスが緩いってか! そう言いてえのかアァン!?』
「だってこれまさに“精霊です”って感じの絵だし」
『精霊は見た目もいろいろあんだよ! たまたまそれの
「……被り物なのか?」
『違うわ! おい胸毛突っつくな!』
「お前はその構えで何を隠したいんだ」
そのボディで自分を抱きしめても胸毛しか隠すものがない。しかも大半ははみ出している。やはり精霊の生態はよくわからない。
――――…………。
「……誰か来るな」
『あれ? 昼過ぎまでは穴場だってあの女言ってなかったか?』
「フローラリアな。まあ、そんなこともあるだろ」
皆朝から依頼に出払うため、昼をしばらく過ぎた辺りまで
「――あ、セレ。ほんとにここにいたんだ。今日は暇なの?」
「リィンか。ああ、今朝の一件以外ないみたいだ。前から資料室には来たかったんだけどな」
「ふふっ、仕方ないよ。セレは魔草農家さんに大人気だもの」
ころころと笑うのは長い耳を持つ亜人族、
「ありがたいことだとは思うがな。あの
「……うわぁー、想像するだけで気持ち悪いねぇ」
「それに私は依頼をガンガンこなしたいってわけでもない。そろそろ打ち止めになってほしいもんだ」
「ふーん……やっぱりセレって変わってるね。最初の一年くらいは皆必死で依頼を奪い合うのに」
紅茶色の髪を弄びながら対面に腰掛けたのは、同じ宿の滞在客、名をリィンという。採集を専門にしている
「リィンはなんでここに?」
「ああ、それはね――」
ドコドコドンドコ、ドンドコドン。
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
『ウオォォォォォッ』
「――この子達が、エナちゃんに会いたいって。私も午後はお休みの予定だったしね。ここで勉強しようかなって」
「……そうか」
『やめろ! 囲うな! アーッ!』
――輪になって踊る石ころ人形達にエナが追い詰められていた。見事なシンクロを見せるそれは傍から見たら面白い。やられている本精霊はさておき。
本曰く、彼らは鉱魔族、
鉱魔族といえば、思い出されるのは
「エナちゃんがよっぽど気に入ったのかな。私もこの子達のこと全部わかるわけじゃないから、よくわかんないの」
「……そうだな。懐いてる? のか?」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
『コラッ! 担ぐな! 回すな!』
同じ頭の色でも、顔の落書きにはそれぞれ個性があるらしい。リィンの連れの
「ふふっ、私達はこっちで勉強してよっか。あっちは楽しそうだし」
「……そうだな」
輪から脱出したらしいエナが
頑張れ、と心の中で呟いて、セレは再び本に向き合った。
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