第21話 告白

 韓国旅行は暴風雨により中止となり、育子いくこ拓斗たくとの部屋で話をした。


 「あのね、拓斗。」

 「ん?」

 「思い切って聞くことにするけど。拓斗の部屋のトイレに、カレンダーがあるでしょ?素敵な風景の写真付きの。」

 「うん。」

 「六月のカレンダーの風景写真の一部に穴が開いていたの。」

 「・・・うん。」

 「気になって、その裏側の五月のカレンダーの日付側の方?見てみたのよ。どこに穴が開いているのかって。」

 「・・・うん。」

 「そしたら、第二日曜日のところだったの。つまり、母の日の枠のところに、穴が開いていたのよ。」

 「・・・。」

 拓斗は下を向いた。


 「ごめんね。こんなこと聞かれて、答えたくなかったら何も言わなくていいのよ。だけど、なんだか、拓斗のところでトイレを借りる度に、気になっちゃってね。思い切って聞くことにした。」 

 「・・・俺の母親、俺が中学生になった頃、家出てったんだ。」

 「・・・そうなの。」

 「せっかく聞いてくれたんだ。逆に嬉しいよ。聞いてくれるの?」

 拓斗が笑顔になって、語り出した。


◇◇◇


 「それで、いわゆる『父子家庭』になった。父は俺に優しかったよ。出て行った母親を責めるようなこともなくて。陰で泣いているのも何度も見た。それで俺は、母親を憎んだんだ。・・・だけど、父と仲が良かった頃の思い出は、忘れられない。母親も優しかったんだ。だから、なぜ黙って出て行ったのか、理由がわからないし、何処に行ったのか、行方がわからなくなってね。・・・俺は、今はもう大人だからさ、乗り越えつつあるけど、母親が出て行ってからは、母の日が来るのがずっと嫌で嫌で・・・酔って、トイレに入っていた時に、つい無意識に指で破いたみたいなんだ。」

 「そうだったの・・・。」


 「だからなのかな。俺は、キャバ嬢みたいな若い女があまり好きじゃなくて、いくちゃんのような年上の人と、一緒に居たいんだろうな。・・・俺のこんな事情なんか、いくちゃんは、気にすることはないんだよ。」


 そう言うと拓斗は、下を向いて口角を挙げていたが、心の傷をえぐることになってしまったかもしれない、と育子は思った。このような話を聞いたからには、拓斗を見捨てるようなことはできないと強く思った。

 「私も、拓斗と一緒に居る時、とても癒されるの。拓斗の事情を聞かせてもらったけれど、それで気を使ってるからではなくて、拓斗とは、単純に、相性がいい気がする。できることなら、・・・これからも、よろしくお願いします。」


 「いくちゃん。もうひとつ、言わなきゃいけないことがある。俺は『悠愛』でナンバーワンになることを目標に頑張ってた。」

 「知ってる。だから応援していたのよ。」

 「ナンバーワンになるために、いくちゃんを利用してた。」

 「私はホストクラブで遊ぶことで、ストレスが発散できて、癒されていたのよ。拓斗の気持ちが無くたって、ホストとしての仕事で演技してるだけだって良かったのよ。そのホストとしての演技を、お金で買っているんだもの。」

 「違うんだ。いくちゃんから、お金を取ろうとしていたんだ。」

 「それはそうでしょ。私は貢役みつぎやくなんだから、それでいいのよ!」

 「いくちゃんが、普通の会社員だって知ってて、ホストクラブに通わせて、ドンペリを頼ませて・・・俺は、いくちゃんに、悪いことをしてたんだ。」

 「そんなことはないわよ!旦那が浮気してるって言ったでしょ。私には、今旦那が同棲している女性の名前も、その女性の住所も連絡先も、みんな伝えて公然と浮気をしているのよ。だから私には頭が上がらないの。お金が足りなくなったら旦那にもらえば済むのよ。お金は、旦那が出してくれるから大丈夫なの!」

 「・・・旦那、旦那って言うなよ!」

 拓斗が涙目になってきた。

 「・・・ホストクラブで遊ぶためのお金と、拓斗との旅行のお金は、ほとんど出してもらっていたの。旦那と別れられないのは、拓斗と付き合い続けたいからなのよ。」

 「だったら、俺は、ホストを辞めるよ!『悠愛』を辞めるから、いくちゃんが大金を使うことはない。それなら、旦那さんからお金をもらう必要もないから、旦那さんと別れられるよ・・・今まで通り、いくちゃんがうちに遊びに来て、うちの中だけで・・・恋人同士のように、付き合おうよ。」


 二人はシャワーを浴びてからベッドに入り、そのまま性交した。心が通い、優しさに満ち、そして少し先のことも見据えているかのようだった。予祝を受けた二人は同じ道の上に居た。

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