第20話 自己評価の低さゆえ

 「ん、おはよ。」

 拓斗たくとが起きた。時刻は午後二時を回っていた。

 「おはよう。ぐっすりと眠っていたわよ。」

 「いくちゃん!」

 拓斗はいきなり抱きついてきた。

 「起きた時に、いくちゃんが居てくれるなんて、なんて幸せなんだ!」

 そう言うと、育子いくこの頬に軽くキスをした。

 育子は、心臓が破裂するかと思った。

 「あ、コーヒー淹れるわね。」

 顔を赤くしながら、育子が言った。

 「ありがとう。ふぁ~あ。ねむいけど、起きようっと。」

 

 育子が淹れたコーヒーを、二人はすすった。

 「ねえ。旅行代理店のホームページにネットで予約しない?」

 「そうだね。天気予報見てからね。だけど、雨が降ったら降ったで、俺はいくちゃんと二人きりで韓国に居るだけで、幸せだな。」

 いちいちドキドキさせる男である。

 育子は、少しイライラした。

 「あんまり、私みたいなおばさんのこと、からかわないでくれるかな!」

 拓斗はビックリして育子を見た。

 「・・・からかってなんて・・・いないよ・・・。」

 元気を無くした顔で、小声で拓斗が言った。

 「俺は本当に、いくちゃんと一緒にいたいんだ・・・。」

 拓斗はそう言うと、高い鼻を赤くして、涙を流し始めた。

 「・・・ウエーン・・・。」

 拓斗は、子供の様に泣き出してしまった。

 「え?うそっ、・・・拓斗、ごめんね、え?なんで泣くの?・・・。」

 育子はトイレの、一部ちぎられたカレンダーを思い出した。

 (拓斗は、母親のことで、何かあるのかもしれない・・・)

 「拓斗。・・・ごめんね。嬉しすぎて、有頂天になるのが怖くて・・・泣くなんて思わなかったから・・・。」

 そう言って、育子は拓斗を抱き締めた。

 「どこにも行かないで、そばに居るって・・・嘘でもいいから、言って。いくちゃん。」

 拓斗のこの言葉を聞くと、育子の両目から涙があふれ出た。

 「どこにも行かないよ、拓斗。ずっとずっと、そばにいるからね。」

 「ウワーン!」

 拓斗が大声で泣きだした。

 育子は母親が子供を抱き締めるように、拓斗の事を抱き締めた。


 二人は旅行代理店のホームページで韓国旅行の予約をした。

 梅雨明けした頃であろう、七月初旬に行くことにした。

 拓斗のパソコンだったので、拓斗の名前で予約をした。

 拓斗の本名は『毛利拓斗もうりたくと』だった。

 (拓斗は本名だったのね。毛沢東もうたくとう、みたいな音の名前。だから歴史に興味が湧いたのかしら)

 育子は勝手に想像した。

 「もう予約しちゃったからね!約束は絶対だよ!」

 拓斗が甘えたような声で育子に念を押した。

 「もちろんよ!楽しみなのは、私の方なんだから!」

 「違うよ!俺の方が楽しみにしてるんだって!」

 本当に嬉しそうに、こういうことを言うホストなのである。


 その日の夜、自宅に戻った育子は、拓斗のトイレのカレンダーの事が気になっていた。

 「母の日の日付の部分だけが破られたカレンダーなんて、初めて見たわ。韓国旅行の時にでも、カレンダーを切り抜いた理由、さりげなく聞いてみようかしら。」

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