第五章 その⑦ アヤトの決断

 営舎で荷物をまとめる。

 幸いなことに今は皆が出払っていて、一人感慨にふけりながら荷造りが出来た。

 皆との訓練の証である傷だらけのプレートアーマー、ゲオルグが加減を間違えて出来たヘルムの凹み、プリムラ姫との特訓で、何度も叩き落されて柄がボロボロの槍。 

 本来は武器庫に返却するのだが、営舎の方が目立つし、今は誰とも会いたくない……ここで良いか。 

 営舎は今日も男臭い匂いが充満している。

 なんとも汗臭くてむさ苦しいので、休憩中でもあまり長居したくなかった記憶しかないが、そんな思い出すら懐かしく感じる。


「アヤト……」


「何だよ、ゲオルグ」


 ゲオルグがこっそりと、俺の様子を伺いに来た。


「お前、兵士を辞めて国から出ていくのか?」


「そうだよ。勤務態度が悪いのがバレて、お払い箱さ」


「嘘言うなよ。皆が噂している。『お前が姫様に接近しすぎたから、辞めさせられたんだ』って」


「……」


「すまなかった。俺が軽はずみに『姫様を狙ったらどうか』なんて焚きつけて。それが結果的にお前を苦しめることになって」


「何言ってんだよゲオルグ。俺は辞めることを全然後悔してねーよ。むしろ、これからは創作活動一本に絞れるってもんだ。どうだ、未来の世界的画家のサインでも」


「ハハハッ。そう言ってもらえると助かる」


 ゲオルグは、苦笑気味に笑っていた。

 それと同時に、彼はドアの入口付近でそわそわとしている。

 なるほど、自分がここに来たことが近衛兵長に見つかることを恐れているな。クビを言い渡された俺と会うのは、いろいろとトラブルになりそうだからな。


「ほら、もう行けよ。そろそろバレるぞ」


「すまない」


「生きてりゃ、また会えるさ。その時はまた、酒を酌み交わそうぜ」


「あぁっ。お前も元気でな、アヤト」


「これまでいろいろありがとう。ゲオルグ」


 ゲオルグは足早に去っていった。あいつも最後までおせっかいな奴だ。



 ――*――



 営舎での片付けも終わったので、俺はエニシダさんから言われた通り、姫様とよく稽古した訓練場に着いた。

 そこには、プリムラ姫が一人、佇んでいた。


「アヤト!」


 姫様が嬉しそうに駆け寄る。


「どうしたんですの? エニシダから「アヤトから大事な話がある」と聞いて、急いで来たんです」


 何かを期待するような瞳だった。その目を見て、俺は罪悪感で押し潰されそうになった。


「プリムラ姫……」


 彼女の両肩を強く掴んだ。


「うっ。どうしたの? ちょっと……痛いです……」


 彼女の潤んだ瞳が俺を見つめる。

 その碧色の瞳、透き通るような黄金の髪と純白の肌。

 何度も何度も、その顔を目に焼き付けても、一度も見飽きることがなかった。

 それどころか、さらに輝きを増す君に、毎回目が離せなくなるばかりだった。

 

 出来ればずっと君を見つめていたい……。

 ずっと一緒に居たかった……。


「プリムラ姫!」


 努めて明るく振舞った。


「はっ、はい」


「俺、とある国で専業の画家として雇ってもらえることになったんです!」


「えっ?」


「だから、今日で、プリムスでの滞在もおしまい!」


「何を言ってるの、アヤト?」


「姫様ともいろいろ交流が持てて、とても楽しい日々でした。絵が完成出来なかったのは心残りだけど、それはそれでよい修行になりました!」


「冗談よね、アヤト?」


「最後にプリムラ姫にお世話になったんで、お礼を言いに来たんです」


 プリムラ姫の言葉を無視して続けた。


「これまで、いろいろとありがとう姫様。もう二度と会うことは無いけど」


「嘘よ、嘘だと言って!」


「嘘じゃないです。俺は今日、この城を去ります。武器も今しがた返却しました」


「エニシダが言ったのよね。そうよね?」


「違いますよ。これは俺の意思です。プリムスの風景画もたくさん描いたけど、いろいろとお腹いっぱいになっちゃって、そろそろ違う国に行こうかなーっと、かねてから考えていたんです。そこに、ある国からスカウトが来たので、それに乗ったんです」


「そんな……」


「姫様、俺が居なくなっても、あんまりへっぽこな姿を周りに見せちゃだめですよ」


「いや……」


「ファセリア王子のような、国力もあって顔も性格もいい男を見つけて、末永く幸せに暮らしてください」


「いや……いや……」


「それじゃ、さようなら。プリムラ姫様。お元気で」


「嫌あああっ! アヤトぉぉぉっ!」


 普段の姿からは想像もつかないほど取り乱し、城内にこだまする絶叫を上げる姫様の姿は、俺の心を容赦なく打ち砕いた。


「行かないで。行っちゃヤダぁぁ! 愛してるのアヤトぉぉ……」


 子供のように抱き付いて、離れようとしないプリムラ姫の手を冷徹に振りほどく。


「ううぅぅっっ……」


 手を払われて、その場でうずくまり、泣きじゃくる姫様に背を向け、俺は立ち去った。

 いや、逃げたと言った方が正しい。俺も背を向けた途端、大粒の涙が溢れてきて、それをプリムラ姫に見せたくなかったんだ。


 こんな結末、迎えたくはなかった。


 俺の恋は終わった。

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