第五章 その③ 回想……絵画が取り持つ二人のご縁

 お客を迎える準備も出来たことだし。俺はもう一肌脱ぐことにした。


「じゃあ、ちょっと大盤振る舞いでもするかな」


 俺は店先に立ち、道行く人々に声を掛けた。


「ハボターナの皆さま初めまして。俺は流れの作家でアヤトと申します。そこのお兄さんお姉さんに奥様。お近づきのしるしに一つ似顔絵はいかがですか? いえいえお時間は取らせません。

 たった十五分。

 十五分だけいただければ絵とともに最高の笑顔をプレゼント出来ますよ。その代わり十五分で描けなかったらお代は要りません。でも絵に満足したら、材料費と少しのお礼をいただけると助かります」


 この発言に周囲がざわつき始めた。


「おい、十五分で絵を描くだとよ」


「即興で絵を描くなんて聞いたことないぞ」


「あなた書いてもらったら?」


「あたし描いてほしー」


 人がだんだん寄って来た。そのうち子供がトテトテと寄ってきたので、デモンストレーション代わりに幼女を描くことにした。


「はい。そこのお嬢ちゃん、ちょっと待っててねー」


「はーい」

 

 素早く筆を走らせる。顔の輪郭から髪質まで先に決め、目、鼻、口はアタリを取らず、多少のミスは御愛嬌のつもりで一気に描き上げた。

 時間にして10分と少し。


「はい。どうぞ」


「すごーいおにいちゃーん。これあたしー?」


「そうだよー。お嬢ちゃんはとってもかわいいから将来は美人さんだねー」


「パパママ―見てこれ―」


 と嬉しそうに父母に絵を見せる幼女。両親も俺の早業に目を丸くしていた。


「ありがとうございます。これ少ないですが」


 と母親が、一枚が日本円換算千円ほどの銀貨を五枚手渡し去っていった。

 その様子を見ていたギャラリーがワッと俺に殺到した。


「ハイハイ押さないで順番に順番に。お時間ある方は、店にある絵も見ていってください。ちょっと年代物が多いですが、いい絵ばかりですよ」


 俺は、その日は昼から夕暮れ時までひたすら絵を描きまくった。

 合計で約二十人は似顔絵を作成した。

 絵を受け取った人はそれぞれ絵の完成度の高さに驚き、意外そうな顔だったり、嬉しそうな表情を作りながら帰っていった。

 この世界の絵にしては銀貨五枚はかなり破格な値段だが、数をこなしたため一月分なら喰うに困らない金銭も得た。

 彼女の画廊もぼちぼち人が入っていた。展示していた絵も少しだが売れたそうだ。

 俺の絵はある王族関係者の目につき、かなりの値で取引されたらしい。


「おー、あのボロボロな画廊から買い手が付くとはねー」


「奇跡だよ。絵なんてもう半年以上は売れなかったのに」


「アナタの画廊は見る人が見れば価値のある絵が多いんですよ。画商というからには絵を見る目は確かだったんですね」


「お前、ボクをバカにしてるのか? だけど、そう思われても仕方ないな。ボクもここ最近はお金のことばかりで、自分の目がどんどん濁っていくのを自覚していたから……」


 憂いた表情で自虐的に語る少女。


「今日は絵が売れたから良かったじゃないですか。あと、はいコレ」


 俺は今日得た売り上げをすべて彼女に渡した。


「なっ、何だ、施しのつもりか⁉ 舐めるなよ、ボクは体は売っても、誰かに施されるほど落ちぶれてはいないぞ!」


「誰があげると言いました? これは投資です」


「投資? どういうことだ?」


 彼女の頭にクエスチョンが浮かぶ。


「いわば、これは作品を世に出すための投資なんですよ。

 画家って言うのは作品を展示する場所を確保出来るかどうかは死活問題ですから。幸いこの都市は人と物の交流が盛んなので、多くの人の目には入ると思うんですよ。アナタがちゃんと画廊を管理すれば。

 だから、今後この画廊に優先して俺の絵を卸しますので、一番目立つところに飾ってください。これが投資の条件」


「そんなの、このお金と釣り合うようなメリットじゃない……」


「それじゃあ、お近づきの印でも何でも。理屈じゃないんですよ、は」


 正直言うと、俺はこの画廊が気に入ったんだ。

 子供の頃よく通った骨董品店のような、木材の匂いと画材の匂いが混ざったこの空間が。だから出来れば潰れないでほしいと思っただけだ。


「お前、そんな甘いこと言って、あいつらと同じようにボクの体を……」


「くだらねー。人見て言え」


「なっ! 下らないだと⁉ 言っちゃなんだが、ボクは容姿もスタイルにも自信はあるんだぞ。今はこんなみすぼらしい恰好しているけど、ちゃんと身なりを整えたらお前もほっとかないような――」


「おっ。少し元気が出てきたみたいですね。その意気でこの画廊を立て直してくださいよ。美しいものが何かをわかっているアナタなら大丈夫ですよ。俺も微力ながら協力させてください」


「何なんだよ。お前はバカなのか? こんな見ず知らずの人間にそこまでするなんて、そんな奴この国じゃ三日と生きていけないぞ」


「あぁそうだ。俺は絵が三度の飯より好きな大バカだ! 文句あっか⁉」


 そう言うと、彼女は泣いた。泣きながら笑った。

 プリムラ姫にも負けない笑顔だった。


「じゃあ、今日は大儲けしたお祝いと再スタートの記念にパァーっと行きますか!」


「もちろん、お前のおごりな。ボクはこの画廊を立て直すという使命があるんだから無駄遣いできないぞ。ええっと……」


「アヤト。アヤト=クガイソウ。プリムスの衛兵兼画家を営んでいます。あなたは?」


「リリィ=ショコラーテ。ハボターナ出身のダークエルフだ」


「ちなみになんか少女のような顔立ちだけど、良ければ年齢教えて? もしかして十代? 」


「バカ言うな! ボクがそんな子供な訳ないだろ。……才だ」


「んっ? 聞こえなかったので、もう一度」


「……69才だ。明日で70になる」


「えっ……。おばあちゃん?」


「お前殺ス!」

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