第四章 その⑥ 舞踏会の終わり

 舞踏会が終了し、俺達三人は馬車に乗り込もうとした。

 するとファセリア王子が後を追って声を掛けた。


「プリムラ姫。今宵は素敵な夜をありがとう。君と踊った時間はまるで夢見心地だったよ」


「今宵はお誘いいただき、ありがとう存じます。ファセリア王子とのダンスも楽しかったですわ」


「それなら良かったよ。またぜひ来てほしい」


「えぇ。ぜひ」


「ところで、ちょっとアヤト君をお借りしたいのだが」


「俺ですか?」


 なんだ? このナンパな王子がヤローである俺を呼び出すなんて。

 ファセリア王子は馬車から離れた人気のない暗がりに着くと同時に話を切り出した。


「キミ。プリムラ姫に惚れているね?」


 話の内容に俺は面食らった。


「何を言ってるんですか?」


「芝居はいいよ。それでどうなんだい?」


「さぁ? ご想像にお任せしますよ」


 俺がプリムラ姫に惚れているかどうかなんて、コイツには関係ないことだ。

 わざわざ敵に塩を送る気はサラサラない。


「あくまでシラを切るのかい。少なくとも、プリムラ姫は君に夢中みたいだけどね」


「ファセリア王子がなぜそう思うに至ったのか、聞かせてほしいですね」


 こいつが王族であるということを頭ではわかっていたが、探りを入れるような話し方にムッとして、俺はふてぶてしい態度を取った。


「君とプリムラ姫が踊っていた時に思ったんだよ。彼女は君に全幅の信頼を寄せているとね。それは愛以外の何物でもないだろう」


「王子は一体何のことを仰っているんですか? 平民の俺が舞踏会で王族と踊るなんて有り得ないでしょう」


「よくもぬけぬけと言えたもんだよ。服装だけでなく、ウイッグも被るほど用意周到に変装していたのに」


 ファセリア王子は呆れるように俺の変装について語った。


「認めるよ。君は僕のライバルだ。君に彼女は渡さない」


 王子は一方的にライバル宣言してきた。

 俺は一瞬驚いた。だけど。


「俺は何もかもがあなたに劣りますよ。だけど、俺は誰よりも先にプリムラ姫を見出したんだ。だから――」


「ぽっと出のヤローが、後からしゃしゃり出てくんじゃねーよ!」


 俺はファセリア王子に強く言い返した。


「……いいね、その目。そうでないとつまらないよ。恋も闘いも。君が磨き上げた宝石、僕が総取りさせてもらう」


 ファセリア王子はマントを翻し、城へと去っていった。

 俺はそれを見届けた後、馬車に戻った。


「ファセリア王子とは何を話したのだ?」


 エニシダさんが心配そうに質問してきた。


「大したことありませんよ」


 俺ははぐらかした。


「粗相は無かっただろうな?」


「……してませんよ?」


 王子に啖呵を切った手前、歯切れが悪い答えになってしまった。


「なぜ疑問形なんだ」


「いいじゃないですか。男同士の話ですよ」


「そういうことにしておく」


 珍しく言及してこない。それもそのはず、姫様は嬉しそうに俺を出迎えたからだ。


「今日はアヤトさんが特訓してくれたおかげで、皆様と交流を深めることが出来ましたわ。ダンスのお誘いもたくさんいただき、とても有意義な時間でした」


「全部、姫様の努力の成果ですよ」


「それにしても、最初にダンスを誘って下さった方はどなただったのでしょう。いつの間にか居なくなっておりましたし」


「きっと途中で帰られたのですよ。俺見ました」


「そうですか。出来ればお礼を言いたかったのですが」


「きっと彼も、姫のような美しい方と一曲踊れてよかったと思っていますよ」


「そう? それならよかったわ。アヤトさん」


 じーっと見つめるプリムラ姫。


「あのー……姫? 俺の顔に何か付いてます?」


「いーえ。またあのお方とは出会えそうだなと思いまして。そんな遠くない未来に」


「だといいですね」


「ええ、本当に」


 その後、宿に着くまでの間、プリムラ姫は疲れたのか眠ってしまった。

 エニシダさんも珍しく眠りについている。


 俺は馬車の中から月夜を見ていた。少し欠けた月がプリムラ姫の寝顔を優しく包む。


「月が綺麗だね。プリムラ」


 眠る彼女にそっとささやいた。

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