第四章 その⑤ 夢のひととき

「ホントに大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ。どこからどう見ても胡散臭い王族だ」


 それじゃダメだろ……。


 エニシダさんが夜な夜な俺を誘った理由――それは俺を王族風の人間に変装させるためだった。

 エニシダさんの話だと、プリムラ姫はゲルセミウムの一件で、悪目立ちをしてしまったとのことだ。

 プリムラ姫の常人離れした強さは瞬く間に王族内に伝わり、男性王族は単純に恐れ、女性王族は女が剣を振るうことに対して理解を示すどころか野蛮だと批判した。

 あの試合を生で見れば、そんな感想は出ないはずなのに……。噂というのは尾ヒレばかり無駄に付く。


「俺だってこと、バレないですか?」


「今、お前が身に着けている服は、それだけで家が一軒建つ値段だ。平民がそんな高価なものを着ているとは誰も思わん」


 ひえぇ……。この燕尾服そんなに高いの? 

 服を汚さないよう俺は姿勢を正した。


「でも姫様には顔でバレるでしょう」


「そう思って、ウイッグも持ってきた」


 エニシダさんは銀髪のカツラも準備していた。

 用意周到……。俺を連れてきた理由はこのためか。

「最後の最後までの役割を果たせ」と言いたいのだな。

 まぁ、バレなければ良い。どうせ一夜かぎりの道化だ。姫のために最後まで演じ切ってみせるか。


 ――*――


 俺は気を引き締めてホールに戻ると、プリムラ姫は壁際にポツンと立っていた。

 子供がいじけたような寂しい横顔。


 少し憤慨した。

 プリムラ姫にではなく、王族の男達に対してだ。

 彼女の本当の美しさがわかる人間はここには居ないのか。

 王族のヤロウ共は、彼女に声も掛けられない臆病者ばかりなのか。

 だが――そんなことより優先すべきことが今の俺にはある。

 落ち込んでいる彼女の目の前に俺は立った。


 そして――


「プリムラ姫。おれ……自分と一曲、踊ってくださいませんか?」


 と、手を差し伸べた。すると、


「えっ⁉ えぇ。喜んで」


 と姫も虚を突かれた顔をしながら承諾した。


「でも、あなたはいったい?」


「急いで。演奏が始まりますよ」


 彼女の質問に答えず、俺達は舞台へと上がった。


 二人向き合い、お互いの手がお互いの肩にそっと触れる。緊張しているのか彼女の手は少し熱かった。

 俺もそうだ。

 極力、彼女の顔は見ないようにと気を付ける。素性がバレると彼女をがっかりさせると思ったから。


 穏やかな旋律が流れだすと、俺と姫はゆっくりと動き出した。

 二人が踊り出すと、周囲がざわざわと騒ぎ始めた。


「あちらの女性、プリムラ姫じゃない?」


「うそっ! あの暴力王女を誘う殿方なんていらっしゃるの?」


「でも見て! あのお方、とても素敵だわ! どちらの国の王子かしら?」


 雑音を軽く受け流し、ステップは続く。


(クイッククイックスロー。クイッククイックスロー)


 どこかでエニシダさんが手を叩き、拍子を刻んでいるような気がする。

 俺は音楽に合わせて、練習の日々を思い出す。


 ――ダンスの練習を始めて最初の頃は、お互いの足を踏んでばかりだった。

 そのたびに、二人とも気まずそうな顔をして、一からやり直した。


 ――リズムを叩き込み、音を習い、二人一緒に課題を克服していく。

 華やかさとは縁のない地道な特訓。

 基礎を積み重ねるたびに、お互いの足を踏む回数も少なくなっていった。

 少しずつ俺たちはお互いの顔を向き合えるようになった。


 ――何度も練習を続けていくうちに、音楽に身を委ね、パートナーを信頼し合うことを覚えた。

 バツが悪い顔を見ることも足が痛くなることも完全に無くなり、二人の笑顔が日に日に増えていった。

 踊ることがこんなにも楽しいんだと俺たちは心の底から思った。


 

 このままずっと彼女と踊り続けていたい。と願った。

 今もそう……。



 俺の正体を隠しながら、輪舞ロンドは続く。

 二人の身体はまるで吸い付いて離れないかの如く、一糸も乱れない。

 ナチュラルターンにスピンターン。

 俺のエスコートでプリムラ姫が妖精のように舞う。

 彼女は少し困惑しつつも楽しそうに踊っている。

 きっと(なぜここまで息が合うのだろう?)と思っているだろうな。

 周囲は歓声を上げ、ホールで踊っていた王族達も足を止め、俺たちのダンスに注目した。

 楽士たちも俺達のダンスに感化され多重奏のハーモニーで張り合い、どんどん盛り上がっていく。

 

 クライマックスが近づいてきた。


「行きますよ。姫」


 プリムラ姫に声と目で合図を送る。

 そして、右へ左へと小刻みにステップを切り替える。さすが姫様、足さばきも優雅にこなす。見事だ。

 片手を離し二人横一列になり手を伸ばす。すらりとした指がピンと伸びる。

 最後に俺は彼女を体ごと手繰り寄せ、上体を反らして倒れる彼女の腰を抱きかかえてポーズを決めた。


 そこで音楽が終了した。すると――


「素晴らしかった。プリムラ姫」

「素敵で情熱的なダンスだったわ」

「武勇だけでなく、舞踊もお上手だとは!」

「ふっ、ふん! ダンスの腕もまぁまぁね」

「プリムラさまぁ、ぜひわたくしのお姉さまになってください!」

「姫、今度は自分とダンスを」

「バカっ。今度は俺とだ!」


 ホールは拍手喝采の大盛況だった。

 プリムラ姫がここまで華麗に踊れるなんて誰も想像していなかったのだろう。

 それが見事に裏切られたのだから、皆もきっと驚いたはずだ。


「えっ⁉ ええっ! あのみなさん、ちょっと落ち着いてくださいまし」


 プリムラ姫は混乱していた。

 いつの間にか人の輪が広がり、彼女は一躍人気者になったのだから無理もない。


 ……もう大丈夫だろう。

 俺は、人だかりをこっそり抜け出し、ホールから退散した。


 ――*――


「お疲れだったな。アヤト」

 

 エニシダさんがホールの外で待機していた。


「プリムラ姫、これでみんなと打ち解けられるといいんだけど」


「問題ないだろう。あれだけ見事に踊り切ったのだからな」


「だけど俺を呼び水に使うなんて、エニシダさんらしい鬼畜なやり方ですね。いつか呪ってやる」


ひがむな。こういうのはきっかけが必要なのだ。きっかけさえあれば、あとは姫様の魅力で何とでもなると確信していたからな」


「それは俺も同感。だけど『私にはどうすることも出来ん。姫様が乗り越えるべき壁だ』とか講釈こうしゃく垂れてたわりに、ホントーに姫様に甘々なんだから」


「ふふっ。それはお前も一緒だろ」


 俺とエニシダさんはコツンと軽くお互いの拳を当てた。

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