第三章 その⑧ プリムラ姫の危機
司会は手持ちのドラらしき打楽器を叩くとゴーンと音が鳴り渡り、試合の火蓋が切って落とされた。
始まりは静かに、二人ただゆっくりと円を描くように互いの剣の間合いを伺っていた。
ゲルセミウム王子もその小太りな体系に似合わず、剣を持つ姿は形になっていた。
アイツ、ダンスの時と違って驚くほどゆっくり慎重に姫の出方を伺っている。
「ゲルセミウム王子、冷静ですね。場慣れしている」
「城塞国家ライナスは、その名の通り山岳地帯にある城塞都市国家だ。ライナスはエスパスフルーリ東側の守りの要。敵国や魔物の襲撃も多いため兵士の練度も高い。ゲルセミウム王子もきっと武芸に
軽く会釈でもするかのように剣先を二・三度触れ合ったが、それ以上どちらも追撃には至らなかった。
「姫様も慎重ですね」
「あぁ。剣に関して姫様が相手の力量を見誤ることは決してない。その姫様が積極的に攻めないということは、ゲルセミウム王子もそれなりの使い手であるという証拠だ」
観客で埋め尽くされている円形闘技場も今は二人の剣撃の音だけが鳴り響く。
「くっ、あの外道王子ィ!」
突然、エニシダさんが急に拳を強く握った。
どうやら二人は戦いの中で会話を交わしていたらしい。俺にはわからないが。
そして、その会話の中でゲルセミウムがプリムラ姫に下品なことを言ったらしい。
その後、ゲルセミウムの流れが変わり、アップテンポな動きで剣を乱れ打ちしだした。
プリムラ姫は、ヤツの剣を難なく捌き、弾き、避ける。
その動きは軽快でキレがあり無駄がなかった。
対抗するゲルセミウムはさらにテンポを上げた。
目にも止まらぬ速さで剣を繰り出すが、プリムラ姫もスピードを上げて対応した。
プリムラ姫はゲルセミウム王子の猛攻が止んだ後、ゆったりとしたペースで剣を振るい出した。
二人の間に流れている時間だけが遅いかのような錯覚を受けるほど、両者の戦いは演舞へと変化していった。
ゲルセミウムの調子が狂いだしたのは、数分後。
なぜか奴はプリムラ姫の攻撃を捌ききれなくなった。
プリムラ姫の剣速は決して速くは無く、俺でも捌けるぐらいの速度なのに。
「くっ! なぜだぁ⁉ なぜこんなトロイ動きについていけない⁉」
突如、ゲルセミウムが咆哮を上げた。
奴もどうしてこのようになるのか混乱していた。
「エニシダさん、何故ですか?」
俺は、エニシダ知恵袋に頼った。
「姫様の動きはゆっくりだが、剣筋は人間が反応できるギリギリの場所を攻めていらっしゃる。人間の関節の稼働限界。死角と可視範囲との境界。剣の切っ先による無数のフェイクを用いた揺さぶり。これらすべてを計算した極めて高度な打ち込みを、緩急をつけて、しかも連続で続けていらっしゃる。すると相手の体力は気づかないうちに徐々に奪われていくわけだ」
エニシダさんはドヤ顔で講釈した。
プリムラ姫って、剣のことになるとやっぱり容赦が無い。
優雅なように見えてえげつない戦い方をする。
「さすがプリムラ姫」
「剣は姫様の全てだからな!」
エッヘン。と胸を張るエニシダさんだった。
――だが、試合の流れは急激に暗雲が立ち込めてきた。
プリムラ姫の剣は、何度もゲルセミウムの体を捉えていた。
今回は二人が怪我をすることが無いようにと、剣は刃が入っていない刀身で、切っ先も丸みを帯びている完全な練習用の剣を使い安全に配慮している。
そのため相手を刺し殺してしまう心配は無い。
しかも二人とも服の中にプレートを着込んでいるため、ますます致命傷から遠のくが、それでも痛みは相当のものである。
俺も過去に体験済みだから、よくわかる。
しかし、何度剣を当ててもゲルセミウムはケロッとした顔だった。
何事もなかったかのようにプリムラ姫に反撃を繰り出す。
プリムラ姫は、かれこれ十分以上、奴の胴体に剣撃を打ち込んだ。
それでも、ゲルセミウムは痛がる素振りを見せない。
姫にも疲労の色が見えてきた。悔しそうに唇を噛むプリムラ姫。
自分の剣が通じないことは彼女にとって耐えがたい屈辱であることは想像に難くない。
だが、いくらゲルセミウムが男だからと言って、そこまで体が頑丈な訳がない。
痛覚が無い特殊体質の人間か? いやそれも違う。
社交パーティでアイツと肩がぶつかった時、アイツは「痛い」と確かに言っていた。
どういうカラクリだ? あいつ人間じゃないのか?
「おかしい……」
エニシダさんも奴のタフさに疑問を感じているが、その理由がわからない。
城塞国家の人間は生まれつきタフネスなのかとも考えるようになってきた。
いや、そんなことは無い。絶対に何か仕込んでいる。
あそこまで攻撃されたら、例えプレートを着込んでいても絶対に痛いはずだ。
「姫様の猛攻でプレートももうボロボロのはずだろ。なんでだ」
「そうか! それだアヤト!」
エニシダさんは何かに気付いたようだった。
「プレートだ! ゲルセミウム王子のタフさの秘密は!」
どういうことだ? 俺はエニシダ知恵袋にまた質問を投げかけた。
「お前がいつも着ているスカラベプレートは甲虫の外骨格を加工して、精霊の加護で耐久性をアップさせていることは承知しているな?」
「ええっ。ゲオルグから聞いたことがあります」
「城塞国家ライナスは戦争の多い国だ。当然ながら武器防具の開発技術も他と比べて進んでいる。ライナスは独自の開発技術を使い、プレートに甲虫の素材では無く、何か別の素材を用いたのだ! そうでなくては説明がつかん!」
エニシダさんは興奮して熱弁した。
「即刻、試合の中止を進言せねば!」
エニシダさんの仮説が正しいなら、試合前アイツが自信ありげだった表情に合点がいく。
アイツは剣の方の細工は主催者側で用意されるから諦めたが、防具までは確認されないと考えて自分が優位になるように仕込んだのだ。
エニシダさんは走って貴賓席に向かった。俺もエニシダさんの後を追った。
――*――
「試合は止められないわ」
スカーレッタ王女は無慈悲にも言い渡した。
しかし、エニシダさんも食い下がった。
「恐れ入りますが、このままでは我が姫は正々堂々たる試合により果てるのではなく、策謀によって無残に散ることは必至。これが王族の戦い方だと露見したのであれば、この試合そのものにしこりを残し、後々の
「あなたの話はあくまで仮説であり、それが真実かはわからないわ。ワタクシが試合を中断し調査した結果、誤解だったのであればどうする気? ワタクシとファセリア王子の顔を潰して、責任を取れるおつもりかしら?」
「プリムラ姫様のためなら、この命、いつでも差し出す覚悟です!」
エニシダさんは本気だった。
「まぁまぁ、スカーレッタ姫も侍女殿も落ち着いて。それならば僕の一存で試合を中断して確認してみよう。もし誤解であれば僕の方からゲルセミウム王子に謝罪をするから」
「いけませんわ!」
スカーレッタ王女は語気を強めて、その申し出を却下した。
「ファセリア王子はいずれワタクシと結婚し、サークルローズとブルースターズーー引いてはエスパスフルーリを率いていく御方。そんな方が、たかだか王位継承権130位ぐらいの辺境国家の王子と200位程度の田舎国家の王女のために頭を下げるなど、ワタクシが許しませんわ」
「スカーレッタ姫、そのような……」
「それにこの試合どちらが勝ったところで、ワタクシ達にとっては何の不都合もございません。よって試合中断の提案は受け入れられません」
「なっ⁉ あんたたち!」
スカーレッタ姫のまるで興味の無さそうな態度に俺は腹が立ち、盾突こうとしたが――
「下がれ。下民」
彼女の冷たい一言は俺を強烈に縛り付けた。
まるで地面に吸い寄せられるようなプレッシャーが体全体に圧し掛かっていた。
プリムラ姫のそれとは違う底知れぬ威圧感。
俺は何とか平静を保っていたが、実際は逃げ出したくなるほどの恐怖だった。
そんな俺達にファセリア王子は近づき、耳元で語りかけた。
「すまない。僕はこれ以上力になれそうにない。だがまだチャンスはある。プリムラ姫にプレートの秘密のことを伝えるんだ。彼女の腕前なら、その情報があればきっとこの状況を打破出来るはずだ」
ファセリア王子の助言に
プリムラ姫はまだ戦い続けていた。だが、疲弊は相当のものだった。
すでに肩で息をしており、衣服もボロボロになり、身体の何箇所かに傷も負っていた。
「ああぁっ! 姫さまっ!」
エニシダさんはボロボロの姫様にショックを受け、その場で膝から崩れ落ちた。
俺も最悪の事態を想定した。
プリムラ姫があの醜い王子の毒牙にかかり、あられもない姿になり、身も心も屈服させられる姿を……。
そんなこと――絶対にさせない!
「もうダメだ。おいたわしや姫さまぁ……」
「エニシダさん! 今、あの人を救うことが出来るのは俺達だけなんですよ!」
俺はエニシダさんに檄を飛ばした。
「立てエニシダ。まだ呆けている場合じゃない!」
「あっ……。そっ、そうだな」
エニシダさんは、俺の
俺は必死に考えた。
ゲルセミウム王子の耐久性のカラクリをプリムラ姫にどうにかして伝えなければいけない。
だけど観客の歓声が大きくて声は届きそうにない。
どうすればいい? どうすれば……。
そうだ!
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