第三章 その③ 王族達の交流
【注意】
ここからは、エニシダさんが読唇術を使い迫真の演技で、プリムラ姫のやり取りを俺にナレーションしてくれています。
こら、そこっ!
「読唇術は万能じゃない」と興が冷めることを言うんじゃありません!
すべてはフィーリング。フィーリングが肝心なのです。
それでは、エニシダ劇場の始まり
――*――
「おー、アンタがプリムスんとこのプリムラ姫さんかぁ。えらいべっぴんやなぁ」
「これは、リリウムのフリージア姫。ご機嫌麗しゅう」
「しかしあんたのとこも災難やったなぁ。魔物の襲来なんてなぁ」
「お心遣い感謝いたします。民たちに不安を与えぬよう、わたくしも戦力や経済の立て直しに奔走しております」
「そうかそうか。気ばりや。ところであんたのとこの従者――えぇっとアヤトやったけかな?」
「えぇ、アヤトさんと何かありましたか?」
「ウチ、アイツに借りがあんねん。アイツ、うちの大事なところギューッと掴んで、いやらしく撫でまわしよったんや」
「まぁ……。そうですの……」
「うっ! 姫さんそんな怒らんといて―な。ウチ、本能が反応して毛が逆立ってまう」
「あらっ、わたくし別に怒ってはおりませんよ?」
「よー言うわ。そんな殺気立たせておいてからに。まぁええわ。ところでアヤトからこういうものを拝借してたんやけど――」
――*――
「ちょ、俺のスケッチブック!」
あの姫、やっぱり俺のスケッチブックを持ってた。
勝手に人に見せるの止めて!
スケッチブックの中身は画家にとっては心の中やケツの穴と同じなの!
それを人に見せるのは死ぬほど恥ずかしい行為なの!
取り留めのない落書きやら変なメモやら残してるから本当にお願い!
「おいアヤト。続けていいか?」
「エニシダさんも俺の恥ずかしいところを見ないで!」
「何を言ってるんだ。続けるぞ」
エニシダさんは彼らの会話を続けた。
――*――
「おうおう。ぎょうさん描いとるなぁ。おっ、これなんかええなぁ。街を一望した絵やな。なかなか構図もええし、パースも上手に取れとる」
「絵にお詳しいですのね」
「そりゃそうや。リリウムっちゅうのは寒いところやから、夏場はともかく冬場は外で遊ぶなんか自殺行為や。だから屋内で楽しむことが出来る娯楽が流行るんや。芸術もその一つやから、リリウムは芸術にも力を入れとる。ウチも審美眼ぐらいは備えているつもりや」
「まぁっ。そうですの」
「うん? これはビビっと来たで。巨大な箱が乱立してて、その対比で立ちすくむ人の絵や。まるでドラゴンに戦いを挑む勇者のような構図やな。絶望感や虚無感の中に無謀な挑戦への賛辞を感じるで。こういうケレン味のある絵はウチ好みや」
「この絵には、そのような思いが込められているのですか?」
「そやな。絵っちゅうもんはそりゃある程度の技術はいるけどな。そこから先の個性をどう伝えるかが画家の腕の見せ所ちゅうか永遠の課題や。この絵は作者がまるで実際に見てきたようなほどリアルな出来で個性的やな」
「確かにアヤトさんの感性には素晴らしいものがあるのはわかります」
「さてさて、ぺらぺら―ッと。おっ、こっからは人物画やな。ふんふん……コイツ、ずっと同じ人ばっか描いとるで。これ姫さんか?」
「確かにわたくしに似ているように思えますわ」
「いやいや
「この絵、似たようなものをいただいたことがあります。だけど、もっと輪郭や全体的に線が多かった気がしますが」
「あぁ、たぶん下書きやな。それを元に再度書き直したんやろ。なんか描きたいって思いが暴走していることが丸わかりの絵や。こっちまでこっ恥ずかしくなるわ」
「アヤトさん……」
――*――
うおおおぉっ! 誰か俺を殺してくれえええぇ!
フリージア姫もいちいち解説するなよおぉ!
絵の解釈なんて人それぞれなんだからやめてくれえぇ!
しかも、なんでことごとく絵のテーマを当ててくるんだよぉ!
そういうのは秘めたいの! 滲み出るように伝えるのが美徳なの!
何かのインタビューで「実はこの絵には自分なりのテーマがありまして――」
みたいなことを俺はやりたいのっ!
「アヤトッ。床で転げ回るな!」
「そんなこと言ったってぇ!」
「ほんと画家とはよくわからん人種だ。褒められているから良いではないか」
「そりゃそうですけどぉ。あれはあくまで練習用なので人に見せる用ではないというか」
しかし、フリージア姫は俺が嫌がることをピンポイントで攻めてくるが何故だ?
「エニシダさん、エニシダさん」
「なんだ。続きか?」
「いえ、フリージア姫のような獣人族って視力が良かったりしますか?」
「種族にもよるがな。だけどフリージア姫様は賢狼族だろ。だとすると視力は私以上に良いな。きっと聴覚も鋭いんじゃないか?」
チラッと俺の方を見て、ククッと笑うフリージア姫の姿を確認した。
あの姫、絶対わざとやってたなあ!
「あんの性悪ウルフぅ!」
「バカッ、いきなり叫ぶな!」
「あぁ……もう帰りたい」
「私も出来ればそうしてほしい……。あっ!」
「なんですか?」
「男性が一人、姫様に近づいてきた! あれは……ファセリア王子か⁉」
エニシダさんが驚いた様子で話すので、俺もつられてプリムラ姫に目を向けた。
彼女の言ったとおり、目鼻立ちの整ったイケメン(にっくき男の敵)がプリムラ姫様に近づいていた。
「ファセリア王子って、あの人?」
「そうだ。首都と双璧をなす中央国家ブルースターズの若き王子ファセリア様だ。あのお方は現在、王位継承権20位以内に入る将来有望な御仁。品行方正で文武両道かつ眉目秀麗なお方だ」
確かに他の王族達とは違い、とても落ち着き払っている。
自分に絶対の自信がある者の雰囲気だ。
「エニシダさん。読唇術の続きをお願いします」
「わかった。任せておけ!」
エニシダさん、楽しんできたんじゃないか?
――*――
「やぁ、久しぶりだね」
「これはこれはファセリア王子やないか。ご機嫌麗しゅう」
「うん。フリージア姫も毛並みが綺麗だね。ところでそちらの方はプリムラ姫とお見受けするのですが?」
「はっ、はい。わたくし農業国家プリムスの第一王女プリムラ=エルデローゼと申します。ファセリア王子におかれましては……」
「はははっ。そんなに畏まらなくてもいいよ。それにしても綺麗な出で立ちだね」
「あっ、ありがとう存じます。本日のために侍女があれこれと思案して仕立ててくださったドレスですの。わたくしもとても気に入っております」
「確かにドレスも素敵だけど、僕は君のことを言ってるんだよ。ドレスが霞(かす)んでしまうくらいお美しい方だと」
「えっ⁉ えぇっ」
「おうおう。ウチの目の前で別の女を口説くなんて、さすがファセリア王子やな。そりゃあ、後ろのお嬢さん方もメロメロになって付いてきてしまうわけや」
「僕は別に口説いたわけじゃないよ。ただ楽しくおしゃべりをして、それで慕ってきてくれるだけで」
「そんなご謙遜を。王族一の伊達男と呼ばれているファセリア王子にかかれば、大体の女は堕ちるからなぁ。ウチも用心しとかんと」
「ははっ。フリージア姫の言葉を聞くと、僕はまるで稀代の遊び人のようだね。ところでプリムラ姫」
「はっ、はい!」
「プリムスの魔物襲撃の報告はこちらにも届いている。本当に災難だったね。たしか被害のあった土地は大規模な農場だったはずだ。農業を主要産業としているプリムスにとってこれはかなりの痛手のはずだ。王族だけでなく国の皆もさぞ不安がっていることだろう」
「ええっ。わたくしたちも復興や金策にあれこれと動いてはいるのですが、思うように進まない状況ですの」
「そこで僕からの提案なんだが、僕にプリムス復興の支援をさせてもらえないだろうか? 我が国ブルースターズから必要な資金や人材を貸し出して復興をサポートする。どうだい?」
「それは願ってもないご提案ですが、それではブルースターズ側のご負担が……」
「気にすることはないよ。真王様も仰られていたじゃないか。『王族が王族たる責務を果たせ』と。僕はそれを守ろうとしているに過ぎない。それに僕はプリムス製ワインの大ファンだからね。それが飲めなくなるかもしれないとなると僕にとっても一大事だ」
「まぁ。ファセリア様は我が国のワインがお好きですの?」
「そう、僕はあの甘い香りと芳醇な果実の味わいにもう虜さ! そのうち君の虜にもなりそうだけど」
「えっ⁉」
「はいはいストーップ! 気ぃ付けなあかんよプリムラ姫。こうやって甘い言葉で女の子を酔わせて、自分に夢中にさせるのが、この王子のやり口なんやから」
「おっと、これは残念。ところでフリージア姫が持っているそれは何だい?」
「あぁこれか? これには絵が描かれてるんや。いっぱいあるでぇ」
「ほぅこれは……。絵の技術と言い、独特の世界観と言い、なかなか見込みのある作者だね。そしてここから先はプリムラ姫の絵か。うん。よく観察している。髪質や瞳の大きさや肌の質感、体のラインも見事に表現されているね。これはモデルとなった姫様のプロポーションが良いおかげかな?」
「そんな、えぇっと」
「ファセリア王子、表現がなんかエロいで」
「僕は見たままを伝えただけさ。ちなみにこの絵の作者は男性だろう?」
「なんでわかったん?」
「絵にかける情熱がプリムラ姫の作品と他の作品とで違うと思ったからさ。この男……」
「どないしたん?」
「いや、何でもない。ところでプリムラ姫、先ほどの援助の話ですが、ぜひとも前向きにご検討ください」
「ありがとう存じます。国に戻ったら早々に援助の件をお父様たちにお話ししますわ」
「それでは失礼するよ」
――*――
「はぁ。素敵ですわ、ファセリア王子。優雅で気品があり落ち着きがあって。しかも真っ先に我が国の援助を申し出て下さるなんて」
エニシダさんのうっとりした表情。
「ぐぬぬぬっ……。金持ちのボンボンがぁ……」
対照的に、俺は怒りやら嫉妬が混ざり合い、オペラグラスに齧りついた。
「姫さまも満更では無さそうですし」
「ぐおおおおっ!」
俺は壁に頭を何度も何度もぶつけた。そうでもしないと気が狂いそうだ。
「本当に何なのだお前は! 次暴れたら拳で黙らせるからな!」
エニシダさんの堪忍袋がそろそろ限界なところで、ムーディーな音楽が流れ始めた。
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