第三章 その④ ダンスタイム

「ダンスタイムか」


「ダンスであれば、姫さまも大丈夫なはず……」


「まっ、まぁそうだな」


 俺達は淡い期待をしていたが、それは甘かった。


 姫様をダンスに誘う者はおらず、先ほどのファセリア王子も他の女性王族のダンス待ちの行列処理に忙しそうだった。

 

 音楽が流れ始めて早一時間。

 プリムラ姫は誰にも誘われることなく、となり果てていた。


「あぁ姫様おいたわしや」


「これじゃあ、ダンスの腕を見せようにも無理じゃないか」


 二人で歯がゆい思いを共有していたところ、一人の男性が姫に近づいてきた。


 あれは――ゲルセミウム⁉ 姫をダンスに誘おうとしているのか?


「エニシダさん通訳。ハリーハリー」


「私はお前の通信手ではない!」


 そう言いつつも、コホンコホンと喉をチューニングしているあたり、この人は完全に興が乗ったようだった。




 ――*――


「おい、そこのお前」


「はい」


「お前プリムスの姫だろ。あの魔物が襲ってきた国の」


「そうですが」


「見たところ、お前を誘う奴は居ないようだが当然か。あんな田舎国家、誰も見向きするわけがない」


「失礼ですが、何用でしょうか?」


「ふんっ。光栄に思え、俺が踊ってやる。この城塞国家ライナスの第一王子たるゲルセミウム様がな」


「ありがとう存じます……」


 ――*――





 プリムラ姫はゲルセミウム王子の手を取り、ホールに踊り出た。


 そして演奏が始まると同時にステップを踏みだしたのだが、お互いの息が全く合っていなかった。

 ゲルセミウム王子は相手をリードする気がない自分本位なステップをするものだから、プリムラ姫はとても混乱している様子だった。

 持ち前の運動神経で何とかダンスの体裁を保ってはいるが、プリムラ姫の方もステップもどこか直線的で切れが良すぎだった。

 あれではダンスではなく剣の足捌きであり、優雅さよりも武骨さが勝っている印象だった。

 ダンスはその後も続いたが、ゲルセミウム王子は周囲に気を遣わずホールを動き回る。

 プリムラ姫は王族達と何度もぶつかり、その度に申し訳なさそうに頭を下げていた。


「とても見てられないよ……」


「姫様ぁ……」


 俺とエニシダさんは見るに堪えられず、ダンスホールから視線を背けた。


 その時、事件は起きた。


「ヘタクソっ‼」


 ホール中に響き渡るゲルセミウム王子の怒号。

 遠く離れている俺達にも声が届いたので、俺とエニシダさんは慌ててホールに向かった。

 するとホールに倒れているプリムラ姫とそれを見下ろしているゲルセミウム王子の姿が目に入った。


「俺のステップに合わせることも出来ないのか⁉ これだから田舎者は!」


「申し訳……ございません」


 何がどうしてこうなった?


「アヤト、アヤトっ」


 小声で手招きをしながら呼び寄せたのはフリージア姫だった。


「どうしたんですか、この状況」


「なんや見てなかったんか」


「すみません。姫様が不憫でいたたまれなくて……」


「あんな。あのゲルセミウムっちゅういけすかん王子がダンスの途中で無茶なステップを取り入れよったんや。姫さんも何とか対応したんやけど、姫さんの足の置き場がちょうど他の人の所と被ってしもうて、咄嗟に避けようとしたんやけど体勢を崩してこけてもうたんや」


「それでゲルセミウム王子が怒り出したという訳ですか」


 どう見てもゲルセミウム王子が悪い。

 だがプリムラ姫が先に謝ってしまったため、周囲はプリムラ姫が何か粗相をしたような空気感だった。


「大丈夫ですか姫様。ケガはありませんか?」


「えぇ、ありがとう」


 俺たちはプリムラ姫のもとに駆け付け、彼女をゆっくりと起こした。


「おいっ、お前達! このホールは王族のみが立ち入りを許された神聖な場所だぞ! 平民ごときが汚い足で入ってくるな! それに誰が姫を起こせと言ったのだ。まだダンスの途中だぞ!」


「なんだとっ!」


「アヤト、やめなさい!」


「なんだぁその目は? お前、さっきロビーでボーっと立っていた下男フットマンか? そう言えばお前もプリムスの人間だったよなぁ? 姫も姫なら従者も従者だな。どっちもイモくさくて鈍くさいんだよ。はっはっはっ!」


「ぐうううぅぅっ!」


「アヤトっ!」


 エニシダさんが俺の腕を必死で抑えているが、俺は爆発寸前だった。


「離せエニシダさん! 俺はアイツを! アイツを!」


「お止めなさい!」


 プリムラ姫の凛とした声がホールを支配した。


「ゲルセミウム王子、この度はわたくしが未熟なゆえに王子に不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした」


「そうだ。せっかくダンスに誘ってやったのにとんだ恥晒しだ」


「しかし王子、ダンスとは本来お互いの息を合わせて踊るものです。ゲルセミウム王子のそれは、パートナーや周囲への気遣いもなく、ただ自分勝手にステップを踏む大変見苦しいものでした。そのようなダンスに意味はありません」


「何だと⁉」


「しかも、わたくしの身を案じて駆けつけた者に対しての侮辱。これは王族と言えど、到底見過ごせるものではありません。彼らに対して謝罪を要求します」


「この俺が平民に対して謝罪だと? ふざけるな!」


 ホール中の人々が注目していた。二人の間には緊張が走り一触即発の雰囲気であった。


「いいえ、謝っていただきます!」


「この俺に盾突くのか? そこまで言うのであれば覚悟は出来ているんだろうな。よし、決闘だ!」


 “決闘”その二言で会場に緊張が走り、周囲がざわついた。プリムラ姫は決闘の言葉を聞いて沈黙した。


「どうした、受けないのか? プリムスの王族は臆病者なのか?」


「姫様、いけません!」


 エニシダさんが慌てた様子で姫様を止めようとした。


「わかりました。受けて立ちま――」


 しかし、エニシダさんの制止も聞かず、プリムラ姫は決闘の申し出を受けようとしたその時――


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。決闘なんて物騒な真似はやめて、話し合いで解決しようじゃないか」


 話に割って入ったのはファセリア王子だった。


「ファセリア王子。なぜ貴公がしゃしゃり出てくる⁉ これは二人の問題だ!」


「ゲルセミウム王子も怒りを鎮めて。そんなにカリカリしていたら妹君に嫌われるよ?」


 ファセリア王子はゲルセミウム王子に語り掛けながら、後方に居るマツリカ王女に目配せをした。


「今回の件は、マツリカとは関係ない!」


「キミはもう少し利口だと思っていたんだけどな……。そもそも真王陛下が有らせられる神聖な場所で王族同士による決闘なんてトラブルを起こしてみろ。それこそキミは破滅だぞ……。第二王子であるボルネオぎみに地位も国も王位継承権も奪われてもいいのかい?」


「ぐっ……」


 ファセリア王子は冷静に助言した。

 俺たち以外には聞こえないように小さな声で。


「だがなっ。俺にもプライドがある。このままおめおめと引き下がれるか!」


「それじゃあこうしよう。今回の件は表向きには交流試合という形式で、裏ではお互いの名誉と誇りをかけあう。これでどうだい?」


「チッ! 気に入らないが仕方ない」


「プリムラ姫もそれでいいね?」


「ええ。よろしいですわ」


「よし。では僕が介添人になろう」


「何で貴公が仲立ちなんだ⁉ ファセリア王子!」


「介添人を君に任せると、君は自分の息のかかった人間を選ぶだろう? だからと言って、プリムラ王女に介添人を選んでもらうにしても、プリムスと比べて王位継承権も国としての格も高い、ライナス側に便宜を図る人間を選んでしまうかもしれない。これもアンフェアだ。とすれば、どちらが勝ってもさしたる影響がない国の人間が判定を務めるのが公正だろう。だから僕が立ち会うと言ったんだ」


「何事か?」


 騒ぎを聞きつけたのか、パーティーの終盤だったからなのか、真王が会場に戻ってきた。


 今度は王族・使用人全員が膝をつき、頭を垂れて真王を迎えた。


「はっ。恐れながら申し上げます。城塞国家ライナスのゲルセミウム王子と農業国家プリムスのプリムラ王女が、互いの剣の腕と技術を競い合いたいと申し出がありました。そこで中央国家ブルースターズのファセリアが介添人として両者の間に入り、交流試合という形式で雌雄を決したく存じます」


「おぉ、そうか。男女の境なく互いの剣の腕を磨き合うその向上心たるやよし。余もその試合を見たいのだが生憎多忙でな。そこで、わが娘スカーレッタを使わす。二人とも余の名のもと王族の名に恥じぬ試合を行うがよい。それでは皆の者、今宵の宴はこれにて終宴である。また各々の土地でしかと国を治められよ」


 真王の言葉で波乱に満ちたパーティは終了した。

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