第三章 その① 真都の社交パーティ

 魔物の討伐に向かった兵士達がプリムスに帰って来た。

 凱旋とは聞こえは良いが、その実態は激戦に次ぐ激戦だったらしく、皆の損耗も激しかった。


 片腕を失った者――

 右目に血だらけの包帯を巻いた者――

 歩くことが出来ず馬車の荷台に積まれた者――

 そして……この都市に帰って来られなかった者……。


 俺は遠い空を見上げていた。


 ゲオルグ……良い奴だった……。


「お前、今俺が死んだ前提で空想しているだろう」


 今も幻聴が聞こえるよ……。


「おーい、俺は生きてるぞー」


 お前が俺に教えてくれたこと、絶対忘れない!


「だめだ。悦に入ってる。気持ち悪いな」


「『気持ち悪い』ってそれは無いだろー」


 ゲオルグは生き残っていてくれた。

 しかも大したケガも無く。

 こうやって冗談っぽく話しているけど、本当はうれしかった。


 ゲオルグが帰還した直後、パブで聞いた話だと、大規模農場は壊滅的な被害だったらしい。

 魔物の群れの狙いは、おおかた食糧を狙ってのことだろう。と討伐隊は見解を出した。

 ゲオルグは

「作物は荒らされて農地はムチャクチャで立て直すのには相当な時間がかかりそうだ」と話した。

 俺達の生活にも影響が出るだろうな……」と酒を飲みながら呟いていたことが印象に残っている。


 当然、王室も戦力や経済の立て直しで大変だ。

 この数日、プリムラ姫の姿どころか気配すらも感じられなかった。


「にしてもいい天気だな。ゲオルグさんや」


「そうだな。こうやって日がな一日、門番をやれていることがありがたいことなんだと今はしみじみと感じる」


 ゲオルグの言葉には実感がこもっていた。

 たった一度の戦争で、人はこうも達観するのか。

 そして、その戦争はこの世界では頻繁に起こっている。


「そう言えば聞いたかアヤト。今度、真都で若い王族を集めて社交パーティを開くって噂だぜ」


「へぇ、そうなんだ。ってことは姫さまも」


「当然参加するだろうな」


「ふーん……」


「お前も護衛に駆り出されるかもよ」


「んなバカな」


 ――*――


 噂をすれば影が差す。

 恨むぞ、ゲオルグ。


「でっ、なんで俺が護衛役なんですか? エニシダさん」


「お前、姫様の前で! 迎賓の護衛任務は誰しも出来るものでは無いんだぞ。そんな光栄な任務なのにお前ときたら!」

 

 俺は社交パーティに向かう馬車の中でプリムラ姫とエニシダさんと同席していた。

 会場の真都サークルローズまでの護衛任務になぜか俺が抜擢されたからだ。


 普通、近衛兵長やもっと熟練の騎士にこういう役が回ってくるのだが……。

 しかし、今回の主催は真王が鎮座するサークルローズ側。

 当然だが出迎えの使者も護衛もやってくる万全の体制。

 そのため大げさに護衛を付けると主催側への失礼に当たる。

 

 そこで“俺”というわけだった。

 確かに俺は弱そうだし、魔物の討伐で兵士が不足していることと

 プリムラ姫とエニシダさん両名に顔と名前が知られているということが選定の理由だったらしい。


 だから今回、俺は護衛と言うより従者(ヴァレット)の役割に近い。


 しかし、エニシダさんは相変わらず厳しい。

 プリムラ姫の様子はと言うと――


「……」


 だんまりを決めこんで、ずっと窓に映る景色を眺めていらっしゃる。


 前回、最後の最後で姫様を怒らせてしまったのが尾を引いているのかな?

 俺に目を合わそうともしないので、少し気まずい。


「おい……」


 俺にヒソヒソ声で話しかけるエニシダさん。


「なんですか?」


「お前、姫様と街で何かあったのか?」


「エニシダさん、なんでそのことを……」


「それはお前アレだ。姫様の後を付けて……って、お間には関係ないことだ。ところでどうなんだ?」


「まぁ、あったと言えばあったのかも?」


「なに? だからか姫様が今も黙っていらっしゃるのは。どうしてくれるのだ、この雰囲気の悪さを」


「いやいやいや。じゃあなんで俺を抜擢したんですか?」


「それは……姫様がお前を……」


「何をしてらっしゃるの?」


 プリムラ姫が突然話に入ってきた。


「いえ、何も」


「わたくしとアヤトさんに何かあったとお思いですか、エニシダ?」


「そっ、そのような」


「ふふふっ、変なことを言うのね。わたくしは王族でアヤトさんは平民。そもそも関わる機会が極端に少ない私たちに、何か起きること自体あり得ないのよ」


 その発言は、エニシダさんを通して俺に言っていた。


「そっ、そうですよエニシダさん。俺と姫様が何かあるわけがないですよ」


「それにアヤトさんには、とても仲の良い女性がいらっしゃるみたいですし」


「なぜ、アヤトの交友関係が姫様と関係するのでしょうか……」


「なにか⁉」


 エニシダさんの余計な一言で、車内がさらに凍り付いた。


 ――*――


「それではエニシダ、準備をよろしくね」


「はっ、承知致しました」


 馬車に揺られて、ケツが限界。

 やっと社交パーティの会場である立派な屋敷に着いた。

 と思ったら姫様とエニシダさんは、そそくさとあてがわれた部屋へと入って行ってしまった。


 さて、着いたは良いがやることは無い。

 ドレスへの着替えなぞ俺が手伝えるわけでもない。

 そのためしばらく屋敷を散策していた。

 

 ほぉ、やっぱり真都だけあって庭も建物も彫刻も美しく高価なモノ使ってんなぁ。

 と感心していたが、他の王族も続々会場に到着してきた。

 そこで俺は出来る限り人込みを避けた場所に向かうことした。

 外をぶらつくこと十分。俺は一面バラが咲き乱れる場所を見つけた。

 いつもの通り鉛筆とスケッチブックを用意し、その景色を紙に残していた。


「おー、あんた器用に絵ぇ描くなぁ。上手いもんやぁ」


 突然、関西弁なまりの言葉で話しかけられた。

 しかし俺は絵に集中していたため、気配に気付けなかった。


「おぉ、そんなビックリなさんな。こっちまで驚いてまうで。あんた集中しとったから声かけるのはどうかなー? とウチも思たんやけどな。やっぱり血が騒ぐというか、芸術好きを名乗っている身としては、声を掛けずにはおられんかったというか」


 声の方に顔を向けると、銀色の髪にプリムラ姫より白い肌と薄い水色の瞳。

 そして何より特徴的なのは、狐か狼のようなモフモフの耳と尻尾を生やしていた。

 ケモミミっ子の獣人族の女性が俺の絵をのぞき込んでいた。


「あっ、あんた誰だ?」


「『あんた誰だ』とはご挨拶やな。ウチは、寒冷都市リリウムのフリージアっちゅうもんなんやけど」


 寒冷都市リリウム⁉

 まずい……俺の出身地だと嘘をついた場所じゃないか。


「あんさん何か顔色悪いけど、どないしたん?」


「いや、そんなこと無いですよ。しかし、フリージア……フリージアって」


「あっ、こんな所に居たのか、アヤト」


 なんてこった。エニシダさん、最悪のタイミングで登場。


「そこに居られますのは、フリージア様ではございませんか」


「おっ、これはまたぺっぴんさんが来たなぁ。あんたは?」


「はっ。申し遅れました。わたくし、農業都市プリムスが王女プリムラ姫の侍女を仰せつかっておりますエニシダと申します」


「おぅおぅ、あそこな。この度は災難やったなぁ。話は聞いとるでぇ。まぁ頑張りや」


「ありがたきお言葉。ところでフリージア様はいったい何を?」


「うん? あんな、ここに居る兄さんの絵が上手やったもんで、ついつい見入ってしもうてな。あんたこの兄さんと知り合い?」


「はい。恥ずかしながらプリムラ姫様の従者でアヤトと申すものです。そうでした。アヤトは以前リリウムに住んでいて、絵の修行のためにプリムスに来たんですよ」


 あーその話題を振らないでエニシダさん。俺、絶対ボロが出るから。


「おーそうなんかー。あんたリリウム出身かー」


「そっ、そうなんです……」


「アヤト、あなたも早くご挨拶なさい」


「はい……。アヤト=クガイソウです。どうぞお見知りおきを。フリージア姫? 様」


 十中八九、この人はリリウムの王女様だ。

 関西弁のようななまりとフランクな雰囲気に騙されそうだが、どこか優雅な雰囲気がある。

 平民は髪を洗うこともままならないのに尻尾もきれいに整っており、サラサラで美しかった。


「でもおかしいなー。この子ウチの顔見ても『誰や』って言いよったで?」


「本当ですか? アヤト、あなたやっぱり……」


「いえ、違うんです。俺みたいな平民が姫様に会うなんてまず無いんですよ。だからフリージア姫様の顔を見ても、ピンと来なくて」


「ええー? うちこんなにもキュートな顔してて、モフモフでかわいい尻尾も持っとるのに、覚えとらんの?」


 フリージア姫の尻尾が俺の顔に圧し掛かる。


「ほれほれー。どうなんやー? 思い出せへんのか? はけー吐くんやー」


「うっぷ。やめてください……」


「フリージア姫様、殿方に臀部を擦り付けるのは……」


「えーお尻とちゃうよ。立派なモフモフ様や。ほーれモフモフ」


「溺れる。尻尾の海に溺れる」


 とっさに俺は尻尾を強く握りしめてしまった。


「うきゅっ!」


 フリージア姫は裏声を上げた。


「あっ……あんさん。そんな強く尻尾を掴みなさんな。びっくりしてもうた」


「すみません。つい」


 俺はそう言いつつも、今度は尻尾の付根から先端まで撫でるように手をスライドさせた。


「はにゃあっ!」


 またもやフリージア姫は声を裏返し、耳と毛を逆立てた。


「あんた、そのゾワゾワする触り方やめてぇや。くすぐっとうて、くすぐっとうて……」


「えっ、どういう触り方ですか?」


 今度は両手で包み込むようにゆっくりと撫で上げた。


「あやぁぁーん!」


「やめなさい! おバカ!」


 エニシダさんから拳骨を喰らった。


「大変申し訳ありません。このバカが大変な粗相を」


「うっ……うん。ええで許したる。そこの兄さんやるやんか……顔と名前覚えたでな。この借りは絶対返したるからな。倍返しや!」


 そう言って、フリージア姫は逃げるように去っていった。


「モフモフ……良かった」


 なんかインスピレーションが湧いてきた。

 同時にまたエニシダさんから拳骨のプレゼントが飛んできた。


「何を考えているのですか! フリージア姫様がお許しにならなければ国際問題にも発展したのですよ! アナタはプリムスとプリムラ姫に泥を塗るつもりですか!」


「でも、あっちから誘ってきて……」


「そこをぐっと耐えるのです。アナタは平民なんですよ。身分を考えて行動しなさい」


「すみません……」


 あれ? そう言えばいつの間にかスケッチブックが無くなってる。

 さてはあの姫……。

 くそ、紙ってこっちの世界では高級品なんだぞ。早速復讐されてしまった。


「ところでエニシダさんは、何の用があって俺を呼んだのですか?」


「姫様のドレスアップが済みましたので、あなたを連れてくるようにと姫様から仰せつかったのです」


「はて? なんで俺を?」


「私が知るもんですか。さぁ早く来なさい」

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