第二章 その③ 花畑の二人

 城を抜け出して街道を歩くこと二十分。

 俺たちは歩きながら、道端に生えている草花の話や兵士たちの話、プリムラ姫の従者ヴァレットたちの話などを語り合った。


「ふふふっ」


その中で突然、プリムラ姫が静かに笑い出した。


「どうされましたか?」


「城を抜け出すなんて初めて。わたくし少し楽しくなってきましてつい。お気に触れたのであれば、ごめんあそばせ」


「姫様がご機嫌でよろしゅうございます」


「まぁ、アヤトさんたら」


 話しているうちに、俺達はプリムスの商業区画に着いた。


「そうだ姫様、少しお待ちを」

 プリムラ姫を人目のつかない路地裏に隠れさせ、俺は急いで服屋からフード付きのマントと目隠し帽を買い揃えた。


「安物ですみませんが、こちらを身に着けてください」


「えぇ、わかりましたわ」


 プリムラ姫がマントと帽子を身に着けた姿は、姿勢とスタイルが良くて、どことなく気品が漂ってしまい、流れの旅人と言うには無理があるが、それでも訳ありの来訪者と言えばギリギリバレないだろう。


「では、姫様行きましょうか?」


「はい。お願いいたしますわ」

 

 ――*――


「おっ、アヤトじゃないかい。今日はサボリかい?」


「サボりだなんて人聞き悪いなぁ。市場視察だよ、シ・サ・ツッ」


「それで、そっちの人は何さ?」


「この人はちょっと訳ありの旅人で、俺が保護してんの。ところでジニアさん。今日はおすすめの果物とかある?」


「そうだねぇ。この時期はブドレザンが食べごろなんだけど、流通が少なくて市場には出回ってなくてねぇ」


「なんで?」


「それは魔物が襲っていた農場が、ブドレザンの一大産地だからですの……」


 プリムラ姫が俺に助言をした。


「そこの旅人さん。よくわかってるねぇ。その通りなんだよ。ブドレザンは酒やジュース、ジャムなどに使われるプリムスの大事な特産品でねぇ。いくら魔物を追っ払ったからと言って、それの流通が滞るってのは先行きが心配だねぇ」


「大丈夫だって。魔物が居なくなればじきに農場も復活するって」


「そうだと良いけどねぇ。そうだ、ブドレザンは無いけどメムロンはあるよ」


「じゃあ、それちょうだい」


 俺は、ジニアさんが切り分けてくれたメロンのような果実にむしゃぶりついた。プリムス姫は小さな口で上品に食べていた。


「アヤトの食べ方は貧乏くさいねぇ。それに比べてそちらの人は何とも綺麗な食べ方だこと。見ているこっちまで、食べたくなるよ」


 でも旨い。甘くてトロっとしてて。このメムロンは間違いなく当たりだ。


「がっつきたくなる旨さ!」


「確かに美味しいですわ。城内で食べるものよりも」


「うん? 城内?」


「ああっ! 違う違う。冗談じゃない略してジョウナイ! 冗談じゃねー旨さだぜ。てこと!」


「そういうことかい。嬉しいねぇ。旅人のあんたもプリムスに来たんだから、農産物やその加工品をたっくさん食べていきな。うちの姫様も視察に来たら、いっつも褒めてくれるんだから、王族のお墨付きさ!」


「はいっ。ありがとうございます」


 ジニアさんの店を出て、魔物の群れによる農産物の影響はあるものの、市場は意外と人で賑わっていた。


「あれ? 姫様は?」


 通路の人ごみをかき分けて、目を離した隙にプリムラ姫を見失った。


「アヤトさーん。こちらですわー」

 

 と思った束の間、プリムラ姫は何とか俺の後を着いてきていた。


「アヤトさん、わたくし、このフードと目差し帽で前方の視界があまりよろしくないの。出来れば、少しゆっくりとお歩きいただけると助かりますわ」


 姫の話は分かるが、フードを外すと人が寄ってくるしなぁ。


「じゃあこうしましょう!」


 俺は何気なくプリムラ姫の手を取った。


「アッ、アヤトさん。あの。その……」


「うん? どうしました?」


「その、お手を……」


「あぁ、はい。お手っ!」


 俺は犬のしつけのお手だと勘違いして、余っていた手を彼女のもう片方の手の上に乗せた。


「いえ、違いますの。その……許嫁でもない殿方とお手を絡め合うなどということは……。エニシダからも『むやみに殿方と触れ合ってはいけない』と忠告されておりますの」


「あぁっ! そういうこと! 失礼しました!」


 俺はさっと手を引いた。

 エニシダさん……ちょっと箱入りに育てすぎていないか?

 いざ本当に嫁でも出すときにどうするつもりだ?


「でっ、でも、アヤトさんはわたくしの身を案じて手を差し伸べて下さったのですね。それに今のわたくしは旅人。そうであれば親切な方の案内を無碍に断るのも無作法というもの。恐れ入りますが、アヤトさん。わたくしのエスコートをお願いできるかしら?」


「はい。はぐれない様にしっかりと掴んでおきます」


「その……強くは握らなくてもよろしいのですよ?」


 プリムラ姫は恥じらいの表情を浮かべていた。

 柔らかくきめ細かい肌の感触にテンションが上がる。

 だが、今日の俺は接待係だ。それを忘れちゃいかん!


――その後、プリムラ姫と市場や美術館を見回ったのちに、カフェにて一息を付いた。

 姫は紅茶を飲んでいたが、あまりお口に合わないようだった。


「いかがでしたか姫様?」


「皆様、魔物の襲撃にも臆することなく商いに勤しんでいらっしゃる姿を拝見できて、安心いたしました。ただ……」


「全体的に少し暗い雰囲気だった。ですか?」


「よくお判りになりましたね。その通りです。やはり多かれ少なかれ影響は出ている様子です。わたくしも王族として務めを果たさなければなりませんわ」


 プリムラ姫は決意を新たに俺に語った。


 うーん。違うんだよなぁ。


 どこか作り物染みている表情だ。

 彼女の絵をキャンバスに描いたときのような違和感とそっくり。

 俺が見たい顔はこれじゃない。


「姫様、次は俺のとっておきの場所に連れて行きます」


――*――


「まぁ! アヤトさん何ですかここは?」


 そうだろう! 姫様が驚くのも無理もない!

 

 ここは商業区画から少し歩いた場所にある古い建物跡で、建物の名残は石柱ぐらいしか残っていないが、辺り一面、白い花が群生していた。

 

 プリムス全体を見渡せる場所が無いかと探していた時に、たまたま見つけたとっておきの場所だ。


「この花、俺の居た土地では、この花の名を『サクラソウ』またの名を『プリムラ』と呼んでいます」


 たぶん品種は違うけど。


「プリムラ……」


「そう。姫様のお名前と同じです。花そのものも姫様とよく似ています」


「わたくしと?」


「ほら、白と黄色のバランスがいいでしょ? 美しさと強さを兼ね備えている姫様みたいです」


 プリムラ姫が僕の説明をじっと聞き入っている。


「それと一つひとつの花は小さいですが、それでも慎ましやかに咲いている姿が、姫と重なるんです」


 彼女は俺の顔をじっと見つめていた。


「素敵ですよね」


 俺は、恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまった。


「ええ。とっても素敵だわ。あなたのその感性」



 プリムラ姫は童心に帰ったようにしばらく花と戯れていた。

 俺も途中まで付き合っていたが、体力の差に負けてリタイアした。


「ほらーっ。アヤトさーん。赤色のプリムラもございましたよー!」


 はははっ。元気だなー。 俺は手を軽く振り、彼女の呼びかけに答えた。


「ほら、こちらですわー」


 やっぱりいいなぁ。

 

 俺はプリムラ姫の天真爛漫な姿と屈託のない笑顔を目に焼き付けた。

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