第二章 その② 姫とエスケープ
城内が慌ただしい。
プリムス軍は部隊の編成に奔走していた。
「プリムス郊外の大規模農場に魔物が大挙してきた」
という早馬が城に駆け込んできたのが、2日前。
ゲオルグも討伐軍に組み込まれ、備品の調達や指揮官への伝令等で右へ左へと忙しくしていた。
俺は討伐軍の編成から外れ、城の護衛として残ることとなった。
皆には悪いが、少しホッとしているのが半分。
残りの半分はゲオルグや部隊の奴らに何もなければよいが、という不安であった。
そして――
「いざっ! 出陣っ!」
ラッパの音が盛大に鳴り響き、城門が開放される。
大勢の兵士が足並みをそろえて行進を始めた。
沿道には多くの人々が詰めかけ、兵士たちの出征を見送った。
夫の出征を不安そうに見つめる妻や子供たちの姿。
「お国のために頑張れ!」と激を飛ばす老人。
国旗を振り、まるでパレードを見に来たかのように盛大にはしゃぐ若者。
兵士たちは皆、それぞれの思いを胸に、ただ無言で歩き去っていく。
みんな、生きて帰って来いよ。
俺はただ城門で見送ることしか出来なかった。
――*――
討伐軍が遠征に出発してから二週間後――
一騎の早馬が城内へとなだれ込んだ。
「プリムス軍!
魔物の群れに奮戦し見事これを撃退!
凱旋を皆で祝えるよう歓待の準備をされたし!」
この一報に城内が沸きたった。
俺も嬉しくなり、小さくガッツボーズをした。
プリムス軍勝利の報告に肩をなでおろした。
と同時に昼の交代の時間となったため、俺は門番を交代し城内の巡視任務に就いた。
今、城内は多くの兵士が出征中のため、こうやって交代で城内の見回りも行っている。
プリムス城は広大な農地を外円として、その中に目立つように建てられた巨大な城であった。
土地だけはあるため面積が非常に大きく、見回りをするだけでも大変だった。
かれこれ30分ほど城内を巡回し、俺は城内の片隅にある小さな屋外訓練場で足が止まった。
「えいっ! はぁっ! やぁっ!」
プリムラ姫が一心不乱に剣を振っていた。
その練習姿は鬼気迫るものがあり、安易に近づけない空気を纏っていた。
彼女のあの穏やかな姿のどこに、こんな苛烈な一面を忍ばせているのか。
俺はいつもそのギャップに戸惑っていた。
「あらっ。ごきげんよう、アヤトさん」
そう考えた瞬間にこれだ。
俺に気付いた彼女は、瞬時に表情を切り替え、またあの穏やかな表情を向けた。
「何か悩みごとでもございましたか?」
きょとん。
とした顔で俺を見るプリムラ姫だった。
「なぜ、わたくしが剣のお稽古に取り組んでいると、悩みごとを胸に秘めていることになるのかしら?」
確かに姫の言う通りだ。
ただ、彼女のことをよく観察してきた俺だから言えるが、彼女は悩みを抱えている。
そういう雰囲気だけは感じ取れた。
彼女は剣を振るうことによって、何かを吹っ切ろうとしているように俺には見えた。
「姫様を見ていて、そういう風に思ったのです」
「そう。アヤトさんはわたくしの心が読めるのかしら?」
ふふっ。と少し苦笑するプリムラ姫様。
「いや、そう大した能力じゃないです」
「少し疲れましたわ。
アヤトさん、こちらにお座りになって」
姫様がいつぞやの時と同じく、俺を近くに呼びよせた。
「いえ、エニシダさんに以前叱られたので、俺は立っております」
「今はエニシダもおりませんし、わたくしが許すのです。
アヤトさんお座りになって?」
「しかし、今は任務中ですので」
「わたくしとのお話も立派な任務の一つですわ」
「でも――」
「お座りなさい」
プリムラ姫の声が一段低くなった。
「それでは失礼して」
俺はこれ以上拒否をすると姫の機嫌を損ねかねない不安も相まって、従うことにした。
「ヘルメットもお取りになって、お顔を見せてくださいな」
俺は言われるがまま、ヘルメットを取った。
汗で髪の毛と肌がベタベタだった。
「まぁ! すごい汗。これで顔をお拭きください」
姫様はレースのハンカチを差し出した。
「いえ、こんな綺麗なもの使えません!」
「よいのですよ。兵士の労を労うことも王族の務めですわ」
「そっ、それでは」
俺は、花の良い香りがする美しいハンカチを受け取り、自分の汗をぬぐった。
「だけど姫様。なぜこのような場所に?」
ここは城内から最も離れていて人目にも付きづらい場所なので、王族が来るには不向きな場所であった。
「わたくし、考え事があると、いつも隠れてこの場所に来るんです。
城内ではなかなか一人になることが出来ませんから」
「姫様ほどの実力なら、このようにひっそりやらなくても。
兵士相手に堂々と戦っても引けは取らないと思うのですが」
「ふふふっ。皆様はわたくしが姫であるから手加減して下さっているのですわ。
それにあいにく今はこんな情勢ですし」
プリムラ姫もどこかくすぶっているのか。
こういう有事の際って「自分も何かしなきゃ」
と義務感に駆り立てられるもんな。
「アヤトさんも、よくこのような場所をお見つけになられましたわ。わたくしが知る限りでは、ここまで城内を隈なく巡回していらっしゃるのはアヤトさんぐらいですわ」
「そこは御愛嬌ということで、一つご勘弁を」
皆の弁明をするわけじゃないが、この城内は広いので巡回も一仕事だ。
皆も手落ちは無いようにと心掛けてはいるが、この場所は目立たないし敵が侵入することもまず無い場所だ。
それに、どうしても時間と労力を秤にかけると、ここは優先順位が一番低い。
俺? 俺は、この場所結構好きなんだよ。サボりやすいし。
それをプリムラ姫に言うとエニシダさんが飛んできそうだから止めておこう。
「でも今の俺に出来ることってこれぐらいだから。
前線で魔物と闘っていたゲオルグ達と比べれば、これぐらい大したことじゃないですよ」
「とても立派な心掛けですわ。
市場の視察に付いてきてくださった時といい。
アヤトさんは職務に忠実で感心致しますわ」
いやぁ、はははっ……。心が痛む。今も市場の視察の時も、かなり不純な動機なんだけど。
「姫様はなぜ剣の訓練を?」
「わたくし、人に誇れるものが剣しかないの。
幼少の時から、わたくしはお爺様に剣を教わり、それからずっと剣と共に生きて参りました」
プリムラ姫の祖父はこの世界に名を馳せた剣術家。
そして勇猛果敢な指揮官であった。とゲオルグから聞いたことがある。
そんな人から剣を学べばそりゃあ強くなるわな。
俺はいろいろと納得した。
「それで一人稽古を?」
「えぇ。アヤトさんのおっしゃっる通りです。
わたくしは迷いを振り切るために、剣を振るっておりましたの。
今回の出兵につきまして、わたくしも王族の責務として当然参加するもの。
と思っておりました。
ただ、お父様とお母様はそれをお許しにならなかった」
「姫様は魔物の討伐がしたかったのですか?」
「いえ、そうではございません。
わたくしは自分が先頭に立つことで、彼らを鼓舞することが出来れば。
と考えておりましたの……」
王族もいろいろと思い悩むことがあるんだな。
俺のイメージしていた王族って、もっとグータラしているものかと思った。
社交界でダンスしたり、アフタヌーンティーを優雅に飲んだり。
「……姫様こっそり城を抜け出しましょうか?」
彼女には、気分転換が必要だ。俺はそう思った。
「突然何をおっしゃるのです?
国内が騒がしい時に出掛けるのは非常識と存じますが?」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。
こんな時だからこそ市民は混乱していないか?
不安や不満の種を抱えていないか?
などの情報を直に聞くことも、王国の安定には大事なことですよ」
「アヤトさんの仰ることも一理ありますわね。
ですが、わたくしが城を離れると城内の者が心配なさるのではないかしら?」
うーん……。それなら今もそうなんだよな……。
「稽古の周期って、どれくらいですか?」
「そうね、最近は行いませんが、週に一度は訓練を行っていますわ。
毎回二・三時間ぐらいかしら?」
「今、稽古を初めてから、どのくらい経ちますか?」
「そうですわね。十分ぐらいかしら?」
なるほど。それなら大丈夫だ。
姫様が一人で稽古しているにも関わらず、城内が騒がしくない。
ということは、みんな暗黙の了解で、姫様が何をしているのか把握している。
少なくともエニシダさんは知っているはずだ。
「それなら夕方までに帰れば大丈夫ですよ。エニシダさんも大目に見てくれる」
「なぜ、エニシダの名を?」
それはそのー。あの人なら姫様のタイムスケジュールやら、何処にいるのかとか、果てはトイレの回数まで、ストーカーのように姫様の行動すべてを把握していそうだから。
なんて言えないな。
「エニシダさんが、理由もなく姫様を一人にするわけが無いですから」
無難な回答で姫には返そう。
「そうね。
エニシダはわたくしに対して少し過保護すぎるわ。
わたくしも十分、大人なのに……」
「そうですよ、いつまでも子供じゃないんだから。
少しぐらい城を離れても平気ですよ。さぁさぁ、行きましょう!」
俺はプリムラ姫を半ば無理やり連れだそうと、この訓練場の奥にある城壁の一角へと向かった。
「ここです。ここから出ましょう!」
「何かしら、ここは?」
「ええっと、たしか、この岩をこうしてっと――」
ゲオルグから教えてもらった秘密の抜け道。
老朽化で崩れてしまった城壁の一角。
その応急処置として埋めた大小さまざまな岩があるのだが、実は内側からならパズルの要領で岩を外していくことにより、ヒト一人ぐらいが通れる穴が出来る。
「まぁ! お城にこんな秘密が!」
秘密というより修繕予算の不足だ。
これまで大きな脅威も無かったから、直す必要性も薄かったのだろう。
そのおかげで今日はプリムラ姫とデートに行くことが出来るし。
と思うのはさすがに不純すぎるか……。
よし! 今日はプリムラ姫の接待だ。
彼女に元気になってもらい、明日からの活力にしてもらおう!
そう思った俺は、プリムラ姫と城を抜け出した。
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