第二章 その① 王族と継承順位
プリムラ姫との視察同行から、早くも一カ月が過ぎようとしていた。
俺は試しにプリムラ姫を描いてみたが、
どうも彼女の魅力がキャンバスから伝わってこない。
自分にしては珍しい現象だった。
これまで俺は、出来上がった絵に対する抽象的な不満があまり湧いてこないタイプだった。
色彩のバランスや線の強弱、陰陽の付け方に対するディティールばかりに目が行ったので、彼女に会ってからの絵に対する心境の変化に若干驚いている。
絵のどこに何が足りないのか?
まだまだ対象の観察が不足しているみたいだ。
「アヤト。今日、調子が悪いのか?」
「どこがだー、ゲオルグー。
俺は勇気リンリン、やる気モリモリだぞー」
「ならいいんだけどさ。
だが、その勤務態度はどうかと思うぞ」
ゲオルグに言われて俺は改めて自分の姿を確認してみた。
そもそも、まず目の前が真っ暗だ。
これは俺がヘルムを前後逆にしていたためだった。
ヘルムをハメ直して再度確認した。
なんと俺の手には槍ではなく木の枝が装備されており、肝心の槍は地面に転がっていた。
あと俺は門番だから街道から来た人の監視をしないといけない。
だが、なぜか城の方を向いていた。
絵のことばっかり考えて、仕事に身が入ってない証拠だ……。
「ここまで来ると呆れるのを通り越して心配だぞ」
そりゃゲオルグも心配するが、しかたないだろ。
姫様のお顔が見れなくなって、もう二週間も経つんだ。
俺の創作の炎がメラメラとたぎってこないんだよー。
「あぁ、一目会いたいなぁ姫様」
「お前って実は姫様に惚れてるのか?」
「へっ? なんで?」
俺はゲオルグの質問に間髪入れず答えた。
そりゃあ姫様は可愛いし、綺麗でかっこいいけど、
それはあくまで絵のモデルとして最高の素材ってだけなんだよな。
そもそも身分違いにも程があるだろう。
「ないない」
「ふーん」
素っ気ないのか勘ぐっているのか分からない返事だ。
まぁ、さっきの俺の発言を思い返すといかにも恋をしているようにも見えなくは無いか……。
「そう言えば、絵の方は順調か?」
「おーそれな。実はそこそこ儲かってる」
そう。俺は宮廷画家見習いではあるものの、なかなか絵の仕事をさせてもらえない。
だから、こっそりと自分の描いた絵を売るバイトをしていた。
最初は、普通にプリムスの風景を描いて露店で売っていたんだけど、なかなか売れなかった。
それなら方向性を変えて転移前の世界の風景や、スマホやパソコンとかを描いてみた。
すると、これが奇抜な絵として人気が出たらしく、ある画商の目にも留まって絵の定期的な取引も始まった。
「じゃあ今度、酒の一杯でも奢ってくれよ」
「へっ、調子良い奴。まぁいいよ。お前にはいつも助けてもらってるからな」
「よっしゃ。それでこそ相棒!」
俺達は軽く互いの肘を当て合った。
ゲオルグは、背丈も高く顔立ちもそこそこ良い、マットゴールド髪の好青年。
俺が異世界に来て初めて出来た友達だった。
初めは世話役と言う立場だったが、年齢も近く一緒に居るうちにすっかり打ち解けた。
ゲオルグに異世界のいろいろなことを教えてもらったり、
何も知らない俺の世話を焼いてくれたりしたおかげで、
俺は何とかこっちで暮らしていけている。
「なぁ、ところでゲオルグ。姫様って王族としての序列は何位なんだ?」
「そうだな。序列としては150位よりかは低いと思うぞ。
農業都市プリムスは地方だから、都市部に比べると低く見られがちだからな」
この国、エスパスフルーリは、その昔一人の王が国を治めていた。
その王はたくさんの子孫を残し、それぞれに領土と領民を与えた。
そのため王族が貴族の役割を果たしており、それぞれの王が領土と領民を治める都市国家体制を布いている。
農業国家プリムスもその一つ。
また都市国家の一つである真都サークルローズには王達を束ねる真王が鎮座しており、それがエスパスフルーリの君主。つまりエスパスフルーリそのものは連合王国ってやつだ。
この真王は、各地の王族の中から選ばれている。
この国の面白いところは、ここからだ。
真王との血筋が近い者が王位継承順位が高く設定されているものの、それは絶対ではない。
それぞれの領土を治める能力や国民からの支持。
武芸や教養などの総合的な能力を加味して真王を決定しているところである。
それは初代の王が国を興す際に精霊と契約を交わして……。
まぁ、細かいことまではわからんが、建国時から侵すことの出来ないルールとなっているらしい。
民主的とまでは言えないが、それでも正しく機能すれば実力のある者が国を治める良い制度だと思う。
プリムラ姫も王位継承権は持っているが順位は低い。
王位継承権を持つ王族は確か200人ぐらい居るから150位よりも下というのはかなり低い。
その理由は、さっきゲオルグが話した通りだ。
王達の中には、自分の子供を有力な都市の王やその子供と結婚させ、領土を発展し継承順位を上げようとするいわゆる政略結婚を画策する者たちも居る。
だから継承順位の低いプリムラ姫との政略結婚を画策している王国はまず無いだろう。
「ふーん。じゃあ当分は結婚の話も先か」
「なんだ。やっぱり意識してるのか」
「絵のモデルがどこかに嫁いだら、俺がこの城に居る意味が無くなるじゃん」
「じゃあ、アヤトには頑張って姫様のハートを射止めてもらわないとな。
俺に酒を奢り続けてもらうために」
「はいはい」
ゲオルグはこう言っているが、結婚なんて出来るわけないだろう。
身分の差をなめんな。
そんなバカ話が出来る日々も、そう長くは続かなかった。
この日から二日後――
「魔物の群れがプリムスを襲っている」と早馬が城に駆け込んできたのだ。
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