第一章 その① プリムラ姫を追いかけて

「はああああぁぁぁ……」


 暖かな陽気。だが俺は城の前でうなだれていた。


「おっ、今日もクソが詰まったような溜息してんな。アヤト」


「だってよおぉ、ゲオルグぅ。

 今週も殆ど姫様の顔が見れなかったんだぜ。

 インスピレーションが枯渇しちまうよー」


 プリムラ姫との出会いから一カ月が経った。あの後――

 俺は「自分、むっちゃ絵が描けます。今から絵を描きます! 見てください!」

 と身振り手振りを交えて説明し、俺と共に転移したバッグの中にあった

 スケッチブックと鉛筆を使って即興で絵を描き、自分は画家だということをアピールをした。

 

 異世界転移ボーナスなのか、

 異世界の言語がたまたま日本語に近いからなのか、

 理由は不明だが言葉による意思疎通が出来たことは幸いだった。

 

 俺が必死に絵のアピールをした理由――

 それはプリムラ姫に絵の実力を認めてもらい、宮廷画家として雇ってもらうためだった。

 そして少しでも彼女に近づき、この目に焼き付けたうえで最高の絵を描くためでもあった。

 

 すがりついて土下座もして必死に懇願した結果、

 俺はプリムラ姫の領地である農業国家プリムスの中枢、

 ワイルドローズ城の衛兵兼宮廷画家見習いとして雇われた。

 さすがジャパニーズ土下座は万国共通のコミュニケーションツールだね。


 衛兵という余計な肩書が付いているのは、

 さすがに身元不明の男にいきなり宮廷画家をやらせるわけにはいけない。

 ということで、このようなポジションに落ち着いた。


「姫さんもお前の相手なんかしないっての。夢見ずに仕事しろよ」


「してるよ。ヤリ持って、門の前で立ってる」


「そうだな。それが仕事だな俺達」


 そんなノンキな会話をしていると――


「開門! かいもーん!」


 高らかな声とともに巨大な城門が開いた。

 そこから豪華な装飾の馬車が俺の横を駆け抜けていく。


「あっ、あれは!」


 俺は駆け抜ける馬車の中を見て確信した。


「プリムラ姫だ!」


「おっ、おい、待て! 待てったら! 近衛兵長に怒られるぞ!」


 ゲオルグの制止を振り切り、俺は一心不乱に馬車を追いかけた。


 ――*――


 必死に追いかけること一時間。

 馬車は城下街の商業区画で待機していた。


「はぁっ……はぁっ……。おっ、追いついたぁ」


 姫を一目見たい。この目に焼き付けたい。

 その一心で姫を追いかけてきたが、甲冑を着ていたことをすっかり忘れていたため、体力をかなり消耗した。


 俺は馬車の近くで甲冑を脱ぎ捨て、姫の行方を捜した。


「見つけた!」


 市内を探し回ること30分。お目当てのモデルがいた。


「この果物も、色付きが良くって、とても甘そうに出来ておりますね」


「へへっ、今年は、天候にも恵まれ良い果物が育ちましたので。

 別の国からも商人達がプリムスの果物を買いに来て下さいます」


 侍女と二人。市場の果物屋で、赤いリンゴのようなモノを手に取り品評するプリムラ姫。

 どうやら市中の視察のようだった。


「プリムスは多くの農産物を輸出して国益を得ておりますわ。

 品質の高い農産物とその流通技術は国の要と存じます。これからも励んでくださいね」


 プリムラ姫はペコっと会釈した。

 気品ある姿に商人も驚いて手と首を同時に横に振った。


「そんな。顔を上げてくだせえ王女様。

 わしらも国が安定しているおかげで、こうやって商売が出来るんですから」


「王女様、次はこっちを! 俺のオロンジュもみずみずしいでしょ?」


「プリムラ姫! 今日は良いキャロを入荷したんだ。見てっておくれ!」


 プリムラ姫の視察に、市場の人達は俄然やる気になり活気に満ちていた。


「すごい人気だな。さすが俺の理想のモデル」


「当然です。あの姫様あっての農業国家プリムスですから」


「うわっ!」


 姫様を付けていた俺の背後に、侍女が突然現れた。

 ビクトリアンメイド調のロングスカートに白いエプロンを纏い、髪も短く切り揃えていて、いかにも仕事が出来そうなメイドという印象だった。


「気配が無くて全然わからなかった」


「貴方、なぜ姫を尾行けているのです? もしや敵国のスパイですか?」


「ちっ、ちっ違います。俺はスパイとかじゃないです」


「ならば何故? 嘘をついても私には通じませんよ」


 侍女はクールな表情を変えずに、俺に詰め寄る。


「あっ、あの、えっと……」


「いかがしましたか? エニシダ」


 プリムラ姫がエニシダの異変に気付き、こちらに向かってきた。


「はっ。姫様の後を追ってきた怪しい男を尋問しておりました。もしや隣国のスパイかもしれません」


「だから違いますって。俺は姫様を――」


「あら? そのお顔どこかでお見受けしましたような……。

 そうですわ。魔物に襲われていた旅のお方。

 わたくしに即興で絵をご披露いただいた方と記憶しておりますが?」


「それそれ、その旅のお方です。よく覚えておいでくださいました」


「姫様お離れ下さい。そうか……この者が例の。

 アナタ、宮廷画家見習い兼衛兵では無かったのですか?

 本日の職務はどうされたのですか?」


「そっ、それは……」


 俺は言葉に詰まった。

 さすがに「サボってきました」と正直に言うのはプリムラ姫の手前、バツが悪い。


「そっ、そう護衛。姫様が城をご出立されたときに、護衛が一人も見当たりませんでしたので、私が急きょ護衛として向かうことになったのです」


「嘘おっしゃい。

 護衛が居ないのは、わたくしが姫様の護衛を兼ねているからです。

 これは城内では周知の事実なのですが?」


 さすがにバレてしまった。次の言い訳を考えていると――


「よろしいではありませんか、エニシダ。

 きっとこのお方は、エニシダが護衛を兼ねていることをまだ知らなかったため、

 わたくしを心配して追ってきてくださったのですよ」


 プリムラ姫が助け舟を出してくれた。


「その割に、甲冑も武器も見当たりませんが……」


 ギクッとした。この侍女さん。かなり洞察力が鋭い。


「大丈夫ですわ。

 このお方が万に一つもわたくしに害を及ぼそうとするなら、わたくしも善戦いたしますわ」


「その前に私が滅します」


「そうね。エニシダが居るから安心ね。

 旅のお方――そうね、お名前は何と仰られるのかしら?」


「アヤトと言います。アヤト=クガイソウ」


「それではアヤトさん。わたくしの護衛お願い出来ますか?」


「はいっ! 喜んで!」


 やった。なんという幸運。これでプリムラ姫を近くで観察できる!

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