【完結】異世界転移した画家志望の俺が田舎のプリンセスと運命の恋に落ちた件について

秋野炬燵

プロローグ

 異世界でも、ラブストーリーはいつも突然だ。


 暖かな春の陽気みたいにふんわりと告げるものでもなく――

 秋空の切なくなるような苦しみと共にやってくるものでもなく――


 最高に好みのキャラを見た時のような大きな衝撃インパクト神の啓示インスピレーションを運んでくる。


 ――*――


「わあああぁぁぁぁっっ!」


 我ながら情けない悲鳴だ。だけど必死だった。


 俺は訳も分からず見知らぬ草原で、犬の様な魔物? に追いかけられていた。


(おいおい。ただの犬だろ?)と思った、そこのアンタ。

 じゃあ聞くが、その犬の頭が2つあるって言っても、ただの犬だと思うのか? 

 その犬が口からブレスを吐いてもただの犬だ。と断言できるのであれば、頼むから俺と変わってくれ。

 きっとアンタの方が、この異世界を満喫できるはずだから。

 

 とにかく必死で逃げた。逃げて逃げまくった。

 だが走っても走っても、魔物は執拗に追ってくる。

 助けを呼ぶにも街どころか家や人の影すら見つからない、だだっ広い草原。

 この場所が、俺のいた世界とは違うことはとっくに気付いていた。


 異世界転移だ!

 あの都市伝説は伝説じゃなかったんだ。


 俺は逃げながら、死ぬ直前の記憶を思い出していた。


 ――*――


 新進アーティスト絵画コンクール【佳作】


【審査員からのコメント】

「色彩のバランスや、筆のタッチから対象物の正確な描写と技術は非常に高い。

 ただロボットが描いたような無機質な絵になってしまい、

 絵を描くことをこの作者は本当に愛しているのだろうか? とすら感じてしまう。

 もっと作者の感性や個性を前面に出すとさらに良くなる」


 なんだこの画評は……。ロボットだって?

 俺は怒りが腹の底からグツグツと湧き上がってきた。


 隣に飾ってある【金賞】受賞作品に目をやる。

 抽象化された色とりどりの花が咲き乱れるだけのつまらない絵だった。

 作者名も【春の山々】みたいなバカみたいな名前だったし。

 審査員からのコメントでは「パッション溢れる力強い作品」だとか「花の一つ一つに個性を感じる」だとか、技術は二の次のような書きぶりだった。


 俺は持っていた賞状を無意識に握りつぶした。

「なんなんだよ! いつもいつも絵の感性や個性だけに注目しやがって。

 もっと俺の技術を見ろよ。こんな……こんなっ!」

 

 怒りが収まらないまま展示会場を後にした俺は、

 恨みつらみをブツブツと吐きながら横断歩道を渡っていた。

 

 俺の絵に対する他人の評価はいつもそうだ。

 綺麗で正確なタッチ。色使いも寸分と違わない。だがどこか面白みに欠ける。


 感性? 個性? そんなあいまいな基準で俺を測るな!


「俺だって……俺だって心躍る最高の題材があれば!」

 

 ……うん。俺が悪かったのは認める。

 ずっと下ばかり見ていたから判らなかったんだ。

 赤信号だったことが――


 そこからはお決まりの、何の罪も無い大型トラックに引かれて俺は死んだ。

 現世への未練を残して、トラックに引かれると異世界に転移もしくは転生するっていう都市伝説はあるけれど、現実は甘くない。

 やっぱりデマだよなぁ。死の間際そんなことを思っていた。


 俺はきっとこのまま死ぬんだ。

 自分の満足できる絵も残せずに死んでいくんだ……。


「俺も、魂を揺さぶるような……」


 深い後悔の涙が頬をつたい、俺の意識はそこで消えた。


 ――*――


 そう。死んだはず……だったんだよ。

 だけど、なんで生きてんだよ俺。

 しかも異世界に転移しちゃってさぁ。

 こうやっていきなり魔物に追われるなんて。


「はぁはぁ。あっ!」


 息も上がりきって足もパンパン。もうダメだと思った瞬間、希望が見えた。

 馬車がこちらに近づいてくる!


「おーいっ!」


 俺は両手をバタバタさせて、必死に存在をアピールした。

 幸いにも御者は俺に気付き、目の前に止まったので、俺は叫びながら後方を指差した。


「助けてください! 魔物に追われているんです!」


「あれはオルトロス!」


 御者は、後方の魔物を見るなり一目で魔物の名前を呼んだ。


「あぁ、どうしましょう。どうしましょう。あんな魔物がなぜ……」


 御者はあれよあれよと、パニックになった。


「うろたえてはなりませんよ。ローダン」


 落ち着きのある透き通った声が車内から聞こえた。


「オルトロスでしたら、わたくしがお相手するわ」


「いいいっ、いけません姫様。もし御身に何かあれば。私は私はっ」


「心配なさらないでローダン」


 そう言って車内からゆっくりと出てきたのは、女性であった。


 サラサラのブロンドヘア、

 サファイアブルーの大きな瞳、

 スノーホワイトの透き通った肌。

 

 キレイなんて表現じゃ到底追いつけないほどの美少女。

 軍服を身に纏った凛とした姿。


「旅のお方。よく逃げおおせましたわ」


「あっ。あっ……」


 俺は彼女の神々しさに圧倒され、ろくろく言葉も返せなかった。

 彼女は帯刀していた剣を抜き、オルトロスと呼ばれる魔物と対峙した。


「ウウウウゥゥゥッ!」


 低い声で唸るオルトロス。


「最近の魔物の多さは目に余ります。なぜ、このような魔物が白昼堂々と街道に現れるのかしら?」


 そう言いながら大きな瞳が鋭く光った。


「はぁぁぁっ……ハアッ!」


 剣を構え、掛け声を上げたと同時に、その女性がオルトロスと交差した。


 その時――俺の脳天から全身にかけて雷が走りぬけ、心も体も麻痺した。


 優雅で、華奢な彼女からは、とても想像できない勇ましさ。

 そのギャップと驚きと感動に、人生最大級の衝撃が走った。

 女性が剣に付いた血を払うと、ズサッ。と倒れる音がした。

 彼女の後ろには、オルトロスが頭から尻尾まで綺麗に真っ二つに別れて倒れていた。


 しかし俺はそんなことより彼女に釘付けだった。



「もう大丈夫ですわ。旅のお方」



 それは鮮烈で唐突な――。運命の出会いだった――。


 俺の人生、後にも先にもこれ以上の衝撃は二度と来なかった。


 見つけた!

 俺の魂を揺さぶる最高の存在!

 心躍る究極の絵のモデル!


 それが彼女――【田舎プリンセス】の【プリムラ】と、

 俺――【異世界転移した画家志望者】の【アヤト】との運命の出会いだと

 気づくのはずっと後のことだった。

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