0047 潜伏場所突入までの15分
現在、飛行船、魔犬わんわん号は、井の頭公園上空をのろのろと飛んでいた。
十桜と青石、玉井は座席につき、
わんわん子機から送られてくる映像情報を見ながら、
左桃田の解説を聞いていた。
ヤツラの潜伏場所は、
吉祥寺第三ホテル。
地上9階、地下2階の建物の4階、403号室だ。
(……高層ビルじゃなくてよかったぁ……)
十桜がきょう経験したことを考えれば、
自身のステータスに、
『高所恐怖症』とか『タワマン恐怖症』とかがついてもおかしくはなかった。
そういうバッドステータスが付かなくてよかったが……
現在、複数の子機が部屋を見張っている。
いまのところ部屋に出入りした人間は一人もおらず、
16:47にルームサービスを運んできた従業員が訪れただけだ。
そのとき、開いたドアの隙間に子機が侵入した。
なかのツインルームには男が四人いた。
ソイツらは、剣士、魔術士、僧侶などのかっこうをしているので、
コスプレ大会に参加する旅行者のようにみえた。
しかし、皆、人相もガラも悪い。
男たちは、あたたかなパステル調の部屋で浮きあがっていた。
その中に、昼間、新宿広場にはいた“戦士”の姿はない。
だが、ソイツはいま十桜たちの真下にいた。
井の頭
武蔵野市から三鷹市にまたがるここは、
総面積約43万平方メートルの広さがある。
これはかなり広い。
緑豊かで春は桜が素晴らしく、
運動施設もあり、りすがかわいい動物園まである。
水も豊かで、井の頭池はボートで遊べる。
西北から東南にかけて玉川上水が流れ、
そこの西側に、あの三鷹の森ジブリ美術館がそびえ立つ。
その森から北東に位置する御殿山の森に、
この、のどかで文化的な公園とは不釣り合いな男がいた。
ソイツは、
広い駐車場のあるコンビニ前にたむろってる人間と同じ座り方で木陰にいる。
それが、悪漢一味の一人、“戦士”だった。
ソイツはおそらく、大岩猿を待っているのだろう。
いや、モンスターが連れてくるはずの女冒険者を。
わんわん号は、
待ちぼうけしているソイツの約9メートル真上に停止していた。
青白い眼は、ソイツの握っている“召喚札”を視ていた。
札の中心には魔法円が描かれていて、
その中の六芒星は黒く塗りつぶされている。
これは、この札から召喚されたモンスターが死亡していることを意味していた。
男が召喚モンスターを待っているのなら、コイツにはその知識がないのだろう。
その札から出現しただろう大岩猿は十桜が仕留めたのだ。
もう、男の元に戻ることはない。
ソイツを捕縛するため、
わんわん号は真下にある樹木の形をなぞるように斜め下に移動。
男は五本目のタバコに火をつけ、貧乏ゆすりを激しくしていた。
その足元に、ニョロニョロと近づく爬虫類がいた。
いや、それは爬虫類のようにニョロニョロと動く青石菫操るロープだった。
ロープの先は、男のブーツに触れると一瞬でソイツの身体を駆け上がる。
「うぉおッなんだコレェェ――ッ!?」
高速で動くロープは、叫ぶ男の上半身をぐるぐる巻にした。
それから木の枝を揺らしながら上昇。
これを釣り上げた。
「……ざッけんなッ! 離せクソ野郎ォッ!!」
脚までぐるぐる巻にされてミノムシみたいにゴンドラの天井に吊るされても、
男は勇ましいままだった。
だが、男はすぐに黙ることになった。
「ざけんなクソ野郎ぉ? そういう乱暴な言葉はワシを喜ばせるやんけぇ」
低いダミ声がいった。
背も低く、肩幅広い筋肉バッキバキ体型の拳がうなる。
――ゴンッ
「……んだッテメエッ!!」
ミノムシのようになっている男は、
一発あたまに食らってもその威勢はとまらない。
しかし、
――ゴッ
「うげぇッ」
――ガッ
「しげぇッ」
二発目、三発目を食らうと、
「……す、すいバせんッ……」
急にしおらしくなった。
「もうおやめぇ~女の子ちゃんたち怯えてるじゃないのぉ~」
「仲良くしてただけやんけ~」
「回復しておきなぁ」
前のほうの座席で縫い物をしている綺羅々さまが顔を向けた。
すると、拳を固めていた《拳闘僧侶》右重山甚五は、
その拳を平手にして、腫れあがった男の顔にあてがった。
「……むにゃむにゃむにゃ……ヒール」
むにゃむにゃ言って、
いま殴った相手をその手で回復したのだ。
男のひどい顔は、光を放ちながらみるみる元に戻る。
この、一人で“殴って回復”という一連の動作は
永遠に拷問を繰り返せるなあと思い、
(恐ッ……!)
十桜は勝手に戦慄していた。
それは置いといて、
これでコイツをカギにしてヤツラの部屋に入ることができる。
「それじゃあ、ホテルに突入しましょう」
十桜はそう言いながら横目に映ったものにギョッとした。
(うわッ……なんでッ!?)
そこには見覚えのあるフクロウくんがいたのだ。
彼は飛行状態で半球の出窓をつつく愛らしい仕草をしていた。
(なんで喜多嶋さんが……いや、そりゃそうか……)
それは喜多嶋のフクロウ型飛行ドローン、フクローターだった。
「ふくろうさんっ?」
「……かわいい……」
玉井がつぶやき、青石は十桜にしか聞こえないような声でいった。
二人は、右重山の“仲良く”が怖かったのか、
再び両側から十桜の袖を掴んでいた。
フクロウをゴンドラのなかに入れてもらうと、
彼は座席の背もたれにとまった。
すると、首にくくりつけられている携帯端末から声が聞こえてきた。
『まさか、三日月さんの方がさきに来ているとは。驚きました』
その声は、
海底に落としたゴマ粒を見つけ出してしまいそうな、低く鋭い声。
『私の想像以上ですね』
「あの、喜多嶋さんも?」
『失礼しました。私のほうも三日月さんと同じですよ。彼ら、ロウゼキの確保です』
喜多嶋が口にした《ロウゼキ》という名前。
それが悪漢どものパーティー名のようだ。
(喜多嶋さんがいるなら俺いらないのかな? え? どうすんだこれから……)
(……《地龍》と連携してるんじゃあないのか……?)
その《地龍》とは、地龍の十一機こと、警察の《第十一機動隊》のことだ。
大捕物では喜多嶋と彼らはよく連携をとる。
それが一部マニアの間では有名で、ネットで大いに盛り上がるネタだった。
『三日月さん、私たちは《地龍》とともにこの件にあたっています。
《ロウゼキ》の六人だけでしたら私たちだけでなんとかなるでしょう。
ですが、相手のバックにいる者の底がしれません。
そこで、三日月さんも一緒にこの件の解決にご協力願えませんでしょうか?』
(ええっ? 俺いる……!?)
案の定喜多嶋は《地龍》と連携していた。
プロフェッショナル同士が組んで仕事をするのだ。
十桜は邪魔になるだけだろう。
そう考えるのが自然だが、彼は素人の十桜に協力要請をしてきた。
頼まれると断りたくなる十桜は、一瞬ウッとなった。
一昨日も喜多嶋の誘いを断りまくったし、
彼のことを必要以上に警戒していた。
なので、素直にこの協力要請に対して
「うん、いいよ!」とは言いにくい心境だった。
しかし、《スリーマン・リスペクト》に
《青石菫と玉井紅》という五人の冒険者を雇ったのだ。
十桜もやる気満々だった。
なのに、このまま引き下がるのは忍びない。
ならば、彼の協力要請を受けるのが筋だろうか……
(……いや……ええと……いいのか? いいんだよな……う~ん……)
(でも邪魔になるのは嫌だよなあ……う~ん……)
十桜が、どうしよう!? どうしよう!? 状態になっていると、
座席、前の方から甘ぁ~い声が聞こえた。
「いいじゃないのぉ~、十桜ぉ何を迷ってんだい?」
「綺羅々さん……」
中仙道綺羅々さまは十桜を下の名前で呼び、十桜も彼女を下の名前で呼んだ。
これは、“あたしは十桜って呼ぶからぁ、あなたも綺羅々って呼んでぇ”
という鶴の一声で移動中にそうなっていた。
ついでに全員下の名前で呼び合うことになった。
しかし、十桜と青石菫、玉井紅の三人は互いに下の名前呼びすると、
「す、すみれ、さん……べ、べぬいさん……」
「……じゅ……さん……」
「じゅーぞー……さん!」
大変ぎこちなくなるので名字呼びののままになった。
それでも少しチームらしくなって十桜は嬉しかった。
「……せっかくあたしたち六人集まったんだし、
まさか、このまま帰るってんじゃないだろうね~」
「それは……」
「玄人のなかにあたしたち素人が紛れるってので遠慮してるのかい?」
「はい……そうですね」
「でもさあ、探偵さんもあんたの力を見込んで頼んでんだろう?
そのあんたがあたしたちを選んだんだ。
みんなでいっしょにやった方が楽なんじゃないのぉ~?」
(そうか……みんなでやったら楽か……)
(そうか、そんなんでいいんだな……)
そう、十桜は元ニートなのだ。
楽にできることは、楽にやったほうがいいに決まっている。
それよりなにより、
冒険者を五人雇って、犯人一人捕まえて、そこまでやって、
それでプロが来たからさようなら。なんて、
あとでモヤモヤするに決まっている。
妹を危険にさらし、
自分を殺しかけ、
冒険者をコケにしたアイツらをこの手で捕まえたいのだ。
そのチャンスが目の前にある。
ならば、やるしかない。
「そうよ~~十桜く~ん。ボクちゃんたち素敵に無敵なのよ~」
「ワシ、まったく喧嘩したりないねん。このまま帰るのはインケツやねん」
「三日月さん、わたしもがんばりますっ!」
玉井は今日一の声を出して両手でガッツポーズを取り、
青石は無言で小さくうなずいた。
と、いうわけで、
「じゃあお願いします……」と承諾するものの小声になっていた。
『すみません、もう一度お願いします』
フクロウの首のところの喜多嶋が聞き返してきた。
「あ、お願いします! 俺たちもやります!」
こんどははきはきと言えた。
――パチパチパチパチ
なぜか、玉井が胸元で拍手をした。
それにつられたのか、青石も、ぺたぺたと音の鳴らない拍手をした。
(いや……はずかしい……)
0047 潜伏場所突入までの15分
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