0046 現場へ向かうまでの20分


 北斎からびゅ~~~んと飛んだ魔犬わんわん号は、

 10分少々で新宿につき、

 青石たちを拾うため、広場上空10メートルの所で停止した。

 

「着陸しちゃうとキレイなお姉さんにまた怒られちゃうかんね~、

 ボクちゃんはそれでもかまわのだけど~~♪

 このわんわん号なら~~、空中完全停止余裕だかんねェ~~~~♪」


 コックピットから歌うような高めのダミ声が聞こえた。


「わんわんッ!」


 そのダミ声に呼応するようにわんわん号の子機がかわいい声で吠える。

 その子は、クルマのダッシュボードにいるぬいぐるみのように、

 コックピットでちょこちょこしている。

 十桜は、コイツをリュックのキーホルダーにしたいなあと思った。


「んじゃあ、迎えるんじゃあ」


 低いダミ声の筋肉バッキバキ体型が乗降ドアーを開く。


 十桜は半球の出窓から広場をのぞいた。

 すると、下からまっすぐにロープが伸びてきた。

 そのロープの先が白い光をはなった。

 光はまあるく広がって、

 吸盤のようになって乗降口上部の壁面に固定した。


 そのロープの尻尾を、広場に立つ青石あおいし すみれが握っていて、

 彼女に、戦士装備の女冒険者がしがみついている。


 ロープは螺旋を描きながら、ねじりキャンディーのような形になり、

 一気に二人の冒険者を上空に引っ張りあげ乗降口まで運んだ。


 すると、戦士装備の彼女がぴょんとゴンドラの床に飛び乗った。

 後ろで束ねた、長く茶色がかった髪が揺れる。

 ジャンプ後の姿勢を正すと、大きな瞳が十桜と右重山みぎおもやま甚五じんごを見てから会釈した。


「お、おじゃましますっ!」

 

 彼女がうわずった声で申し訳なさそうにいい、

 青石も床に飛び乗り、後ろでまとめた一本の三編みが揺れていた。

 彼女は、ロープを回収すると会釈した。

 

「……す……お……」


 その声は、飛行船の動力音と外の雑音にかき消されてほとんど聞こえなかった。


「あらぁかわいい娘たちね~、いらっしゃ~い」


 甘ぁ~い声がいった。

 綺羅々きららさまは、コックピットの近くの席で、編み物をしている顔を後ろにむけた。


「まああ~~かわいこちゃんたち~~~~~……」


 ついでに高いダミ声がハッスルした。その瞬間には、


 ――バチッッ

 ――バリンッッ


「……イッツモアカンシャしてイモアァス……」


 左桃田ひだりももた平太へいたの細身の顔が、

 わんわん号コックピットの窓ガラスに突き刺さっていた。


 だが、


「平太ぁ、出発進行だよぉ~」


 甘ぁ~い声がささやくと、


「……んじゃあ、わんわん号ちゃん、

 目的地の“吉祥寺”へ向けてGOしてちょうだぁ~~~~い!!」


 外に顔を出している高いダミ声が一言いい、

 スピーカーから『ワオーーーーン』とイヌの鳴き声が聞こえた。

 子機もちょこちょこわんわん吠える。


 吉祥寺は新宿の西側。

 大岩猿が逃走していた方角がそっち側だった。


 左桃田の説明では、魔犬わんわん号は、

魔素カオス”や“息吹アルモニー”のニオイを嗅ぎ分けるという話だった。

 わんわん号には、ダッシュボードに乗っているような子機たちが千機いる。

 その子機たちも、親機と同じようにニオイを嗅ぎ分ける能力があるので、

 この子らに悪漢どもが立っていた場所のニオイを嗅がせたのだ。


 長い時間いた場所なら、その分、冒険者から漏れ出る“魔素カオス”や“息吹アルモニー”が滞留する。

 召喚札を使用したのなら余計にそうなるだろう。


 大岩猿の逃走経路と方角を踏まえ、

 中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺周辺を捜査。

 そして、吉祥寺駅周辺の駐車場に落ちていたタバコの吸いガラが決め手となり、

 ヤツラの潜伏する賃貸マンションの部屋を割り出したのだ。


 彼らは、これを二時間とかからずできるスキルを持っている。

 十桜は、このひとたちは警察に勤めたほうがいいんじゃないか?

 と思ったのだが、彼らの性格てきにそれは無理だろうと秒で結論を出した。


 そして、


「んじゃあ閉めるんじゃあ」


 低いダミ声がドアーを閉じると、飛行船はゆっくりと動き出した。

 わんわん号は、まったく揺れないので立っていられる。

 なので、十桜はそのままの姿勢で青石に話しかけようとした。


 だが、


「すみません……」


 彼女があたまを下げてきたので、言葉を飲みこんだ。


「……私、昼間体調がよくなくて……全然お役に立てませんでした」


 その声は、月のしたで凪いだ海のように静かなものだった。 


 とてもじゃないが、露出の高い軽装革鎧を着ているとは思えない雰囲気。

 鉄の胸当ては付けているが、推定Dカップの谷間が十桜の目を釘付けにしている。

 青い革鎧も似合っていて、キュッとしまったくびれとへそは眩しく、

 腰はしっかりと広がり、お尻の大きさを思い知らせつつ、

 短パンから伸びるふとももはむっちりと太い。

 なのに、スネは細く、クツのサイズは小さめだ。

 身長は155センチくらいだろうか。


「……ネットで知りました。三日月さんが、昼間の大岩猿を倒したんですよね」


 キリッとした目がちらっと十桜を見た。

 だが、キツさはなくてかわいらしい。 

 十桜は、青石とはじめて目があった。

 彼女は、あたまを上げた後もずっとうつむいたままだったからだ。


「いえ、とんでもないです。ぼくはトドメを刺しただけなんです。

 あの場にいた皆さんが倒したんです。すでに体力が減っていて、

 青石さんのロープがあったからアイツに追いつくことができました」


 青石は、知らないひとと触れ合うことが苦手なのかもしれない。

 彼女が超緊張しているのだと感じた十桜は、

 彼女のトーンに合わせるように話し、かつ、なるべくやわらかな口調を心がけた。


「そうでしたか……よかったです……」


 彼女は、消え入りそうな声を出した。

 だが、そこには、ほんの少しだけ喜びの色が混ざっていた。


「……あの、こんな急な依頼を……」


 それから十桜は、

 依頼を引き受けてもらえたことの感謝の言葉を伝えた。

 それと、今回同行する、スリーマン・リスペクトのことも紹介した。

 彼女も自己紹介をして、隣の戦士装備の彼女のこともいった。


「メッセージでお伝えした、玉井たまい べにさんです……」

「……あ、この度は、わたくしのわがままを承知していただいて……

 ありがとうございます……」


 その戦士装備の彼女、玉井紅は、

 昼間、大岩猿の脚に大ダメージを加えた《勇猛戦士》だった。

 彼女のハンマーの一撃があったから、

 猿モンスターの逃げ足は落ちていたのだろう。


 しかし、彼女の雰囲気は広場での戦闘中とはまったく違い、

 勇ましさや激しさというものがまったくなかった。

 いまの彼女は、

 人見知り女子が、オドオドしながらがんばって話している。という印象だった。


「……玉井紅と申します。よろしくおねがいします……」


 彼女も、青石とおなじくらいの身長だろうか、しかし、

 

 深々とお辞儀をしてあたまをあげた瞬間、

 胸のアーマーごとそのデカイふくらみがボヨヨンと震えたのだ。

 なぜだろう?

 胸部アーマーにしっかりとしたスリットが入っていて、

 谷間はその深さを誇っているとはいえ、

 バストが金属製の赤い鎧ごと、

 ボヨヨン、ブルルンとやりすぎたプリンのように震えたのだ。

 なぜだろうか?

 しかも、

 気のせいか、その谷間に、なにか白いクリームのようなモノがついている。

 ホイップクリームだろうか?


 彼女はうつむいていて、十桜もうつむいてソコを観察していた。

 すると、


「あの、玉井さん……」


 よこから青石が声をかける。


「なんですか……?」

「……その……ずっと言えなくて……その、クリームが……」


 青石がボソボソっといった。


「え……あっ……」


 玉井は指摘されたクリームをハンカチで拭いていた。


「……はずかしい……気がつかなかった……」

 

 彼女はかおを真っ赤にしていた。


「ありがとうございます、青石さん……」

「……いえ……ずっと言えなくて……すみません……」


 二人は、ボソボソしゃべりながらペコペコしあっていた。

 

(似てるなあこのふたり……)


「あ、失礼しました……」


 玉井は、なぜか十桜にまでペコペコしていた。


「いや、ぜんぜん……おれも、よくご飯粒を盛大にこぼして

 家族全員につっこまれますよ。袖にまで飯食わせるなって」

「うふふ……あの、わたしたち、さっき、パフェを食べていまして……それで……」

「ああ、そうだったんですかあ。よく遊ぶんですか?」

「いえ……青石さんとは、さっきの広場の戦いではじめてあって……」

「ええ……! そうだったんですかあ」

「はい……二人とも、はじめて連携攻撃ができて……

 それで、わたしがフルーツパーラーにお誘いしたんです……」

「へ~、すごかったですもんね。お二人の、ロープで脚を止めて、ハンマーで打ち抜く感じっ! あれは感動しましたッ! とても初対面の相手とは思えませんよぉ」


 十桜はそのときのことを思い出して、にわかにオタクを出していた。

 結構早口めになっていたのだ。

 だが、もっとしゃべりたい欲をなんとか抑えた。

 彼女らを引かせちゃわるい。


(だめだ……がまんがまん……)


 ちょっと黙る。


 すると、青石の視線を感じた。

 彼女をみた。

 あたたかな雰囲気のほほ笑みがむけられていた。 


(笑った……!)


 十桜は彼女の笑顔を初めて見た気がした。

 しかし、キリッとした瞳はすぐにそれてまった。


「あ……あの……ありがとう、ございます……」


 青石はうつむいたままいった。

 からだは十桜のほうを向いている。

 消え入りそうな声だったが、十桜は胸がここちよくなった。


「そうです……青石さんのロープスキルのおかげです……」玉井がいった。

「いえ……玉井さんが、すごい、です……」青石がボソボソっといった。

「ふたりとも、すごかったですよ」十桜は静かにいった。

「いえ……そんな……三日月さんがとどめをさしたので……」


 玉井は、十桜に大きな瞳をむけたかと思えば、すぐにその瞳をそらした。


「……そうです。三日月さんが、すごい、です……」


 青石はうつむいたまま、ぼそぼそっとつぶやいた。


「じゃあ、みんなすごいってことっすね」


 十桜はのんきな声をだした。


「そう、ですね……」


 玉井がボソっというと、三人はそれぞれに笑っていた。


 すると、


「かあああああ若者たちぁあ大空でも青春だあああねええ~~~~~!!」

『かあああああ旦那こんなところでも青春っすかああああ~~~~~!!』


 高めのダミ声と、ネコ顔のねこ声がハモっていた。


 そのとき、


 ――ガッ


「おおっ……」

「んっ……」

「あっ……」


 船体を横風に揺らされた。

 だが、


「……すみません……」

「ごめんさいっ……!」


 青石と玉井は、十桜のジャンパーの腕に、両側からそれぞれにつかまった。

 三人はつながって、しっかりと立っていられた。


 すこしすると揺れはおさまった。


 しかし、


「……」

「……」


 二人は黙ったまま、

 しばらくジャンパーの袖をそれぞれに掴んでいた。


(このまま両腕あげられたら、“宇宙人つかまる”みたいになるなあ……)


 飛行船、魔犬わんわん号は、不器用な青春を吉祥寺へと運んだ。



 0046 現場へ向かうまでの20分






================================

読了ありがとうございます。


気に入っていただけたら、

フォロー・応援・レビューしていただけると作者の励みになります!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る