0045 うちを出るまでの45分


 十桜とそらはおそろいのネックレスをつけた。

 

 十桜はいやがったが、

 妹は、天使のまなざしで見つめてきたので断りきれなかった。


 こうして広場から出た。


「はぁ~……」


 なんだか、息がもれた。


「うふふ、お兄ちゃんおつかれさま」

「ああ……」


(やっと帰れるのか~)


 かに見えた。


「お~~~~い! 三日月いいいいい~~ッ!」


 ゴダイが現れた。


 ――コマンド

  ・会釈して帰る

  ・じゃーね~って帰る

  ・気がつかないふりして帰る

 →・にげる


 十桜は、走った。

 逃げたのだ。


「あっ……お兄ちゃん……」


 そらの手を握って。


「おおおい! なんで逃げるんだよおおおお――ッ!!」


 ゴダイには礼をいうつもりだった。

 なのだが、その声を聞いた瞬間に広場の外へと動いていた。

 休日のはずの一日に、いろいろなことがありすぎた。

 もう、疲れまくっていて、これ以上ひとと絡みたくなかった。


「三日月ぃい~! 一杯おごらせてくれえええェ――ッ!!」


(おごられるのは好きだあァ――ッ!! だが断るッ!!)


 もし、飲みに誘われたなら、今回は行ってもいいかなあ? と思っていた。

 だが、いまはそらもいるし、

 十桜にはまだやるべきことが残っていた。


(アイツらをなんとかしなきゃ)


 あのニヤついていた悪漢どもは、まだのうのうとどこかにいるのだ。


 二人は電車に揺られて帰った。


 十桜はコインロッカーの装備を回収して着替え、

 帰りもまた北斎広場を通った。

 それから、なんとなく母対策をした。

 そらを先に家に帰したのだ。

 三分後、玄関の前でやっと《青白い眼》をオフにした。

 

『旦那ァ~またのご利用を~♪』

『たまたま~♪』


 助手とみずたまくんがハンケチをふってドロンと消えた。


 玄関にあがる。

 すると、むぎゅっとタックルをされた。


「おかえり……」


 胸元にひっついている妹は、

 迷宮最深部の、秘密の森に咲く小さな花のような声でいった。


「おまえ……」

「いつもと同じじゃないと変でしょ……?」


 その場に母がいるわけでもないのに、

 そらは、ダンジョンから帰還した兄を迎える妹を演じていた。


「やさしいそらを、なでて……」そうささやくので、


 十桜はそらのあたまを拳でぐりぐりしてやった。


「お兄ちゃん、いたいよ~……も~……! えへへ」 


 そらがにやにやと笑ってると、ドスドスと何十年も聞いている足音がした。


「あらあ、十桜おかえり~、も~、そらはほんとお兄ちゃんこね~……る~らら~」


 母は二言いうと、ご満悦で歌いながら居間にはいっていった。


「るるららら~……この、銀河に生まれ落ちて幾星霜いくせいそう

 ああ、あっしはどこへいくのでやんしょ~~……♪」


(なんて名前の歌だよ……)

  

「そら、もういくぞ」

「うん」

「……」


 そらは「うん」といっても離れない。

 構わずに歩いてもひっついたままついてくる。

 なので、


「このやろう!」

「キャ~!」


 妹を抱きかかえた。

 お姫様だっこで居間につれていった。

 

「……あ~ら奥さ~~ん……」


 外からデカイ声が聞こえた。

 母は店から表に出たらしい。


 そらを抱きかかえたまま、テーブルと壁の隙間、

 いつも十桜、莉菜、そらが座る座布団のうえに寝かせ、

 十桜はそのまま離れようとした。

 しかし、そらは首に回している手を離さない。

 その状態はまるで、恋人同士がアッチッチするかのような体勢だ。


「おい……はなせ」

「いや……このままぎゅっとして……」


 そらの息が、ふわっと首筋にかかる。

 妹にふざけた感じはない。

 

(そら……)


「……お兄ちゃんはもう落っこちたりしないから」

「ほんと?」

「ほんとうだよ……もうタワマンなんて登らないよ」

「うん……」


 そらくすりとしてほほ笑み、その手がほどけた。


 十桜はたちあがる。

 そらは手をのばす。

 その手をつかんで引っ張りあげた。

 

「きょうのおかずはとんかつだよ」

「そっか、じゃあ楽しみだ」


 そらは台所へいった。

 十桜は、茶箪笥ちゃだんすにしまっていたノートパソコンを屋根裏部屋に持っていった。

 

『SakAba』を開く。

 ダイレクトメッセージが複数来ていた。

 そのうちの一件を開く。


《稲妻ラプソディー》のサブリーダー、

 宮島 いわおからのメッセージだ。

 その内容は、


 プリーストの女性は我々が保護して全回復した。


 という報告だった。


 その文面を見た十桜は一気に脱力した。

 力が抜けたことで、自分が力んでいたことに気がついた。


 仰向けになって深呼吸をする。


 しばらくして起き上がると、

 莉菜とのグループメッセを開いた。


 アカウント:りな


『 せんぱい! 』


 短い言葉の下に、たぬきさんスタンプがニコッとしている。

 そのまた下には、

 路地をゆく猫が、振り向いている様子の写真が添付されていた。


 ほっこりした。

 平和そうなのでひとまず返信は後回しにする。

 

 ここからは昼間の後始末だ。


 新宿広場の戦闘のなかに、顔見知りの冒険者が八人いた。

 彼らにメッセージを送り、その後の事情を聞く。


 メッセージは次々と返ってきた。 


 ファイブキメラを一体仕留めた時点で、

 悪漢四人はその場から消えたらしい。

 もう一体のキメラを召喚札に戻してから。


 そのキメラにとどめを刺したのは《新宿の番人》だ。

 彼は、非番だった所を緊急に呼ばれて急行したのだ。


《ブレイズ》のことも聞くと、六人とも無事だったようでよかった。

 あの場で『戦闘不能』状態になった者は多くいたようだが、

『死亡』状態になった者は一人もいなかった。

 観光客にも被害はない。

 しかし、近隣の建物で焼け焦げたものもあり、

 燃えて黒焦げになった街路樹もあった。

 十桜が追跡した大岩猿の被害は、言わずもがなだ。

 

 それと、あの場にいた冒険者を一人紹介してもらい、

 その彼女にメッセージを送った。


 返信待ちのあいだ、十桜は一階におりた。

 居間で寝ているねこのドアップを、ノートパソコンのカメラで撮る。

 それを莉菜に返信する。

 猫には猫で対抗しようというわけだ。


 そうしているうちに新たな着信があった。

 それは、《Sakaba》ではなく、パソコンのメッセージソフトのものだった。

 

 アカウント:そら


『 お兄ちゃん 』 


 短い言葉の下に、イラストが添付されていた。

 それは、十桜を2.5頭身にデフォルメ化させたものだった。

 かわいい絵だが、ちゃんと、目のところの傷もある。

 服装は、今日買ったロングTシャツとジーパンだろう。

 左胸ワンポイントの狼は、胸にデカデカと描かれ、

 左側だった隻眼も、十桜の傷と同じ右目に変更されていた。

 お料理中にさささっとスマホで描いたのだろう。


(……ん? 途切れてるのか?)


 そのイラストはちょっと変だった。

 絵の十桜は、誰かと手をつないでいるのだが、

 そのつないだ手の相手が途中で切れていて、誰だかわからないのだ。


(これ、そらかなあ……)


 十桜は自分の真顔のドアップを撮り返信した。

 その間に『SakAba』の新着があった。

 莉菜からだ。

 彼女がリンゴ片手に笑顔でピースをしている自撮り写真だった。


(かわいい)


 グラビアの作り込まれたものとはまた違う、素朴な愛らしさがあった。

 十桜がアイドルのリアルオフショットに癒やされていると、

 そらからも着信がきた。

 そらが台所でキャベツ片手にピースしている自撮り写真だ。


(こいつらリンクしてるのか……?)

 

 二人の写真を並べて眺めていると、別の着信があった。

 紹介してもらった冒険者からだった。


 彼女、《バンディット》の青石あおいし すみれに、悪漢捕縛のための同行依頼をした。

 彼女は、大岩猿の脚をロープで捕まえた冒険者だ。

 あのロープには二度も救われた。

 そのことも感謝とともに伝えた。

 

 彼女からの返信は、

 冒険者をもう一人連れていっていいなら引き受ける。

 という条件付きのものだった。

 十桜は迷いなく条件をのみ、依頼は成立。


 あとは、もう一組の冒険者を呼び出すだけだった。

 メッセージを送ると返信はすぐに来た。


『 ボクちゃんたち、も~~上に来てるんよ~~~~~~~ん!!! 』


 その声が、簡単に脳内再生される文面だった。


 時計は16:37を表示。

 晩飯はだいたい19:00。

 あと2時間23分。

 それまでには戻ってくる。


 十桜は窓から屋根によじ登り、そこから《跳躍》。

 魔犬わんわん号の入り口に飛び込んだ。



 0045 うちを出るまでの45分






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