0044 おそろいだね

 十桜を背中に乗せた飛行船は静かに飛んでいた。

 仰向けの体を包む素材はふかふかであたたかく、風は涼しい。

 雲はゆったりと流れている。

 まぶたが重い。


 ――いい匂い。

 ――なでなでが気持ちいい。


 夢を見ていた。

 懐かしい夢だ。

 

 ――ピィイイィィ~~


「お……」


 鳥の鳴き声に起こされた。

 ほんの数秒だけ眠っていた気がする。


『――ピィ、ガガッ……あーあー、三日月十桜くんん、

 もうすこしで着くからぁ眠って落っこちないでよォオ~』


 スピーカーからのダミ声で眠気はなくなり、 

 それからすぐに飛行船は動きを止めた。

 新宿ダンジョン前広場に着いたのだ。

 機体が地面に着地すると、十桜は仰向けにしていた上体を起こした。

 

 周囲には冒険者が大勢いて、

 ギルド職員とともに掃除や片付けをしているひとたちもいた。

 広場の外周には規制線が張られ、燃えていた樹木は鎮火されている。

 風が、たまに焦げたにおいを運んでくるが。

 

 周囲をさらに見渡した。


(……もう、帰ったかなあ……)


 自分の盾になって守ってくれたガチムチ戦士ゴダイを探したのだ。

 彼に一言礼をいいたかった。

 しかし、彼の坊主頭は見つからず、

 代わりに、周囲からかなり浮いた集団を見つけた。

 それは、濃紺と黒で統一した装備をつけている冒険者たちだった。


「おおおッ」


 つい声が漏れてしまう。


 彼らは、警視庁所属の冒険者、

 地龍の十一機こと、《第十一機動隊》だった。

 日本の治安を守ってくれる彼らがここに来ていたのだ。


 騎士盾や、マントの背中にはいる『POLICE《ポリス》』の白文字がまぶしい。


(スゲエエエエエエ……!!)


 それに、彼らと話しているのは、

《新宿の番人》と呼ばれる、

 新宿ギルド警備部の本田 平蔵チーフだ。


(いやあッ、こりゃあたまらんッ……!!)

 

 彼らの姿をひさびさに生で見た。

 寝ぼけていた頭と顔がシャキッとした。


 そのシャッキリした勢いで飛行船の天井から滑り降りた。

 着地はロール受け身が決まった。

 ダメージはない。

 やっと地上の地面に立てた。

  

 しかし、


 ――ぼふっ


 喜びを噛みしめる兄の胸に飛び込んできた妹は、


「ぐすっぐすっ……」と泣いていたのだ。


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん……よかった、よかった……ほんとうに……」

 

 ちいさな声が、ぽつりぽつりとつぶやく。


「すまん……そら……ありがとな……」 


 おそらく、そらは十桜と別れたあと、中野の新宿第二拠点に向かったのだろう。

 助手に最寄りのギルドの場所を聞いたのだ。

 そこで、新宿の十桜の元に戻るため、ギルドに護衛依頼を出した。

 そのタイミングに居合わせたのが《スリーマン・リスペクト》だったのだ。


「……ちょっと~聞いてないですよ~ッ!」


 十桜がそらをなでなでしながら妹の取った行動に思いを巡らせていると、

 女性が怒鳴る声がした。

 彼女はギルド職員の制服を着ていた。

 

「……コレなんなんです~!? すぐにどかしてくださいッ!!」

「ああ~、ちゃぁ~んとギルドには着陸許可出してもらったんですけど~、

 それより美人のお姉さ~ん、

 ボクちゃんとこれからこの【魔犬わんわん号】で空中ディナーでもぉ~……」


 ギルドのお姉さんに怒られながらナンパしている猛者は、

 スリーマンの《中位盗賊バンディット》、左桃田ひだりももた 平太へいただった。

 彼の高めのダミ声は、飛行船のスピーカーで十桜に話しかけた声と同じだ。


「ねぇ~~いいでしょぉ~!?」

「イヤですッッ‼」


 ――バチイイィィィィィンッ


 お姉さんは拒絶の咆哮とともに平太にビンタを張った。

 命大丈夫か? と心配になる炸裂音が響き、

 ガリガリな細身で中背の彼は、その平手打ちでクルクル回りながら、


「しゃれこうべ~……!」と叫んで吹き飛んでいた。


 それは置いといて、


「あなた、丈夫だねぇ~、回復はもうしてもらったようだねぇ~」


 そういって、そらに拘束されている十桜に甘ぁ~い声をかけてきた女性がいた。

 彼女は、スリーマン・リスペクトのリーダー、

 というか女王、

《魔道士》中仙道なかせんどう 綺羅々きららさまだった。


「あ、ありがとうございます……!

 そらも俺もたすけていただいて……!」


 十桜は緊張していた。


 彼女は、まつ毛が長くてパッチリとした色素の薄い瞳。

 鼻が高く、ボテッとした紅い唇の超美人だ。

 そして、オレンジ色の髪は美しく、

 その長い髪をかきあげる仕草はハートをしびれさせた。


「いいんだよぉ~……あなた、つよいんだねぇ、魔法で覗かせてもらったのぉ」


(うおおッ)


 青白い眼は、そういう彼女のマントのなかに釘付けになってしまっていた。

 そのなかは、怪盗燕ばりのボン・キュッ・ボンのボディがチラ見えしていたのだ。

 装備は、ボンテージのワンピース水着のような

 THE・女王様で、網タイツにハイヒールを履いている。

 長身の彼女がクネッと動く度に、

 マントのなかに見えるセクシーの角度が変わっていく。


(いかんッ! いまはそらとの感動の再会シーンだ!! 俺のバカッ!!)


「お兄ちゃん……綺羅々さんたち、すごくやさしくしてくれたの……」

「そッ、そうか……スリーマンさんに依頼が頼めて幸運だったな……」


 十桜が、ちゃんとお兄ちゃんをしようとしていると、


「ホントにそんなに強いんかぁ?」 


 低いダミ声が聞こえた。


 スリーマンの《拳闘僧侶》右重山みぎおもやま 甚五じんごが綺羅々さまに話しかけていた。

 彼は、マンガ肉を食いちぎりながら、

 その肉から飛び出している骨を十桜に向けた。


「そりゃあ、つよいのなんのってぇ……

 とてもレベル2の動きなんかじゃあなかったよぉ」

「ほ~~ん、じゃあワシと一勝負しようや、あんちゃん」


 右重山が手にしていた肉を口にくわえ、拳を鳴らすと、


「この、脳みそドテカボチャぁ」


 綺羅々さまは、小柄で筋肉バッキバキ体型の彼の肩に手をかざした。


 すると、


 ――バチッ


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおォォ――――ん……」


 ――ボチャ~~ンッ


 彼は水平に20メートル吹き飛び、噴水の中に落ちたのだ。

 綺羅々さまは衝撃波呪文をつかって手下をしつけたようだった。


 ということで、広場で魔法がつかえるようになっていた。


 ギルドは、広場での《対魔法結界アンチ・マジック・ミスト》の散布を停止させていたのだ。

 しかし、ギルドはモンスターが現れた時点でミストの散布をやめていたはずだ。

 だが、ミスト散布をやめても、

 30分は結界の効果が持続するため、

 戦闘中、即魔法使用とはいかなかった。 

 

 そんなふうに十桜が現状を考察していると、


「……ちょっと起きてください! この気球、すぐにどかしてください!」

「いやあ~ボクちゃん、いいのもらっちゃったあ、というか、

 このワンワン号は気球じゃなくてぇ、

【魔犬】に模した鼻が利くお利口飛行船なのよォ~、

 これで大人の東京上空クルーズをォ~……」


 などと、またも左桃田平太がギルド職員のお姉さんをナンパ。


 ――バチイイイイイイ


 やはり、再びお姉さんのビンタが細面の顔に炸裂。


「ダイスキでぇえええす……!」

 

 クリティカルが決まり、ダミ声の告白が広場に響いた。

 すると、職員のお姉さんはプンプンしながらどこかへいってしまった。


(……このひとたちは……

 おれたちの湿っぽくてロマンチックな雰囲気を邪魔してはばからない……!)


 十桜はひとまず自分のすけべ心は棚にあげてイラッとしていた。

 それに、ついさっき死にかけた後だとはとても思えない。

 強敵とのギリギリの戦いを制し、

 高層マンションから落下したのはなんだったのか……!?


 やはり、ダンジョンは深い。

 今回地上だけれど……


 それと、なにか妹のうしろに妖精が見えた。

 そいつは、こっちに近づいてきているような気がした。


『……ああ、旦那ぁご兄妹の再会をじゃましちゃいけないとおもってぇ……』


「お兄ちゃん、いっしょにかえろ」

「ああ、帰ろう」


『……あっしはうしろにさがっていたでやんすが……』


「お兄ちゃん、おんぶして」

「なんでだよ! おれ死にかけたんだぞ!」


『……まあ、旦那が無事でよかったでやんす……』

『たまたま~』

『あ、みずたまくんただいま~……』


「だって、お兄ちゃん……」

「あ、ちょっとまってくれ……」


(……おまえも本当にありがとな。おかえり助手くん)


 十桜は、目の前にもどった助手のあたまをなぜてやった。


『旦那ああああああぁぁァァ――――!!』


 すると、

 ネコ顔の助手とみずたまくんは、滝のような涙を流してハンケチであれしていた。


(……なんでみずたまくんまで……)


 ここに来たときと同じ全員が揃うと、

 十桜とそらは、

 スリーマン・リスペクトの三人にあらためてお礼を言った。

 それから広場を出ようとしたとき、ある大事なことを思い出して、

 十桜はスリーマンのところに戻った。

 そこで、彼らと少し話してからそらのところに戻った。


 そして二人は新宿の広場を出た。


「……お~~~~い! ちょっと待ってくれェェ――!!」


 いや、その前に呼びとめられた。


「あっ! ナイフ代忘れてたッ!!」


 十桜はうなった。

 呼びとめてきたのは、武器屋の店主だった。

 彼に、ナイフ二本分の代金を支払わなければならない。

 それと、道具屋のスピードポーションも未払いのままだ。


「すみません、いま払います!」

「いや! お代はいいから、かわりにサインちょうだいよ!!」


 店主はあごヒゲを撫でながらいった。

 彼は十桜のランキングのことをなにかで知ったのだろう。


 十桜は生まれて初めてサインをした。

 さっきまで使用していたものと、同じタイプのナイフの鞘と、

 それと色紙の二つに。

 

 屋外なのに、油性マジックのにおいが妙に鼻をくすぐった。

 

「……あ、《隻眼のナイフ使い》ってのも入れてほしいなあ~」

「いや……それはちょっと……」

 

 それは断った…… 


 それから、お代を払いに道具屋にいくと、


「オレもサインちょうだい!」


 アイテム代を払い、店主の前掛けにサインをすると、


「これ持ってきな! あ、これとこれも!」


 スピードとパワーとディフェンス、

 それぞれがアップするポーションを各種くれたのだ。


 用事が済み、そらを呼ぼうとすると、

 妹は陳列しているアイテムをみていた。

 その姿がいいなあと思った十桜は、そらの見ていたアイテムを購入した。


 それは三日月モチーフのネックレスだった。

 十桜は、これを二つ買った。


 月をベッドにして猫が寝そべっているデザインのものだ。

 これは、冒険者の《彫金師》がそのスキルで制作したもので、

 冒険者が装備すれば運の良さが『 +3 』される。


 こういったアクセサリーは、観光客にも人気でよく売れているようだった。

 冒険者の稼ぎ方の王道は探索や依頼の請負いだが、

 他にもこういったアイテム・クラフトでの収入も大きかった。


「ありがとう、お兄ちゃんとおそろいだね」 

「いや、これは莉菜ちゃんにあげようと思って……」

「そっか……お兄ちゃんやさしいなあ」


 そういってそらはほほ笑む。

 そして十桜のあたまをなでなでしてきた。

 かと思えば、そらは同じネックレスをもう一つ買ったのだ。


 そして、


「え? 俺に……?」


 十桜にプレゼントしてくれた。


「おそろいだね」


 そらは、しあわせそうな顔をしていた。


(なんてこった……)

(おれはいままで……)


 十桜の妹は、

 兄の命を救ってくれて、

 幸運のネックレスまでプレゼントしてくれる女神のような天使なのだ。


(……当分プリン食えねえなあ……)


 そんな妹のプリンを盗み食いできるはずがなかった。


(今年はやめとこう……)


 盗み食いは、来年元旦から再開する予定だ。

  


 0044 おそろいだね






================================

読了ありがとうございます。


気に入っていただけたら、

フォロー・応援・レビューしていただけると作者の励みになります!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る