0043 男の戦い
大岩猿のゴツゴツした全身鎧のような体。
その各関節に黄色い光のスポットは伸びていた。
赤いスポットも一つある。
ヤツの首後ろからチラッと視える。
それは、背中の首の付け根から出ているものだ。
半歩動く。
そうしようとした時、
先に向こうが動いた。
大岩猿は、抱えているプリーストをお姫様抱っこのような形にした。
そして屈んだ。
ゆっくり、ゆっくりと。
赤子をあつかうように、彼女を芝生に横たわらせた。
(……えッ……?)
さらに、目の前のモンスターは横へとゆったりと移動していった。
彼女から7、8メートル離れてとまる。
十桜は言葉がなかった。
ただ、ヤツとの距離が離れすぎないように動くのがやっとだった。
見開いた青白い眼には、ヤツのステータスにあった、
『女好き』
という項目が、やけに大きく浮かびあがっていた。
それは、《ダンジョン・エクスプローラー》の機能なのか、
自分の精神がそう見せているのか、どちらかはわからない。
女好きといっても、
そういうタイプの“女好き”なのか……
好きだから大切にする……いたわるという……
このモンスターが、横たわる女性に乱暴を働くイメージができない。
しかし、
こいつは、“ずらかれ”と命令されているんじゃないのか?
例えば、十桜や追っ手から逃げきれたとして、
あの悪漢どもに彼女を渡してしまったら、
彼女が、どうなるのかをわかっているのか?
あの悪漢どもは、あの余裕さは、おそらく、
なんらかの、緊急脱出方法があってのモノだろう。
召喚モンスターを放った後、
いつでも逃げられたはずなのに、その様子がまったくなかった。
プリーストを一緒に連れて行かないのは、
あらかじめ、設定した人間しか移動できない術なのだろうと推測できる。
十桜たちと大岩猿との戦闘中、
《ブレイズ》の魔術士は地面に横たわっていた。
それがチラリと見えた。
おそらく戦闘不能になったのだ。
悪漢どもは、ソレが見たかったのだろが、
仕返しした後も、ニヤついた雰囲気で戦闘を見物していた。
大岩猿は、そんなヤツラに使役されている魔物なのだ。
コイツには、この『女好き』の大猿には、“その後”がない。
このプリーストの女冒険者を主人に引き渡し、
その後は、また召喚札に封印されるのだ。
コイツが、命令通りに彼女を連れ帰れば、
大岩猿はその彼女を大事にすることができない。
「……」
十桜の眼に映るスポットは、その数が減ってしまっていた。
「あっ……」
いまは、ヤツの背中にある首の付け根から一本出ているだけだ。
しかも、その色が赤から黄色に変わっていた。
(……なっ、なんでッ……!?)
自分が、目の前のモンスターに同情してしまったからなのか?
戦闘意欲が減ってしまったのか?
だから、相手の弱点が視えなくなってしまったのか?
アイツは、案外いいヤツかもしれないが、いまは敵には違いない。
妹との時間を奪い、銅像を破壊し、冒険者をさらったのだ。
いや、プリーストの彼女さえ返ってくればいい。
妹のことは心配だが、いまのコイツとは関係ない。
十桜が混乱するなか、
大岩猿は自分の筋肉というか、石の鎧を自慢するかのように腕を動かしはじめた。
それは、喧嘩が大好きなボディビルダーという感じだった。
そして、「ゴァァ――――ッ」と唸る。
コイツには威嚇のスキルはないから、目に見えた効果はない。
ただ、気持ちの昂りでそうしているのだろう。
なのに、それを目の当たりにした十桜は、
身体がビリっと痺れた。
そして、自分のしていた同情がちっぽけなものに思えた。
(……こいつは、ただ、“戦い”なんだ。その後なんて関係ない)
相手の後ろにいるヤツなんて、どうでもよかったのだ。
十桜は勝手に考えすぎていた。
(プリースト救って、そらと一緒に帰る)
0043 男の戦い
十桜は一歩進んだ。
ヤツも一歩迫る。
また一歩一歩と互いが近づいてく。
すると、近づくごとに一つ一つ黄色いスポットが生えていく。
そして、ヤツの岩鎧の隙間隙間から湯気が立っていった。
どちらも構えずに2メートルの距離でとまった。
弱点を教えるスポットは完全に元に戻っていた。
ヤツの体皮も真っ赤に染まっている。
その色と揃うかように、首の付け根から赤い光が伸びていた。
青白い両の眼はその輝きを増し、十桜を包む白い炎は煌々と燃えた。
しかし、《
スキル終了まであと5秒。
こうなれば、再使用にはインターバルが必要になる。
赤い状態の大岩猿に勝てる見込みはほとんどなくなる。
ヤツの右肩がピクリと動いた。
身体を回転させながら、拳が下段へと伸びる。
ノーモーションから足を狙ってきたのだ。
十桜は伸びてくる拳に回り込み、
その腕の付け根に伸びる、黄色の光にナイフを突き刺す。
――4
同時に、叩かれた芝生から飛沫のように土があがった。
それは、すでの次の動作にはいっていた十桜にかぶさった。
十桜は飛沫に構わず、バックステップでヤツの側面2メートルに離脱。
ヤツは芝生を叩いた拳を、
ショベルカーのように腰を回転させ、
土くれとともに十桜を追った。
――3
十桜は更にバックステップで回避。
後退中、眼に痛み。
土がはいったようだ。
片目を閉じる。
そのときには、
ヤツは、バックステップに合わせるように一瞬で巨体を近づけてきた。
このまま押しつぶす気だろう。
しかし、これ以上のバックステップはできない。
後ろはマンション屋上の縁だった。
更に後退すればガラスの壁に衝突することになる。
――2
十桜は、着地とともに更に後方に跳躍。
ガラスの壁に背中が衝突。そのとき、ヒザを曲げて足裏を壁におっつけた――
――《跳躍》。
迫るヤツの頭すれすれに跳び、
すれ違いざま、
刃を突き立てる。
首の付け根の、赤いスポットに。
――1
ヤツの、『 595 』あったHPは一気に『 0 』になり、
『死亡』表示がついた。
その刹那、
岩鎧の上体が回転した。
いや、ナイフを突き立てる瞬間には上体を回転させていたのだ。
巨体は、壁に背中を向けながら倒れ込み、
十桜はその壁に激突。
――0
ガラスは割れ、
握力を失った手はナイフを放し、
光が消えた全身は屋上から投げ出された。
青い空に白い雲。
落ちてゆく体。
真っ白になる頭。
胸に、家族との思い出がよみがえる――
じじ、ばば、父、母、ねこたち。親戚たち。
そら。
莉菜。
同級生。
先輩。
友達。
なんか遠い昔の友達。
いろんな話をしてくれた冒険者たち。
強敵たち。
モンスター。
ダンジョン。
助手たち。
妹のために作ったガンプラ。
――あと、まだ大事なひとたちがいる。
幼い日に、離れ離れになってしまった大事なひと。
迎えにいかなくちゃ。
(……あ、そらを迎えに行かなくちゃ……)
死んでる場合じゃなかった。
あいつはもう、泣かせられない。
どうすりゃいい? 地面に着地した瞬間、バックステップ?
いや、
また跳躍か……!?
まあ、運が悪くなきゃ生き返られるはずだけど、
こんなことなら、腕や背中にひっつく、
あの大福のようなふくらみを、もっと味わっときゃあよかったなあ。
いや、そりゃあ、お兄ちゃんとしてどうなの?
いまのはナシで。
……こんなとことなら、
あいつをもっと抱きしめてあげりゃあよかった。
かわいいっていってやりゃあよかった。
もっとなでなでしてやりゃあ……
あっ!
莉菜ちゃん、俺がいなくても一人で寝られるかなあ……
こういうのそらにバレたら怒られるかなあ……
でも、莉菜ちゃんはほっとけないからなあ。
いや、あの娘は俺よりも全然強くてタフで本物のヒーロー感あるしなあ。
なのに、夜になると、ふにゃふにゃのあまあまになっちゃうのが……
なんなんだあのギャップは。
まあ、莉菜ちゃんとそらが仲良しってのが、
俺てきにはほほ笑ましくて、しあわせなんだよなあ。
ふたりの会話はつい聞いちゃうもんなあ。
いやいや、いまはそれどころじゃかったなあ……
……ええと、どうやったら助かるんだ?
――ブフッ
意外と早く地面についてしまった。
たのだが、あんまり痛くはなかった。
痛すぎて逆に痛くないパターンだろうか。
頭から落ちたのに、すんごいウソのような弾力があった。
着地したとき、体が何回か跳ねて、いまは大の字になっている。
そこは、黒っぽくて丸みがあって、
まるで、飛行船のガス袋の表面のような地面だった。
いや、ズバリそのようだ。
『……ああ、テステス……三日月十桜くん~、
妹さんは我々スリーマン・リスペクトが護衛しているから安心してね~……!
あ、こんなこともあろうかと思って、
天井のガス袋は柔軟剤で乙女の柔肌みたいにしてもらったから~
痛くなかったでしょォ~!?』
ダミ声が響いた。
スピーカーからの声だ。
下のゴンドラからのものだろう。
その話は、十桜の予想した通りのものだった(柔軟剤のくだり以外は)。
この、【魔犬】を模したフォルムの飛行船は、
上級のような実力の中級冒険者《スリーマン・リスペクト》の持ち物のようだ。
そして、なんと、そらは彼らに護衛依頼をしたらしい。
『……大丈夫お兄ちゃん!? そらだよ! すぐに新宿の広場におろしてくれるって!
そうしたら回復してくれるって! お兄ちゃん、もうちょっと待ってて……』
そらの声が響いた。
その声は、迷宮最深部の、秘密の森に咲く小さな花、というより、
ただただ、大事なひとのことを想う女の子、といった感じのものだった。
「そら……おれ、生きてるぞ……」
十桜はなんとか声を絞り出した。
そのとき、また別の声が青空に響いた。
「ジュウゥ~~ロオオオオオオオォォ――ッ!! 無事かああああァァ――ッ!?」
その声に聞き覚えはあった。
そのビックリするほどの大声の彼は、黒い小型翼竜【ワイバーン】に跨っていた。
信じられるだろうか?
都庁が見える、新宿のビルが並ぶ大空に、
本物のファンタジーが飛翔しているのだ。
その彼は、
上級冒険者パーティー《稲妻ラプソディー》のリーダー、
君人は十桜がダンジョン巡礼散歩をしているときに、
初めて自分から話しかけてきてくれた冒険者だ。
初対面の十桜と楽しくおしゃべりしてくれて、
いまでは
背中に大剣を担ぎ、ワイバーンに跨る彼は、
十桜の近くまで来て並んで飛ぶと、
「おまえッ、生きてるなァッ‼」
そういってハイポーションを十桜の体にふりかけた。
しかし、いまは空中を移動中・・・
「アッ‼」
その全てが風に流れた・・・
「うおおおおッ! モッタイなああァァァ――ッ!!」
彼は端正な顔立ちを苦々しく歪め、十桜の横に飛び移った。
そして、仰向けの体を起こしてハイポーションを飲ませてくれた。
「ありがとうございます……君人さん、助かりました……!」
「おうッ! あとは俺たちにまかせろッ!」
君人はそういうと、ワイバーンに飛び乗り、
プリーストのいる高層ビルの方へと飛翔した。
そのすぐ後を、空飛ぶ冒険者数人とフェニックスのような鳥が続いていった。
================================
読了ありがとうございます。
気に入っていただけたら、
フォロー・応援・レビューしていただけると作者の励みになります!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます