0042 新宿クレイジークライマー

 

 高速で動くもの同士がすれ違った一瞬の出来事だった。

 十桜は前進を止めずに顔は飛行船を追いかけていた。


 なぜそらがいた?


 見間違いか?

 

 幻か?


 なんで?

 

 ビルの谷間を越えるたびに飛行船は豆粒のようになり、

 ついには青空だけになった。


(いなくなった……!!)

(……いやッ助手の反応もあったぞ……!!)

(それだッ‼ 大事なのはそこだッ‼)

 

 妹にばかり気を取られていたが、大事なことを思い出した。

 助手は、《ダンジョン・エクスプローラー》の範囲10メートル以内に

 一瞬だけかぶったのだ。

 拡張現実のように現れるネコ顔を思い浮かべると、


『たまたま~、たまたま~……!』

『……ピコンッ……』


 目のはじっこに浮いているみずたまくんがぴょんぴょんしだした。

 なにかの表示もポップアップされた。

 スキルツリーのミニダンジョンでニュースキルをゲットしたのだろう。

 だが、いまそんなことはいい。


 みずたまくんは十桜をなぐさめるかのように

 ににこにこぴょんぴょんしている。


(……ああ、そうだな……そらがいた……見間違えるわけがないよな……!!)

(やかましいやつの反応もあったし……)

(あれは絶対そらだ……なんであんなものに……)

(誘拐……じゃないよな……!?)


 しかし、拘束されているようには見えなかった。


 表情は憂いているように見えた。


 そらは無事なのか?


 そればかりが気になる。


 なにかあれば、ネコ顔の助手が特攻をかけてそらを護るだろう。


(……いや……あいつで大丈夫かなあ……火ぃ吹くだけだしなあ……)


 それと、他にも冒険者反応が一つあった。

 女性の魔術士だった。


(……誰なんだ……!?)


 いまの青白い眼の射程圏では、

 ゴンドラ内部の全てを視ることができなかった。

 とてつもなくもどかしい。


 後ろ髪が引かれまくる。

 前進すること自体がストレスだ。


 ビルとビルの間を跳び、着地したまた瞬間振り向いた。


 わかっちゃいるが、やはりなにもない。


 いや、


 空に浮かぶ豆粒があった。

 それは見間違いか、徐々に大きくなっているように見える。


 顔を前に戻し、駆け、次の谷間を跳ぶ。


 こっちに来ている!?


 あれはなんだ? 冒険者のマシンか?


 ゴンドラを浮かばせている丸いガス袋やつが異様に小さかったような……


 空飛ぶんだから飛行船はもっとデカイんじゃないのか?


 飛行船アレ自体にはアイテム反応もスキル反応もなかった……


 こういうのは喜多嶋のようなスキル……


(……もしかして、スリーマン・リスペクトなのか……?)


 それは有名な三人組パーティーだった。

 彼らは、レベルは中級だというのに、その実力は上級クラスという噂だ。

 一つだけ感じ取れた魔術士の反応は、レベルが30ちょいだった。


 その有名冒険者かもしれない。


 彼らのなかの一人が、

 ふざけたモンスター型の乗り物や装備を、様々に作り出すという話がある。


 アレがそれなのか?


 他にも誰か乗ってたのか?


 冒険者がスリーマンなら……


 こっちに来るのなら……


(そらは俺を追ってきたのか……!?)

(合流するのか……!?)


 少しホッとしながらもまだ混乱していると、

 大岩猿が目の前で大ジャンプした。


「なにッ!?」


 ヤツは、30階はありそうな高層マンションに飛びついき、

 ベランダの手すりから、上のフロアの手すりへとズンズン登っていく。

 ひと一人を抱えながら、残った三つの手足で器用に上昇する。


(そら……無事でいてくれ……!!)


 十桜のなかでは、やはり、モンスターと冒険者を追いかけることになっていた。

 しかし、まず、

 七メートルの谷間を跳んでマンションのベランダに張り付かなければならない。

 どうしたものかと考えようとすると、


『たまたま~たまたま~!』


 またみずたまくんがさわがしい。


(……そうかスキルツリーか!!)


 さっきニュースキル取得のしらせがポップアップしたのだ。

 お宝の地図を開く。

 すると、ネコ顔の冒険者コマは新たな宝箱を開けていた。


 その中にあったのは《跳躍》のスキル。

 

「これで行ける……!!」


 一本のナイフはリュックにしまった。

 もう一本は口に咥えたまま。


 そして、《跳躍》。


(うおおおおおオオオオォォ――!!)


 身体が軽すぎる。


 7メートルの幅跳びができればいいと思った。

 しかし、十桜の身体は、屋上の床から二階分の高さには舞いあがっていた。

 想定より一フロア上のベランダ手すりに取りつく。

 横目に見た金属製のバーはひしゃげていた。

 すぐさまバーに立ち、上層に向けて《跳躍》。

 一層一層、昇っていく。


 その動きは速い。


加速装置アクセラレータ

 +

《跳躍》


 これで、


 大猿よりも素早い動作でタワマンをロッククライミングしていく。


 しかし、その分、行動体力値の減りも早く、

 ポーションをつかっている間に縮まった差が開いてしまう。


 しかも、


 植木鉢やら傘やらなにやらを落下させてくる。

 なにか、長い紐も落ちてきた。

 ヤツの脚を縛っていたロープだろう。

 しかし、ソレらはまったく十桜に当たる気配はなかった。


 かと思えば、


「うおッッ‼」


 自転車や椅子まで落ちてきた。


(……あっぶね~な~!! 下、大丈夫か……!?)


 真下を見ると、通りに人影はなかった。

 平日の昼間なのが幸いだった。


 などと安心していたら、


「嘘ッ!?」


 人が落ちてきたのだ。


 一瞬、大猿がプリーストの女性を落としてしまったのかと思った。

 だが、シルエットがちがう。

 その人影は神官装備ではなく、

 長いドレススカートがひらひらしているように見える。


 しかし、


(ヤバいヤバいヤバいヤバい……!!)


 ヤバいことには変わりない。

 十桜はその人が頭上に来た瞬間に飛び付こうとした。

 だが、なにか妙だ。

 静かだ。

 叫び声もなく、人影が一切動きもしない。


(気を失っているのか……!?)

(違うッ!!)


 頭上10メートルにまで落てきた人の顔にはサングラス。

 しかし、口元は笑っていた。

 肌感もプラスチックのそれだった。


《跳躍》はギリギリで留まった。

 それは"人”ではなくて"マネキン人形”だと確認できたからだ。


(あっぶね~……!!)


 人形は地面に落ちて飛散した。


「怖ええよぉ……!! あのサルふざけやがって……!!」


 この騒ぎで、

 ベランダに出てきた人に姿を見られ気まずくなったりもした。

 しかし、顔は見られていないはずだ。

 だが、気が気じゃない。


(……絶対通報されたよ……)


 大岩猿の落下物攻撃は、物理攻撃というよりは精神攻撃になっていた。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 それでも、ヤツより十桜の方が速く、その距離は徐々に縮まっていった。


 そして、二十階層以上登っただろうか。

 冒険者になっていなければ、足がすくむだろう高さにいた。

 青空の下に副都心のビル群と都庁が見える。


 次がおそらく最上階。

 

 這い上がったそこは、広い芝生のバルコニーになっていた。

 そのバルコニーを覆うガラスの壁は割られていた。

 

 大岩猿は、芝生の向こうにあるラウンジに近づいていた。

 十桜は、リュックからナイフを出し、口に咥えていたもう一本も握った。


 ヤツが向かったラウンジは、やはりガラス張りの壁に覆われている。

 それがガシャリと割られた。


(……何をする気だ……!?)


 ヤツは、落ち着いたカフェとリビングの合いの子のようなスペースに侵入すると、

 なにか物色しはじめた。


(……栄養補給か……!?) 


 ならば、


(背中をもらう)

 

 十桜は、卑怯などという言葉は褒め言葉だ、

 と言い聞かせながら灰色の背中に高速で迫った。


 ヤツとの距離が4メートルに縮まった。

 そこで、軽めの《跳躍》をつかい、一気に首筋を狙おうとした。

 しかし、それはやめた。


(怖すぎる……‼)


 背中があまりにも隙だらけだったのだ。

 だから、もう1メートルだけ進み、

 彼我の距離を3メートルにまで縮めた。

 その瞬間に《バックステップ》に切り替えた。

 十桜は攻撃すると見せかけて退いたのだ。


 その刹那――


 ――ブンッ


 裏拳が鼻先をかすめた。

 鉄球のようなそれは、風圧だけでバックステップする身体を吹き飛ばした。

 

「うおッ――」


 十桜は部屋の床に転がりながら、すぐにそこから跳び退いて表の芝生に出た。

 すると、投げつけられたコーヒーサイフォンを避ける形になっていた。

 やはり、無防備に背中を見せていたのは罠だったのだ。


 立ち上がり、

 青い匂いの芝生を踏めしめると最後のポーションをあおった。 

  

 灰色のゴリラのようなフォルムの猿は、

 ゆうゆうと芝生に出てきて、バナナの房をまるかじりした。


 ヤツは笑っていた。

 十桜も笑った。


 不法侵入者同士の最後の戦いがはじまった。



 0042 新宿クレイジークライマー






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