0041 妹と

 

 跳躍した大岩猿は樹上に着地。

 幹は悲鳴をあげるようにしなるが、足場が折れる前には再び跳躍。

 マンション三階部分の手すりをへこませ、

 四階、五階へとひょいひょい登っていく。

 そのときには、

 十桜はわずかな白い光をなびかせながら、

 同じビルの四階部分を駆けあがっていた。


(……屋上あがれるのか!?)

  

 そこのドアは施錠されているかもしれない。

 どうする? 

 そう思ったとき、踊り場の外に垂れ下がったロープが見えた。

 瞬間、片方のナイフを口に咥えソレに飛びつく。

 ロープを掴むと十桜の体はマンションの外側に飛び出し、

 上昇とともに振り子のように壁にもどされバウンド。


(痛ってえ……!)


 しかし、次にぶつかる前には壁面を蹴っていた。


 とてもニートの動きとは思えない。

 十桜は自分の行動にびっくりしていた。

 

(なんかこういうの、なんでできるんだよ……!?)


 頭上を見ると大岩猿は屋上にまで登っていて、

 ヤツの脚に繋がるロープは、

 ギリギリと手すりの向こうに吸収されて短くなってゆく。


(やばッ!!)


 ロープを掴む手が手すりにぶつかる寸前には放し、屋上の縁にブラ下がる。

 そのままよじ登ると、灰色の背中は宙に浮いてた。


 ヤツは隣のビルの屋上に飛び移ったのだ。


 手すりを乗り越え加速して進む十桜は、

 その勢いで反対側の手すりを蹴って隣のビルへ。


(……これ映画じゃん……!!)


 いま十桜がしてることは、関東ローカルニートの味方、

 テレ東『午後のロードショー』で放映されたものの再現だった。


 一メートル少々の谷間を跳びこえ、また屋上を駆ける。 

 灰色の背中はまた隣のビルへ。

 

 落ちたら最後のハードル&幅跳びを繰り返す。

 地上七階の高さだ。

 たとえ冒険者でも、ロングTシャツのレベル2シーカーでは即死かもしれない。


 一階層高い屋上も室外機やダクトを足場によじ登り、

 低いところへの移動も四転着地やロール受け身でクリアーする。


 手をついたら、腕、肘、肩、肩甲骨と地面につけ回転する。

 頭から回るのはダメだ。背骨を痛めるから。


 これは、映画で観てITubeで調べたスキルだ。


 片手は、ナイフを握ったままなので地面にグーでつくと痛い。

 しかし、刃を咥えままでローリング着地してもその得物を落とさない。

 十桜は自分の顎力に感心した。

 それに、なんとなく受け身に失敗しても、冒険者の防御力だから平気だ。

 HPはたいして減らない。

 いや、一応ポーションで回復はする。

加速装置アクセラレータ》は行動体力を食うから一石二鳥だ。


(どこまでいくんだ……) 


 ヤツとの距離は縮みそうで縮まない。

 素早さは《加速装置アクセラレータ》を使うこちらの方が上だ。

 しかし、高低差がはいると十桜はかなり減速してしまう。

 

 そして、ついにこの時が来てしまった。


(マズイ……!!)


 いま駆けているビルの三つ先に何もないのだ。

 そこは、おそらく四車線ほどの道路が横切っている。

 その向こうにはマンションや雑居ビルなどの密集した建物が見える。

 

(どうするんだ……!?)


 左手にあるビルならなんとか登れる高低差。

 右手は遥か下に細い道路。前進なら太い道路で行き止まり。

  

(……曲がれ! 曲がれッ!!)


 十桜は祈る。

 だが、大岩猿は前進する動きを変えない。

 代わりに、スキル反応が視えた。


(……大興奮ッ!?)


 ソレが、ソイツのつかったスキル名だった。

 そしてすぐに変化は現れた。

 ソイツの岩の鎧の隙間、関節という関節から湯気のようなものが昇った。

 かと思えば、その灰色の体皮が赤く変色していったのだ。


 そして、走りもジャンプも加速していった。


(跳ぶ気だッ!!)


 いま、下に降りれば追いつけなくなるかもしれない。

 ならばと、十桜は腹をくくった。


 ヤツが行き止まりの屋上に渡ったとき、ふわっと浮いたロープの端を掴んだのだ。

 十桜はそのまま手すりを踏みつけ、

 谷間を渡り、

 疾駆しながらロープを巻き取っていく。

 彼我の距離が三メートルに近づいた時だった。

 大岩猿は、四車線の向こうへと大ジャンプしたのだ。

 

 青空に、真っ赤な猿が浮いていた。

 十桜は、その、燃えるような色の大猿に引っ張られ、

 ビルとビルの間にアーチを描いた。


 風に煽られ、音が消える。


 ほんのわずかかな空中旅行。


 あとは落下。


 そのとき、赤い背中の向こうに、女冒険者のうなだれる肩が見えた。


 落ちてゆく体は屋上の手すりを越える。

 右手のロープと、口と左のナイフも手放す。


 大岩猿はズンッと大音響かせ着地。


 十桜は回転受け身で着地。いや、一回転では済まなかった。

 勢いあまった身体は、ゴロゴロと数回転がり、大の字になって止まった。


 頭がこう、ボケっとしている。


 けど風は心地いい。


 雲が流れる青い空。


 そこに違和感ある黒い点が見える。


 なんだろう?


 ぼーっと眺めていると、そいつは一瞬でデカくなっていった。

 赤い影の塊が落ちてきたのだ。


(うおおおおおおおおおおおおおお――!!)


 十桜は弾けるように横回転でソレを避ける。

 避けたと思えば、爆音ととも身体が宙に跳ねた。

  

「クッ……!!」 


 肩から床に落ちて転がる。

 爆音の元を見ると、そこは鉄球が落ちたようにヘコんでいた。

 その中心にしゃがんだ姿勢の大岩猿。

 

 腕には気を失っているプリースト。

 いや、彼女と目があった。

 愛おしいような、せつないような気持ちになる。

 しかし、すっと瞼は閉じられた。


 それでも彼女から目を離せない。

 その顔目がけて何かが飛んできた。

 十桜は飛び跳ねてソレを回避。

 大岩猿は、コンクリの破片を投げてきたのだ。


 ヤツは、その隙に跳んで駆けて離れていく。


 十桜はナイフ二本を回収。


 灰色に戻った背中を追いかける。

 落ちればアウトの谷間を越える。 


(俺、なんでこんな必死なんだ……?)


 見ず知らずの冒険者を救おうと、

 元CIA工作員みたいな追いかけっこをしている。


(……凄まじいおっぱいのきれいなお姉さんだからか?)


 彼女の瞳を思い出すと胸がざわつく。


(なんなんだよ……)


 購入したばかりの、

 隻眼の狼イラスト入りロングTシャツとまっさらブルージーンズはボロボロだ。

 スニーカーなんて底がスリ減りまくってボヤ騒ぎだ。

 雨が降ったら足が浸水するだろう。


 まあそれはいい。


 あの猿を追いかける理由は、

 やはり、コイツが生意気だからだ。

 爆乳美人冒険者をさらい、はじまりの地の銅像を破壊した。


 それと、


 妹ととのデートを邪魔してくれた。


 灰色の背中を追う青白い眼は、その輝きを増した。


 その眼に、向かいから迫ってくる飛行船が見えた。

 それは、なにか、奇っ怪なみてくれをしていた。


(え……!?)


 それは、なにかモンスターの形をしていたのだ。


(イヌ……!?)


 それは、核戦争後に生き残ったドーベルマンのようなモンスターを、

 ヤンチャにデフォルメしたような形状のガス袋で空に浮かんでいたのだ。

 

 そのイヌ型バルーンというか、

 ガス袋にひっついているゴンドラは、窓がとても大きかった。

 

 そこには、


 黒髪ロングストレートで、

 前髪ライトぱっつんで、

 メガネをかけていて、

 口元にホクロがあって、

 ダボダボのセーターなのに、ニットを突き抜けそうな胸部の持ち主がいた。


 ゴンドラとすれ違った。


「そら……」


 目があった。



 0041 妹と






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