0040 冒険者への挑戦
その影はライオンの姿をしたモンスター、キメラだった。
十桜とガチムチ戦士に象のような体躯が迫った。
――《
とっさの判断でスキルを使う。
体が羽のように軽くなる。
倒れている彼の脇に腕を通して両手で掴む。
ライオンの爪は彼の顔から20センチのところにあった。
その爪と、四つ足が地面に着地した。
そのときには、二人はソイツから10メートル近く離れていた。
「なっ……あ……?」
ガチムチ戦士が言葉にならない声を漏らす。
――シュゥゥ……
ゴムが焼けたような臭い。
スニーカーの底から僅かな煙が出ていた。
それ以上の煙が、ガチムチ戦士の踵からあがっていた。
二人を襲ったキメラはこっちを見ずに、跳んできた方へ振り向いていた。
しかし、極太の尻尾はこっちを睨んでいる。
(ウワッ!)
尻尾の先には蛇の頭がついていたのだ。
眼と眼が合う。
(ウッ……!!)
一瞬、体が硬直する。
汗がブワッと吹き出した。
(ヤバッ……!!)
そのとき、
――カンッ カンッ
投擲武器が弾かれる音が響いた。
キメラに冒険者たちが迫っていたのだ。
蛇はそっちを視た。
それと同時に、20メートル離れてしまった猿の方へと足を向けた。
途中でスキルは解除して。
「待ってくれェッ!」
ガチムチ戦士も追いかけてくる。
二人は奇襲してきた魔物の戦闘圏からひとまず脱した。
(……なんて気まぐれなヤロウなんだ……)
十桜は洋画に出てくる大蛇がモンスター映画で一番怖いと思っていた。
鮫よりも鰐よりも、エイリアンやグラボイズよりも蛇の方が怖い。
(……やっぱヘビ最強かあ……!)
そして事実、やはり蛇は怖いしヤバいと肌で確認した。
鳥肌と冷や汗を体にまとわりつかせつつ動き、
「よしっ……」
大猿との距離が9メートルにまで縮むと、
十桜の青白い眼は輝きを増した。
ヤツを《ダンジョン・エクスプローラー》の射程に捉えたのだ。
すると、ガチムチ戦士が目の前に立った。
「俺を盾につかってくれ! いや、なれるかわからんが!」
「ありがとうございます……! あの、名前は?」
「そうかッ! 言ってなかった! 俺はゴダイってんだ、よろしく!」
「ゴダイさん、あらためまして、三日月です」
「知ってるぜ! 隻眼の!」
(隻眼って……)
北斎広場でそらちゃんねるのリスナーにもそう呼ばれた。
こういう二つ名は格好良いがリアルで呼ばれると気恥ずかしい。
(っていうか……俺、余裕だなあ……)
眼前で暴れる敵に対してヒリつきながらも、
なんとなく会話をしている自分がおかしかった。
しかし、自分もそうだが、前衛になってくれているゴダイも
しっかりとモンスターを見据えているはずだ。
会話は緊張をほぐすのと、チーム感を増すのに役立っていた。
「……ってよお、目ぇ開けられたんだなあ!? 傷は大丈夫なのか?」
「ああ、これは……」
などと、会話を続けていると何かが飛んできた。
――ガンッ
「クウッ……あっぶね~……! ううッ……痺れるゥ……なんて重さだ……!!」
ガチムチの戦士ゴダイは盾で飛来物を防いだ。
その飛来物もまた“盾”だった。
大岩猿が冒険者からソレを奪って投げつけたのだ。
別の冒険者が砲弾となった盾を避け、ゴダイはその流れ弾を防いだのだった。
しかし、攻撃を完全に防いだはずなのに、彼のHPは僅かだが減っていた。
(……ガードの上から削られるのか……!?)
それだけ彼我のレベル差があるのだ。
「助かりました……ぼくはしばらくアイツを観察します……」
「おっ、おう! なんかやるんだなァ!? “あんとき”もそうだった!」
青白い眼の射程に【大岩猿】を捉えてから20秒は経っていた。
【 大岩猿 】
Lv 45 《物理防御特化個体》
HP 712/ 950 MP 16/ 16 AP 184/ 256
攻撃力 :161 防御力 :297
投擲力 : 98
魔法攻撃: 3 魔法防御: 15
・
・
・
(……物理防御特化個体……防御が297、魔防が15……)
大岩猿が防御が得意なのはわかる。
しかも、魔法使用不可のフィールドはコイツの弱点を潰す。
そして、人質までいるからこちらは手を出しにくい。
だが、ヤツが手強いのはそれだけの理由ではない。
冒険者を一人捕え、片手が塞がれた状態にもかかわらず、
二十人近くいる冒険者たちと渡り合っているのだ。
この大猿のモンスターは、かなりの
急な《フロントステップ》で距離を縮め、
長く大きな手と足を存分に振り回して攻撃。
バックを取られれば《回転キック》で迎撃。
剣士系、戦士系の大技がくれば、
細かな《サイドステップ》、《バックステップ》と
《大ガード》でそれらをしのぐ。
足を狙われれば、跳躍からの《踏み潰し》で
そのスピードは大したことはないのだが、
トリッキーな動きと巧みなスキルの組み合わせで、
冒険者たちを翻弄していたのだ。
「ハアアアァァ――ッ!!」
槍騎士、炎の突貫スキルがヤツの脇を捉えた。
しかし、ヤツは《バックステップ》でソレを回避。
その回避場所に待ち構えていたバンディットがロープで脚を捕らえ、
そのロープを地面に固定。
勇猛戦士の輝くハンマーがその脚を打ち抜く。
このバンディットと勇猛戦士は他の冒険者たちよりも一際目を引いた。
彼女ら二人のレベルは30前後と中級だが、
他の、中級上級冒険者たちよりもコンビネーションを活かして活躍していたのだ。
大岩猿は、女冒険者コンビに攻撃された脚をかばうように曲げた。
しかし、ヤツは片足立ちになり、そのまま片足だけで大ジャンプ。
スキルで地面に固定していたロープは剥がされ、
そのロープごと猿は空中に舞った。
ヤツは15メートル先に着地。
そのままステップからの跳躍で噴水の池を越えて高台に。
冒険者たちもそこに向かうと、ゴダイ、十桜も彼らに続いた。
すると、猿は六人の冒険者像の後ろに隠れたのだ。
かと思えば、その陰から顔を出した。
その顔が“笑った”
そんな気がした。
オマエら、先人たちの足跡を壊せるのかあ?
そういう態度だ。
それは気のせいではなく、純然たる《挑発》のスキルだった。
この場の“熱”が一気にあがった。
(……ヤロウッ……!!)
十桜もイラッとしている。
こうなるとどうなるのか?
十桜は、青白い眼でソイツを視詰めたまま、信じられない光景を目撃した。
銅像の後ろに回り込んだ冒険者たちが、一斉にヤツに攻撃。
すると、
「グワッ――!!」
「クソォッ――!!」
(……フレンドリーファイアッ!?)
大岩猿は跳躍して攻撃をかわし、アタッカーたちは同士討ちをしたのだ。
空中に浮かんだ猿はにわかに輝き、
ダメージを受けた彼らを《踏み潰し》で追い打ち。
別の冒険者の攻撃を受けて怯みながらも、なんと、
――ドガァァ――ッ
銅像を回転しながら殴りつけたのだ。
破壊された欠片は飛び散り、周囲の冒険者たちを襲う。
「ぐおォォ――ッ!!」
ゴダイが唸る。
盾で破片を防ぐも、ジーパンが切り裂かれていた。
十桜は、跳躍するヤツを眼で追いつつ、
血の吹き出ている患部二箇所に薬草をちぎっておっつける。
その、にがく青臭い葉っぱは、傷口を塞ぐように彼の肌にひっついていた。
「うぅッ……すまねえ……!!」
「お礼をいうのはこっちですよ! ありがとうございますッ!
ぼくは行きます……」
着地した大岩猿は、燃え盛る樹木の後方に隠れた。
そこを左右から五人の冒険者が囲む。
その後方に十桜。
また、一人、二人と冒険者がこの場に集ってくる。
ジリジリと前衛のアタッカーがヤツに近づいたとき、
ヤツは燃えている木の幹を折ってちぎって投げはじめた。
それでもひるまず攻撃する勇猛戦士を脚で牽制しつつ、また幹を投げる。
燃え盛るソレは十桜に迫っていた。
十桜は微動だにしない。
その軌道が視えていたからだ。
木の幹はゴオオオォという音をとともに、
耳の横、二十センチのところを通り過ぎていった。
「アツッ……!!」
炎というのは、まあまあ離れていても意外と熱い。
(……くっそ……熱っちいィ……!!)
十桜は、やっぱりカッコつけずに避ければよかったなあと思った。
それは置いといて、
青白い眼は、モンスターを視透していた。
・
・
・
《スローイング.Lv3》
《挑発.Lv5》
◇パッシブスキル◇
《硬質化》
◇エクストラ・スキル◇
《大興奮》
《超・踏み潰し》
○特徴○
『物理防御特化個体』
『物理攻撃に強い』
『女好き』
『高い所大好き』
『笑い上戸』
・
・
・
『魔法に弱い』
・
・
・
『首の付け根が弱点』
・
・
・
「視切った」
そう、つぶやいたとき、
――フィィィィィィィィィィィィィィィィ
笛の音がなった。
「……ズラかれえェェェェ――!!」
笛の次は叫び声。それは、悪漢のものだろう。
十桜がそっちを振り向くと、50メートル先の地面に、
キメラが倒れているのが見えた。
どうやら一匹はヤッたらしい。
――ガサッ
また音がした。それは猿のいた場所からだった。
(ヤバイ……!!)
大猿に顔を戻した。
ソイツはもう、広場の外へと向かって跳躍していた。
十桜は足を一歩踏み出した。
それと同時につぶやいていた。
「
その瞬間、
体は風になった。
0040 冒険者への挑戦
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