0038 お兄ちゃん


「あのお姉さん……このままだと……

 たすけてあげられないかな……お兄ちゃん……」


 そらが困り顔でこっちを見る。


「え~、俺エェ~!?」とは言ってみるが、


「お兄ちゃん……目ぇひかってる……!」


 すでに、《ダンジョン・エクスプローラー》は発動させていた。


『旦那ァ~! 昨日ぶりの再開でやんすねぇ~!! いやあ、めでてぇめでてぇ~!!』


 ネコ顔の助手とみずたまくんが、

 拡張現実のように目の前で わちゃわちゃしている。

 みずたまくんなんぞは日光が透けてきらきらしている。

 

(さっきごちゃごちゃ言ってたろ)

『あれはあれ、挨拶は挨拶でやんす!』

(ミュート機能ないのかよ……)

『そら様、おきれいな上におやさしいでやんすね!

 ホントに旦那の妹君なのか怪しいもんでやんすぅ~!』

(うるせえよ……)


 文明終了ナンパとの距離は約10メートル。


 地上での《ダンジョン・エクスプローラー》射程範囲ギリギリの距離だ。

 両目は開いたまま。

 青白い眼に情報が更新される。


 クラス:プリースト

 Lv 1 HP 34/ 34 MP 28/ 28 AP 18/ 18

 ・

 ・

 ・

 クラス:戦士

 Lv 18 HP129/129 MP 3/ 3 AP 25/ 25

『うひょおお――ッたまんねえええ――ッ!!』

 ・

 ・

 ・

 クラス:剣士

 Lv 18 HP113/113 MP 11/ 11 AP 26/ 26

『スゲエでけえエエエェェ――!!』

 ・

 ・

 ・

 クラス:魔術士

 Lv 17 HP 61/ 61 MP 98/ 98 AP 13/ 13

『早く眠らせたい。早く眠らせたい。早く眠らせ……』 

 ・

 ・

 ・


(……なんだよこのステータス……)


 絡んでいる三人のレベルやステータス、所持スキルはたいしたことがなかった。

 だが、ヤツラの所持“アイテム”に高価でレアなものがあった。

  

(……なんで、このレベルのヤツラが……)


「……お兄ちゃん、魔法つかってるの?」


 そらは、期待とわくわくの顔で十桜を見つめていた。


「これはな、猫の幽霊が視えるようになるんだ」

「えぇ! 怖いの……?」

「怖かないよ。まぬけだよ」

「そっか、よかったぁ……そのねこさんがたすけてくれるの……?」


『あっしはまぬけでも幽霊でもないでやんすぅ~!! ほれ、足はありやすよ~!』


 魔法使いのコスプレねこが、肉球の足を鼻先に押しつけてくる。


『ほれほれ~』

(わーったよっ!)


 助手の古い幽霊観はさておき、


「……お兄ちゃん……」

「……いや、俺たちの出る幕はないみたいだぞ」


 青白い眼の射程範囲外で変化があった。

 その場にまっすぐ近づいてくる冒険者パーティーがいたのだ。


 そのパーティーの一人が前に出てきて、彼が神官に声をかけた。


「なにかお困りですか?」

「……あ、わたしは……」

 

 彼女は返事をしようとするが、、

 文明が崩壊してしまったヤツラが口をはさみ、


「なんも困ってねーよ!!」

「んだ、おめえ!? 部外者は消えろッ!!」


 などと、皆を困らせていた。 

 それでも、魔術士はひるまない。


「……無理やりなパーティーへの勧誘はギルド規約違反ですね。

 いますぐギルド本部に通報しましょうか?

 巡回中の警備部がすぐに来てくれますよ」


 そういってスマホ画面を見せた。

 すると、文明崩壊後たちは、


「ざッけんなッ!!」

「クソがァ!!」

「テメエ、おぼえてろよッ!!」


 などと吐き捨てて広場から去っていった。


(マジで「おぼえてろよ」とか言うんだな)

『でやんすね~』


 十桜と助手は、三色団子お茶セットの気分でながめていた。

 そらは「よかったぁ」とホッとしていた。

 そして、十桜の腕にしがみつくようにピタッとくっついていた。

 腕をボリューミーなものが圧迫しているが、十桜はすずしげにしている。

 

 妹だしな

 妹だもんだって

 あ~あ、妹だからさぁ


 そんな呪文を、うっすらとこころで唱えながら。

 

 それはさて置き、十桜は意識をそらすために、

 悪漢に絡まれていた神官プリーストと、

 その悪漢を退けた魔術士の会話に耳をかたむけた。


「大丈夫ですか?」

「はい。お心遣い、ありがとうございます」


 お辞儀をする神官は、

 この世界もダンジョンも矛盾さえもをつつみこむ、

 女神のような声で礼をいった。

 その雰囲気にのまれたのか、魔術士はドギマギとしているようだった。


「あ……いやっ、いえ……

 ここ最近、特に治安が悪くなっていますからね、お互い気をつけたいですね」

「はい、ありがとうございます。気をつけますね」

「……あっ、あの……ぼくたちは、

《ブレイズ》というパーティーで、ぼくはリーダーのカキノキといいます……」

 

 魔術士は神官に、自分たちパーティーとクエストをしませんか? と誘った。


 しかし、神官は、パーティーの勧誘と誤解したのか、


「わたしは、パーティーになるひとを決めていまして……」


 と断ると、魔術士は、あなたのパーティーと協力したいと言い直した。


 それでも神官は、


「……まだ、パーティーにはいっているわけではなくて、いれてもらえるかもわからないんです」


 そうやんわり断ったのだ。

 すると彼は「パーティーが決まったら連絡をください」と、

 スマホを見せID交換を提案した。


 なのだが、神官はあたまをさげた。

 理由は、携帯電話を壊してしまったから。


 そして、「ご親切にありがとうございました」と彼女は会釈し、

 にこやかにギルドの方へと向かった。


 神官の姿が遠ざかると、《ブレイズ》の六人は――


「完ッ、全にフラれたな!」

「ま~たリーダーの恋の炎が燃えあがったなあ」

「カキノキくん惚れっぽすぎぃ! ミキの友達紹介しようか?」

「ちがう! あのひとは、なんか……特別な……

 って、うるさいぞ! ア゛ッ!! 名前ッきいてない……!!」

「ぎゃははハハハッ! リーダー笑えるわァ!!」

「ちょっと男子~、もうご飯いこうよ~、ミキも笑いすぎ~」

「ファミレスで残念会しよーぜ~」


 ――などと盛り上がっていた。


『旦那ぁ、あれが伝説のリア充でやんすか?』

(ああ、リストランテの予約とかしそうだしな)

   

 十桜と助手は、噂の東京マガジン気分でながめていた。

 まだ抱きつきっぱなしのそらは、にこやかに、

 

「とてもきれいなひとだったね、やさしそうで……」 

「んー……」

「どうしたの?」

「んんー……なんか前にあったことがあるような、ないような……」

「女の人?」

「ん~~……」

「お兄ちゃん、そらに内緒で女の人とお付き合いしたりしてないよね?」


 おだやかに話すそらだったが、抱きつく圧がつよくなる。


「ウッ……」


 圧が、つよくなる。


「……」


 そらは無言で見つめてくる。

 メガネの下の、美少女眼力で見つめてくる。

 圧がつよく……


「ウゥ……んなことあるわけないだろ!

 俺がモテてたらお前とこんなところにいるわけないだろうが!」


『そうでやんす! フーテンの旦那にそんな甲斐性があるわけないでやんすゥ!!

 ねえ? フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!!』


 助手が海原雄山ばりに高笑いした次の瞬間、

 そのちいさな身体はぶん投げられ、

 広場中央、冒険者像が握る剣の先にぶら下がっていた。


「……お兄ちゃん……」そらは目をまるくしている。

「除霊したのさ」十桜は決め顔だった。

『……めんもくない――☆』助手は、これはこれでおいしいかなって顔をしていた。

 

 とかなんとか、兄妹とネコでわしゃわしゃしていると、


(あッ……なんだ……アイツら……!)


 さっきの、悪漢三人組らしき冒険者たちが戻ってきたのだ。


 だが、その人数は一人増えていて四人になっていた。

 ヤツラは、《ブレイズ》の六人に近づいていっているように見える。

 しかし、彼らは悪漢の接近に気がついてはいない様子。


(……ありゃあ、マズくねーか……!?)

『でやんすッ! これはやはり……!!』


 十桜のところに戻ってきた助手は、そのひげをビンビンにしていた。

 二組の距離が15メートルに縮まったとき、異変がおきた。

 悪漢たちの前、石畳の地面が光りだしたのだ。

 

 その光る地面から、なんと、


「ウソだろ……!?」

「どうしたの? お兄ちゃん……?」


 モンスターが飛び出してきたのだ。


 それは、魔物を呼び出す召喚魔法だった。


(……魔法、つかえないはずなのに……!)


 この広場とその周辺は、

対魔法結界アンチ・マジック・ミスト》の効果で魔法の使用はできないはずだった。


「……え? 羽? ライオン……?」


 そらがつぶやく。


 広場に出現したモンスターはライオンのような容姿で、

 しかも象のように大きな図体をしていた。

 背中には濃いグレーの翼がはえている。

 尻尾は太く、ソレは別の獲物を狙うように動いていた。 


(キメラだッ……!!)


「……うわあッ、なんだァッ……!? なんでッ……!!」


《ブレイズ》の一人が叫んだ。

 パーティーのうちの何人かは身構えている。

 ライオンのモンスターはじわじわと彼らに迫る。


「うわあッだって――」

「ギャハハハハハ――」


 悪漢たちは笑っている。


 その周囲で小さな悲鳴があがる。

 観光客のものだ。

 広場はザワついてはいるが、まだ騒ぎにはなっていない。

 

「……離れてェ――ッ!!」

「……ちょっと君たちィ――!!」


 いや、警備部の冒険者が駆けつけてきた。


 しかし、悪漢たちは止まらなった。

 この場を鎮圧するための冒険者が近づいても、再び召喚を行なった。

 今度は二つ同時に地面が光ったのだ。

 一つからは、またライオンのモンスター。

 もう一つは、


(ゴリラッ!?)に見える巨大サルのモンスター。


 十桜は妹の手を掴んでいた。

 二人は新宿の広場を出た。

 そらを引っ張って走る。

 車道にちょいとはみ出て手をあげる。

 タクシーは通るが停まらない。

 数秒が偉く長く感じる。


「お兄ちゃん……あのひとたち大丈夫かなあ……」


 そらが心配そうな顔をこっちに向ける。


「大丈夫だ。警備部も高レベル冒険者もいるから、

 俺たちの出る幕はないよ」


 十桜はあげていた手で妹の頭をわしわしと撫でた。

 シャンプーするみたいに。


「そっか。じゃあ大丈夫だね」

「ああ、どっか痒いとこあるか?」

「ないけど、このままがいい」


 一言二言話しているとタクシーが停まった。

 

 目の前の助手を掴む。

 そして、ソイツを妹の肩にのっけた。


「これは守護霊だ。こいつがおまえを護ってくれる」

『旦那ァ!』


 助手は幽霊から守護霊に昇格して喜んでいる様子。

 

「お兄ちゃん……!?」

「いい子にしてたら後で肩もみさせてやる」

「……戦うの?」 

「いや、ちょっと見学に」

「……お兄ちゃん、はやく帰ってきてね」

「ああ、じゃないとサボりになんないからな」

「うふふふっ」


 十桜はそらを乗せたタクシーを見送ると、元来た道を走った。


(おかしい……召喚札だろうが関係なく魔法はつかえないはず……)


 だが、対魔法結界を邪魔するアイテムの話は知っていた。


(四人目のヤツが……なんかしたんだろう……)


 目と鼻の先にある広場からは悲鳴と煙があがっていた。



 0038 お兄ちゃん





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