0037 ダンジョンがある日常


 北斎ダンジョン前広場を出て、住宅街を歩いた。


 十桜とそらは手をつないだままだ。


「おまえ、いつまでくっついてんの?」

「うふふ」

「うふふじゃないよ」

「お母さんよろこんでたよ」

「え……? なにが?」

「お兄ちゃんおうちにお金入れてくれたって」

「ああ……いや、よろこんでなかったぞ。こんなに入れて大丈夫なのか? って心配されちゃったよ。まったくリアクション薄かったよ」


 家には7万円入れた。

 おろした25万円から装備品・消耗アイテムを購入して残った大きなお札の枚数だ。

 今日またお金をおろす。

 だが、これ以上は受け取ってもらえないだろう。

 また来月、ということになる。


「お母さん照れてるのかなあ?」

「さあな」

「照れてるんだよお」

「知らないよお」

「うふふ、これからどうするの?」

「あててみな」

「映画かな?」

「なんでわかんだよ!?」

「お兄ちゃんがささやくの」

「ささやいてねーよ」

「うふふっ」


 十桜は労働の報酬を得た。


 正規の方法で大金が手に入ったのだ。

 秋葉原でマンガとゲームとおもちゃを買いまくるぜ!


 そう思っていたのだが、今日はやめた。


 今日はお勤めにいってることになっている。

 だから、それらを母に見つからずに部屋に持ち込むのは面倒なのだ。


 ならば、気軽にたのしめる映画が無難だった。

 あとは、どこの映画館にいくかだ。


「でも錦糸町はだめだしな」

「どうして?」

「母ちゃんのテリトリーだ」

「そっか」

「有楽町もあぶねーよな」

「お兄ちゃん、子供のころとなんにも変わらないね」

「ああ? お前は変わったよな」

「うん、変わった。かわいくなった?」

「あ~新宿しかねーな」

「そら、かわいくなった?」

「さ~て、ひさかたぶりにジュクにでもいくかぁ~!」

「うふふ、たのしいなぁ♪」


 十桜は、母がそこらにふらっと突然現れないか、

 そういうのを気をつけながら両国駅に向かった。


 途中、郵便局でお金をおろす。

 駅近くの服屋で、適当なTシャツとジーパンを買った。

 Tシャツには、左胸のワンポイントに、隻眼の狼のイラストがあった。

 十桜はそれに着替え、元の装備は駅のコインロッカーにいれた。

 久方ぶりに、『Sukoka』に現金チャージもした。しかし、


「きょう、平日っぽくないね」

「あー……って、なんでおまえも来んだよ」

「そらも映画みたい」

「えぇ……みんのかよ」

「みたいの」

「なにみたいんだ?」

「お兄ちゃんと同じの」

「日活ロマンポルノか?」

「ロマン?」

「ロマンだ」


 てきとうなことをいって、るんるんで、ゆらゆらと、

 風のすずしいホームでしゃべっていると、電車は来た。

 そらも着いてきた。


 座れた。

 ホームにも車内にも、冒険者の姿はちらほら見えた。

 乗り換えはせず、鈍行にゆられた。

 兄妹ふたりで遠出はひさしぶりだった。

 子供のころは、いつもそらと一緒だったが、大人になると、さすがにそうはならない。 


 十桜は広告をみたり、窓の外をながめたり。

 そらも、なにをするわけでもなくぽーっとしていた。

 飯田橋をすぎたあたりで、肩が重たくなった。

 そらがよりかかってきたのだ。かすかな寝息が耳にかする。


(おもいなー)


 そらのかおを覗く。


 スー……スー……

 ちいさな花のような寝息をたて、仰向けで眠る子猫のようなかおをしていた。


(まあいいか……)


 数分ののち、代々木をすぎると、


「そら、もうつくぞ」


 あたまをぽんぽんして起こした。


「……うん……おにいちゃん」


 そらは、返事はするが、あたまの位置はそのままだった。


「起きろよ……」十桜はそういうが、

 そらは「おきてるよぉ」と子供のようにあまえていた。


 新宿ATARU周辺は、平日の昼間でもまあまあひとが多かった。

 そこら中に冒険者の姿が見られる。

 十年前には考えられなかった光景だ。


 東京にダンジョンが現れて二十一年。


 冒険者は、小学生のなりたい職業三位にランクインしたのだ。

 この現象に大人たちは目をまるくしていた。

 ダンジョンは人々に不安と恐怖を与える。

 しかし、一方では人類に多大な恩恵を与え、

 人々はファンタジーと同居することを選び、社会の常識は一変する。


 自宅の三軒となりに迷宮への入り口が開き、

 ダンジョンがある日常は、ひとりのニートを冒険者にした―― 












 ダンジョンがある日常

 ~通勤時間5分以内の労働条件掲げていたら家から30秒のところにダンジョンができてしまった~











 

 ――十桜はきょろきょろしながら歩く。

 日頃の癖で冒険者を観察してしまう。

 そらはTシャツの裾を掴んでついてくる。

 裾が伸びてしまわないか心配だ。


 冒険者も気になるが、交通量の多い道路のクルマも見てしまう。

 

「JV車増えたよなあ」

「そうだねえ」

「おまえ、どれかわかるの?」

「あ、わかんなかったあ」

「……」


 JV車の“JV”とは『jewel《ジュエル》 Vehicle《ビークル》』の略称で、

 ダンジョン産の宝石をエネルギーとして走行する自動車のことだ。

 このクルマは二酸化炭素を発生させず、なにより燃料が安価なのが魅力だ。


 魔物を狩る冒険者は、こんなところでもひとの役にたっていた。


 十桜は自動車のことは全然わからない。

 しかし、JV車のデザインや名前はまあまあ覚えていた。

 その外観は未来的な流線型で、車の名前は『Knight《ナイト》』や『Magician《マジシャン》』『Bishop《ビショップ》』といった冒険者クラスに由来するものがポピュラーだった。


「お兄ちゃん、冒険者かんけいホントものしりだなあ」

「クルマはうろ覚えだけどなあ」


 二人は雲のようにのんびり歩き、十桜が前によく行っていた映画館にむかった。


 そこは、数年ぶりに訪れて、ちょっとなつかしい感じはしたものの、

 上映中の映画ポスターにはピンとくるものがなかった。

 他の映画館の上映スケジュールをそらに検索してもらうと、

 渋谷でいい感じのものがやっていたので南下した。


 小さな映画館で、石井克人監督の『鮫肌男と桃尻女』のリバイバル上映を観た。


「やっぱ鶴見辰吾サイコーだな!」

「さいご、せつなかったね……」


 幕が閉じると、そらの目に涙がみえた。

 十桜は、泣くほどか? とは思ったが、気持ちはちょっとわかった。


 お昼は新宿にもどり、

 マック(マクドゥーウェル・ハンバーガー)を買って、

 新宿ダンジョン前の広場で包みをひらいた。


 といっても、こんどは目立たぬように端っこのベンチに座る。

 今朝、北斎の広場でのことがあったからだ。


 新宿は北斎と同じで、中央には座れる高台とそれをとりかこむ噴水があり、

 中心には時計塔と冒険者パーティーの銅像が建っている。

 台座には、ひと筆書きした新宿区のマークと、

「ダンジョンはじまりの地」という文字をかかげていた。


 その面積が北斎ダンジョン広場の倍近くあるここは、

 やはり冒険者の数も多く、彼らの装備も多様だ。

 その中でも特色はあり、同じ性能の鎧なら、

 より派手なものを好むのが新宿に集う冒険者の傾向だった。

 なかには中部地方の大名かな? と思うような冒険者もいる。


「じゅーろーく~ん、おひさ~!」


 派手な冒険者の代表が現れた。

 全身ラメだかスパンコールだかの剣士装備。

 髪の毛のように触覚が無数についている鳥モチーフの冠。

 そしてガタイがいい。ムッキムキ。


「あぁ、パールさん!」


 十桜が知り合いのニックネームを呼ぶと、彼は、


「かわいい娘つれちゃって……! 彼女?」


 と訊いてきたので、“妹です”とこたえようとしたら、


「まだちがうんです、妹のそらです」


 とそらが先にこたえた。


「まあぁ~、妹ちゃんがいたんだ~! なんでアタシに知らせてくれないの~!」


 パールは、十桜の肩をはたいて、みずくさい! といったリアクションだった。

 それから、なごやかな空気でパールがそらに質問をしていると、

「パール姉さ~ん!」と遠くから呼ぶ声がしたので、

 パールは小刻みに手をふって

「じゃあ、またね~、アディオ~ス!」と去っていった。


 パールの仲間の冒険者もキラキラハデハデだったが、

 周囲には、派手だけじゃない、十桜がよろこぶ装備をしたひとたちもいる。

 ちらほら見える女冒険者の露出度は高く、

 十桜の両目は、防御力大丈夫? でおなじみビキニアーマーや、

 ボン・キュッ・ボンのぴっちりボディスーツの彼女らに釘付けになっていた。


 そういうエンジョイをしていたら、


「うわっ……!」


 目の前が真っ暗になった。


「おにいちゃん、どこ見てるの……」


 そらに目隠しされたのだ。


「あぁ……ぅ……」間抜けな声がこぼれた。


 そらは、ほんのり怒っていたのだ。

 まったく怖くはないが、気まずくはなった。


「おまえ、お兄ちゃんは冒険者なんだから、同業者を観察するのは当然だろうよ」 

「きれいな女の人ばかり見てたよ……!」 

「そりゃ、たまたまでしょうが!」

「もう、ナゲットあげない」

「そりゃあイジワルでしょうが!」

「じゃあ、もう二秒以上見ない?」


 その言い方が、天使のような催促だった。

 なので、

 十桜は「うっ……!」っとなった。

 だが、

 ここは男として引けない。


 だから、


「一人につき十秒は見ないとなにもわからないだろうが!」


 と言い放った。すると、


「三秒ならナゲット五個あげるよ」

「三秒でいいです」


 となった。


 交渉成立で目の前に光がもどる。


 しかし、

 逆に言えば、

 三秒はどこを見てもいいのだ。


 ナゲットに魂を売った十桜は、

 トリプルチーズバーガーにポテトとコーラのLサイズセット。

 かたや、そらはハンバーガーにえだまめコーンと

 オレンジジュースのラッキーセット。

 それと、虎の子の15ピース入りナゲットを購入。

 そらは弾数が多かったのだ。

 白く細い手は、ナゲットを1ピースつまむと、


「あーん」と十桜の口にねじ込み、


 ラッキーセットのおもちゃ『モケポンのミカチュー』人形を、


「ほら、かわいいねぇ」と目の前で踊らせた。


「おい! 子供じゃあねーんだぞ!」


 そういう十桜の抗議に、


 そらは、「おっぱいばかりみてるんだもん」と返してきた。


 それは、約束した三秒間を無駄にしない結果だった。

 妹は、ひとの視線をパイ単位で見抜けるのか!?

 という衝撃を受けた十桜は、「……」黙ってナゲットをもぐもぐした。


「……莉菜ちゃんの新曲たのしみだね~」

「ITubeでみたけど、いいな。なんか個性的っつーか」

「え? 新曲?」

「いや、前のだろ。新曲はきょうやってるんでしょうが」

「あっ、そっか……あっ……」


 そらは、機嫌をなおしてまた楽しそうにお喋りしていた。

 そして携帯の着信に気がつくと、


「莉菜ちゃん……!」


 噂の莉菜からメッセージが着ていた。


「なんだって?」

「いま、電話してもいい? って」  

「いいよ~って」

「あははっ……じゃあ送るね」


 そらが返事を送ると、着信はすぐに来た。


『……そらちゃんごめんね……』


 そらのスマホから漏れる音は、話し声がはっきりと聞こえた。 


『……これからレコーディングで、なんかひさしぶりのお仕事で……

 なんか緊張しちゃって……なんかあたしにメッセージください!』


 莉菜は話のとおり緊張しているのか、

 その言葉遣いに「なんか」がやたら多い。


 それを聞いたそらは、

「ちょっとまってて、いまテレビ電話にするね」

 そういってスマホの操作をすると、黙って十桜にスマホを手渡した。


 すると、


『……先輩っ!』


 莉菜の驚く声が響いた。


「莉菜ちゃん、レコーディング?」

『はい! 先輩、どうしたんですか? きょうは……』


 そいう彼女の声は、パーンと弾けていた。

 さっきまでの、緊張感のあるものではなくなっていた。


「ダンジョン休んじゃった!」


 十桜はほがらかにいった。


『あはははっ、そうだったんですかぁ』

「うちの母ちゃんには内緒だよ」

『うふふふ、どうしよっかなあ~』

「うらぎる気かあ……!?」

『えへへへ……』

 

 話をする莉菜は、すっかりとやわらかな表情になっていた。

 

『せんぱい……ありがとうございます。りな、がんばりますね』

「うん。がんばれよ」

『はい!』


 通話を終えると、兄妹でてきとーなことをおしゃべりした。


「よかったぁ……莉菜ちゃんげんきになって」 

「ああ、よかったなあ」

「うふふ……お兄ちゃん、そらにもなんかいってえ」

「じゅげむじゅげむごこーのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……」

「すいぎょうまつ、うんらいまつ以外でえ」

「ふうらいまつ以外かあ……――」

「あははは、なんで悩むのよお……――」


 コーラのストローがズズズルズズゥゥーと鳴った頃、

 バーガーの包はくしゃくしゃで、

 ポテトは端っこの一番美味しいカリカリのところだけになっていた。 


 そのとき、

 

「お兄ちゃん……」


 そらが不安そうな声を出した。


 妹は左ななめの方を見ていた。


 十桜はその意味を理解していた。

 近くを歩いていた神官装備の女性がいた。

 そのひとに、三人の冒険者が絡んでいたのだ。


「――ね~、お姉さん、オレたちとパーティー組もうよ~!

 オレたちとなら絶対たのしいーからさ~!」


「……わたしは、もう決めている方がいますので、

 申し訳ありませんが、お断りさせてください」


「それ、どんなヤツらですか~?」

「ウチらよりつよいのォ?」

「それより“SakAba”おしえてよォ~!」


「……つよいのかはわかりませんが、守ってあげたくて……」


「ウハァッ~!」

「なにソレ~!?」

「守るってェ!?」


「はい。守ります」


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハ――!!」

 

 その光景は、文明が破壊された世界のナンパを見ているようだったし、

 脳内に、高石たちのパーティー《邪悪な水戸黄門》を再生させるものだった。


『旦那ァ、やっこさんたちのパーティーは《Scutumスキュータム》でやんす……』


 いつの間にかにネコ顔助手も現れていた。






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