0036 迷子になるから

久々の更新なのであらすじを書きました。

連続でお読みの方は飛ばして読んでいただいてもいいかもしれません。

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 ――これまでのあらすじ――


 ニートの三日月十桜は豪傑のような母親の圧に屈して

 ダンジョンで労働することになった。


 ダンジョン労働はモンスター退治やお宝探し、

 人々の依頼をこなすなど多種多様。

 しかし、十桜はすぐに大怪我をして引退する予定だった。

 疲れるからね。


 なのだが、


 ダンジョンでプレイヤーキラーに襲われていた

 アイドルの日向莉菜を救ってしまい、

 彼女と焼肉を食べて風呂でバッタリ夜添い寝なでなでをして、

 流れで彼女とパーティーを組んで本格的にダンジョン労働をすることになる。


 そんな十桜は、ダンジョン初日、二日目と運悪く強敵にばかりあたり、

 己の特殊スキルや周囲の冒険者たちと莉菜の助けを得てこれらを撃破。

 ダンジョン労働三日目の朝には、ギルド非公式冒険者ランキングで

 全世界ルーキーランキング1位になっていた。


 その日もダンジョンに潜る十桜と莉菜は、

 それぞれが身バレして冒険者たちに囲まれるも、

 十桜は莉菜の手を取り通路の奥へと走る。

 そこにモンスターが出現。繋いでいた手を離して撃破する。

 

 その手にあたたかな感触。

 

 莉菜が手を握ってきたのだ。

 彼女は、自分が「迷子になるから」といった。

 ネコ顔の助手は、青春の匂いに悶絶。

 アチアチアドベンチャーは開幕。

 

 十桜は目標を「地下二階へ行く」にさだめて

 莉菜とキャッキャッしながらダンジョン攻略。


 そして――

 






 ――次の日。金曜日。


 莉菜は朝からアイドルの仕事だった。


 各所へのお詫び回りと、新曲のレコーディングだと言っていた。

 莉菜の叔母さん結城美恵子さんと、

 現場マネージャーをしているという女性が車で迎えにきたのだ。


 玄関にいったはずの莉菜が、「わすれものがある」といって茶の間に戻ってきた。

 十桜は肘をついて寝転がり、マンガを開いていた。

 莉菜は十桜の目の前でヒザをつくと、「いってきます」といった。


「さっき言ったじゃん」


 そういう十桜の返事に、かわいい顔はうつむいていた。


「莉菜ちゃん、こっちの肩かいて」


 十桜は首を曲げ、下にしている方の肩を指した。

 

「え……? こうですか?」


 彼女はきょとんとしたが、

 すぐに目と鼻の先にきて、十桜のいった肩を指でポリポリした。

 そのあたまにふれて、そっとなでる。


「ん……じゅうろぉしぇんぱい……」

「いってらっしゃい」


 ふたりきりになった、ひとときのことだった。


「いってきます……」


 彼女はささやくようにいってうちを出発した。

 エンジンの音が遠ざかり、玄関が閉まった。


 あまい香りとやわらかな髪の感触が残った。

 そのせいか、マンガのページは進まなかった。


 莉菜はでかけていった。

 朝っぱらからごろごろしている十桜のほうは、

 母にケツをたたかれながらダンジョンに向かった。


 かに見えて、


 広場の屋台でビッグフランクを買った。

  

 露店からちょいと離れた十桜は、

 フランクにかぶりつきつつ、


(たこ焼きかあ……)


 他の屋台にも目をつけたのだが、まだ朝食を済ませて間もないので、

 氷満タンのボッタクリコーラ屋の前に立った。


「……これさ、もう一つ買うからさ、氷半分にしてコーラ多めにしてよ」

「……」

「これからヒイキにするからさ」

「……1割ならいいぞ」 

「3割は?」

「1.5割」

「1.5割ってなんだよ、2割は?」

「1.25割」

「減ってんじゃんか! じゃあ1.5でいいよ」

 

 無表情のジュース屋のおっちゃんから、

 もう一つコーラを受け取って、高台の階段に腰掛けた。


 噴水と小水路にかこまれ、ひんやりして風もここちよい。


 斜めに入ったジャンパーの切れ目がひらひらとなびく。


 今日はまだ冒険者に話しかけられていない。

 やはり、“無課金プレイヤー”の装備をしているからなのか。

 メットをはずして横に置く。

 切れてしまったメットのストラップはガムテで補強した。

 探索まえ、このカッコウでは誰も目を合わせなかった。

 当たり前だ。それは自分がわるい。

 しかし、怪しいランキングひとつでこうも変わるものか。


 冒険者や観光客をながめながらフランクにかぶりつき、

 コーラをちゅーちゅー吸う。

 ぶちりとちぎれる腸詰め肉の油と、ケチャップとマスタード、

 はじけるコーラの酸味と甘味とが口のなかをフィーバーさせ、

 のどを駆けめぐる。


「うめぇ~……!」


 すでに満腹にちかいのだが、

 ダンジョンをサボってかじりつく屋台の食べ物は格別だった。

 そして、もう一口とかぶりつこうとしたときだった。

 

(げっ! 母ちゃんッ!?)


 パーマを風になびかせて、

 颯爽と広場をゆく姿は、

 まさにサバンナのライオンだった。


 左手からガゼルのように子供が走ってきた。

 かと思えば、母の近くで転んだ。

 母は、その子をじっとみつめ、

 その子が立ちあがると、何かを言って頭をなでていた。


 十桜のなかでは「よく立ちあがった!」と母の声が再生された。


 子供がまた駆けだすと、

 母はまたズンズン歩き出した。


 この広場の主のような母に、背筋ピンとお辞儀する冒険者までいて、

 高台の裏側に避難していた十桜はダブルでビビっていた。


 母は家のほうから、こっちへとまっすぐにズンズン進んできているように見えた。


(なんだ!? バレたのか!?) 

(いや、そんな感じはない……!)


 猛獣があと十数歩で高台につく、というところで十桜は顔を引っ込めた。

 

(やべぇ~!!)と心で叫んでいると母の声が耳にはいった。


「……どうしたの……え……そう……」


 遠くて聞き取れないが、だれかと会話をしているらしい。

 母の声が異様にでかいので、それだけはわかる。


 どきどきしながらそ~っと覗くと、

 母は背中をむけていて、いまいたところから遠ざかっていった。


(ハァ~……危機はさった……)


 しかし、誰と話していたのか、会話の相手の姿がなかった。

 階段に腰を戻し、ふぅーと息をはく。

 すると、

 迷宮最深部の、秘密の森に咲く小さな花のような声が耳を刺激した。

 

「お兄ちゃん」

「そらっ! なにしてんだ!?」


 妹は高台の階段を昇ったところにいた。

 黒髪ライトぱっつんはいつものまま。

 おろしている長い髪は、つややかな美しさを誇っていた。

 顔からしたは、

 淡いピンクのニットセーターに、

 デニムスカートと黒ソックスにスニーカーという姿。

 セーターはダボッとはしているものの、爆発的な胸部の主張に目がいってしまう。

 しかし、妹なので一秒しか見ていない。


 そらは、にこにこしながらとなりに座って、楽しそうに話した。


「今朝、雨がふりそうな天気だったでしょ? だけど、きょうはずっと晴れてるみたいっていったら、お母さん洗濯物干しにいったよ」

「母ちゃんと話してたのそらだったのかぁ~、そっかぁ……たすかった……なにしてたんだ母ちゃん?」

「パトロールだよ」

「パトロールぅ!?」

「ひとり自警団」

「ひとっ……じけ……えぇ……」


(なんだそりゃ!)


 十桜は、母が自分を監視しにきたのではないかと疑い、ドキドキしていた。

 

「で、なんでおまえはここにいんの?」

「お兄ちゃん、四日目はサボると思って」

「なんでわかった!?」

「お兄ちゃんがささやくの」

「なぬっ!?」

「わたしのなかのお兄ちゃんが」 

「俺を飼うんじゃないよ」

「内心の自由ですわ」

「立派なこといいやがって」


 十桜はちゅーちゅーストローを吸った。

 そらは「それ、わたしの?」といって、まだ手を付けていないコーラを見ていた。


「ちげーよぉ……」そういいつつ、十桜はカップをそらにつきだした。


「やた!」そらは手をのばすが、「あ、これ多い方……」十桜は、もっともっと飲みたかった。


「お兄ちゃんの飲みかけのでいいよ」

「いいのか?」


 半分になったカップを渡すと、

 そらはちゅーちゅーおいしいそうにコーラを吸いあげていた。


「あそこのジュース屋のおじさんやさしいよね」

「あ?」

「そらもね、前に買ったことがあって、氷半分でっていったら、

 黙ってオレンジジュースの量多くしてくれたの」

「どんくらい?」

「ん~3割くらい」

「あのオヤジィ~……!」

「ね、ひとくち」

「ああ?」


 そらは、「ぁ~」と口をぽかりと開け放った。


 十桜は「しょうがねーなあ」と、ちいさなお口に、

 ジャンボフランクを控えめに挿入した。

 およそ18㎝あるフランクはもう、

 十桜が三口食べて五分の二は減っているので、

 たとえ妹でも、大胆に頬張らせることはできなかった。


 己は、「妹のプリンを半分食べてしまうくせに」などと、

 もうひとりの自分がチクリと刺してくる。


 しかし、


 パクっ、はむはむ……


 およそ、一センチメートルだけ、

 腸詰めの肉を食いちぎった妹は、満足そうにしていた。


 そして「おいちぃ」といった。


 その、あまえるような言い方と、ほほ笑みは、


「かわいくねーよ」

「ほんとうは?」

「……かわいくねっつーの」

「実のところは?」

「ねーよ」

「本音は?」

「カワバンガ」

「うふふ」

「うふふってなんだよ」

「亀さん忍者の掛け声だね」

「うるせーよ」

「よしよし」

「すんなよ」


 そらが「うふふ」と十桜の頭を撫でていると、

 冒険者の男たち三人がこちらに近づいてきた。そして、


「そらちゃんねるのそらさんですかっ!?」


 などと、妹の身バレマックスで話しかけてきた。


 彼のいう「そらちゃんねる」とは、


 その名前のまんま、そらのITubeアイチューブチャンネルの名前だ。

 彼はそらの動画リスナーなのだろう。

 だが、そらの顔がわかったのはなぜなのか?

 妹は顔は出さずに首から下だけで配信しているはずなのだが……


「……ちがいます」


 そらは、小声だったが、はっきりと否定した。

 だが、冒険者三人のうち、二人は目をキランキランさせて、

 妹を「動画配信者」だと確信しているようだった。


「え!? でも、そのスカートとセーター、配信で着ていましたよね!?

 あごのホクロも何度も見ましたし! 声なんか本人そのものですよっ!!

 メガネもかけてるし! ボク、大ファンですッ!!」

「本当にご本人なんですかッ!? オレも毎回観てます!!

 ガンプラもイラストもすごい上手ですよね!!

 配信観れないときはアーカイブで追ってます!!

 いやあ、こんなに可愛いかったんですねェ!! 顔隠してるのもったいないッ!!」


「いえ……」


 そらは身を固くして彼らに対応していた。


 いつも、何事があってもゆったりとしている妹だったが、

 不意打ちで身元がバレてしまったので、まったく余裕がない様子だ。


 それでも、なんとか喋っていたそらは、


「……」


 彼らの圧に押されたようで黙ってしまった。


 その細い手は、北斎拠点特製ギルドジャンパーの裾をつかんでいた。


(重田といい、こいつらといい、コアなファンはすげえなあ……)


 リスナーたちは、そらのちょっとした特徴だけで配信者本人だと特定したらしい。


「……ホントに可愛いっすね!! あの、一緒に写真撮ってもらっても……」


 そらのリスナーがスマホを出したとき、十桜は、


「ちょっと待ってください! 彼女は、普通の女の子ですよ。

 有名人とかじゃないです。だから写真はダメですよ」


 すこし大きめの声で、

 しかしゆっくりとしゃべってたしなめたのだが、リスナーは、


「……そらさんのお兄さんですかッ!?」

「えっ……!?」

「そうだァ! その、思春期をこじらせたような声! お兄さんですよね!?」


(あ……)十桜は、口をポカンとさせてしまった。


「いままで、五回、親フラてきに声だけ出てきたお兄さんだ!! すげー!! 感動!!」


 確かに、十桜はそらの配信中に何度か声をかけてしまっていた。

 彼らはそんなことまで記憶していたのだ。

 十桜は何にも言えなくなってしまっていた。

 そこに、追い打ちがきた。


「あの……お兄さんが《無課金プレイヤー》さんだったんですかァ……!?」


 最初にそらに気がついた男が、十桜のアダ名を口にした。

 悪意がまったくなさそうなので、なにも言い返せず、モヤモヤした。

 しかし、そのピュアさを連れの男がたしなめた。


「おい、それはディスりになるだろ!」

「あッ、すみません……」


 ピュアな男が十桜にぺこりと頭をさげた。

 しかし、ピュアボーイをたしなめた方の彼は、目の色が変わっていた。


「……ていうかお兄さん……ランキング一位なんですよね!?」

「え……? “この冒”の……?」ピュアボーイがボケッとした顔で尋ねた。

「そうだよ! ルーキーの!

 まさか、そらちゃんのお兄さんが《隻眼のナイフ使い》だったなんて……!!」


 たしなめる方の男は、キラキラした目で十桜とそらを往復して見ていた。 


 十桜はもう、いろいろ混乱していたのだが、


「もう歯医者の時間だ! いくぞ!」


 時空魔法の呪文を唱え、

 フランクを口にくわえると、

 そらの手を握り高台を降りて、家とは反対の広場の端っこへずんずんと歩いた。


 どんどん高台から遠ざかっていく。

 冒険者三人はついては来なかった。


「お兄ちゃん……」

「ん?」

「ありがと」

「んん」


 十桜は、ビッグフランクをくわえる口で返事をして、

 くわえたまま、もがもがと器用にそれを食い進めた。


「これからどうするの?」

「んが、あれれみな」

「うふふ、食べ終わってからでいいよ」


 そらの手を離し、

 フランクの棒を持ってガジガジ噛みつき、コーラで流しこむ。

 ゴミを捨てて、手をはらった。

 その手を触られた。


(あれ……これ、きのうもあったな……)


 そらが手を握ってきたのだ。 


「おまえ、なんで手ェつなぐんだよ」

「迷子になるから」

「誰が?」

「お兄ちゃんが」

「……」



 0036 迷子になるから






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