0035 迷子にならないように
「ヒッ! ヒナタンが
「ダッ! 代表ォッ! すでに敵の幻術スキル攻撃が始まってますぞォオオ!!」
「燕さまとの談笑だけでは飽き足らずゥウウ!! あの若人何者かァァアアア!?」
冒険者パーティー《豚共》の魔道士と中位僧侶が叫ぶ。
他の冒険者たちも、また十桜に近づいてきていた。
(やばっ……!)
『……ふぁ~、あれ……まだ溜まりだったでやんすかぁ、旦那ぁ、おは……』
ネコ顔の助手は、猫らしく短くたくさん寝る。
みずたまくんも目をこすっている。
十桜はのんきな二人を横目にしながら、思わず莉菜の手を握っていた。
そして彼女を連れ真ん中の通路へ。
走って10秒でスライム出現。
グラサンとマスクをむしり取る。
その瞬間に赤いスポットは伸びていた。
彼女の手を離す。
腰のナイフを抜く。
走ってきたその勢いのまま、
飛びかかってくるソイツの腹に、
一突き。
刃からドロリと落ちたゼリーは、床にベチョッとひろがる。
十桜は低燃費モードを解除した。
『旦那ァ、またお会いしたでやんうぅ!』
マップは広がり、
一度ケムリでドロンした助手たちが、あくびをしながら笑顔でまた現れた。
周囲に魔物の反応はない。
溜まりからはパーティーが一組、二組とはいってきた。
莉菜を見ると、彼女はなにかぽーっとしていた。
「どうした? だいじょぶか?」
「……あっ、はいっ! だいじょうぶです……!」
「そっかぁ、気分悪かったらいいなよ?」
「はい、ありがとうございます……」
そんなやり取りをしていると、青くぐにょんとした塊が砂山になった。
宝石を拾う。
それから歩きだしたとき、手を触れられた。
ドキリとした。
莉菜が手を握ってきたのだ。
「え?」
「あっ……いえ、その……迷子に、ならないように」
十桜が莉菜をみると、彼女はうつむいてぽつりぽつりとつぶやいた。
「誰が?」
「あたしが……」
「なるの? 迷子」
「はい……」
「じゃあ、いっか……」
「はい……」
『……ふあぁ……なんすかあ……また5秒に一回青春でやん……ふわあぁ……』
ふたりでお手々つないで歩きだすと、数秒で声をかけられた。
「……あのぉ、すみません……」
後ろに来ていたパーティーから、一人、小走りで迫ってきた男がいたのだ。
彼は、《豚共》のジュンと名乗った。
さわやかハンサムだ。
彼は、十桜と莉菜の二人が、どういう間柄なのかを恐れおおそうに尋ねてきた。
莉菜がいつもどおり、十桜のことを友人の兄だと紹介すると、彼は、
「教えていただいてありがとうございます……
本当にいきなりすみません……
あ、手はつないでいなかったと代表に報告しますので、
そういうことにしておいてください……勝手ですみません……」
といって、ぺこぺこあたまをさげ、後ろのパーティーに戻っていった。
十桜は彼が近づいてきたのが視えていた。
だから「人が来たよ」といって手を離そうとした。
しかし、莉菜はつないだ手をぎゅっとつよく握ってきた。
なので、内申焦りながらもそのままでいた。
(ジュンはいいひとそうで苦労してそうだなあ……)
彼の背中をやんわり見送ると、後ろを向いてまたぺこぺこしていた。
十桜は速歩きになって進んだ。莉菜も歩調を合わせた。
「つないだままでよかったの?」
十桜は、手にちょっぴり汗がにじんでいた。
「……なんか、もういいかなって……
お友達のお兄さんと手をつなぐキャラって変ですかね?」
「いや……へん、かなあ……」
「うふふっ……」
莉菜は笑うとサングラスとマスクを外し、切り替えたように話を変えた。
手はつないだままだ。
「やっとみんなが認めてくれましたね! せんぱいのこと……」
「ええっ……いやっ、スッ……ゲエ気持ちはいいよ?」
「うふふふっ」
十桜が「スゴイ」を溜めまくって言うと莉菜はくすくすと笑った。
「みんなから求められるのは実に気分がいい。
……けど面倒……いや、うれしいんだけどね……」
「ああ……そうですねぇ……」
「でも、俺は謎ランキングの人気だけど、
莉菜ちゃんはオーラがハンパないから見つかっちゃうんだよな」
「そんなっ、あたしよりも先輩のほうが知られた方がいいです!」
「いや、有名人って大変だよ? って、俺がアイドルに言うことかなあ?」
「あはははっ」
「それに、あのネットのランキング変なんだよ」
「変なんですか?」
「うん――」
莉菜にランキングサイト『この冒険者がすごいっ!』の説明をした。
十桜が指摘するこのサイトの“変”な部分とは、その情報が正確かつ、更新が早すぎるところだった。
「……こんなの普通わからないよね? どうやって情報を集めてるのかもわからないし、個人情報ダダ漏れなんだもん」
「不思議ですねえ……」
「うん……こんなこと出来るのはどんなひとかなあ?」
十桜がたずねると、
「神さま……?」
莉菜がこたえた。
「……そういうレベルだよなあ。
実際、ダンジョン・マスターみたいのがいるとか、
すげースキル使いがいるとか、そんなんかなあ……」
十桜が長年考えていたことを口にしていると、
莉菜はにこにこしながら顔を見つめてきた。
その笑顔は横目で見えていた。
だが、手をつないでるせいか気恥ずかしい。
彼女の方を見れない。
だから、モンスターの反応を眼で追っていた。
「来るよ。牙ネズミ二匹だ……――」
「はいっ! 今度はあたしが……――!」
――二人は、モンスターを蹴散らしながら通路を進み、
ヤツラの反応なくなったところで休憩した。
その小休憩の間、ダンジョンでの小さな目標を二つ決めた。
一つは、莉菜のレベルアップ。
「あたし、十桜先輩に追いつきたいです!」
これは莉菜が言い出した。なので、
(まあ、あれだ……)
モンスターとの戦闘は、基本、莉菜一人に任せる。
スライムや牙ネズミは二体までなら莉菜一人で対応。
それ以上は十桜も戦闘に加わる。
魔犬や骸骨なら、一体だけなら莉菜が担当する。
ただ、彼女は吸血バットが苦手なので、
ソイツらが飛んできたら十桜が前にでる。
十桜的には、見た目は良くないがそんな感じだった。
『……男の子が女の子に守ってもらってるんですかあ?』
いや~なヤツを思い出すが、それは置いておこう。。。
ボスレベルのモンスターではないと、
十桜には経験値が入らないようなので、これが妥当なのだ。
(まあ、スキルツリーもあるんだけど、いまは莉菜ちゃんのやる気を優先したい)
もう一つは、北斎ダンジョン地下一階の攻略。
(なんか、本物の冒険者みたいになっちゃったな……)
これは、まったく急ぐつもりはなかったのだが、
十桜に“早く二階がみたい”という気持ちが、
むくむくと湧いてきてしまったためだった。
十桜のあたまには、はじめてソロで戦ったときのことがよぎっていた。
あの、石の床に消えた【赤足の魔犬】の姿だ。
ダンジョンは深い。
地下一階にあんなモノがいるのだ。
ならば、さらなる底を見てみたい。
ダンジョンでの目標は、地下二階に行くことと決めた。
これを莉菜に提案すると、
「十桜先輩の目標、あたしのもう一つの目標にしてもいいですか?」
と照れた感じでいってきた。
十桜が、「いいけど……」と答えると、
彼女はうれしそうに、
「やったっ、いっしょにがんばりましょうね!」
と小さく両手でガッツポーズをしてきた。
十桜は五百円あげてもいい気分になった。
(攻略っつても、ほぼネットに上がってるんだけどね……)
地下一階の攻略情報のほとんどは、誰にでも知り得るものだった。
なので、地下二階に降りるのはレベルと時間次第ともいえた。
ただ、北斎地下一階のボスは、初心者にはかなり手強いモンスターとされていた。
しかも、このボスの攻略情報には、
『秘匿情報レベルC』が作用していたのだ。
『秘匿情報』は、レベル特Aである《レベルS》から《レベルD》までの五段階があり、その秘匿性の高さは《レベルS》が最も高く、《レベルD》が最も低いものだ。
この『レベルC』は、下から二番目に秘匿性が高い。
これは、他者から得られる情報の、
ごく一部のヒントしか認識することできない、というものである。
これは、ヒントとなる文章が目に見えていても、ぼんやりして見えなくなり、耳に聞こえていたとしても、“ただの音”としか聞こえなくなるのだ。
まるで、魔法で呪いがかけられているかのように。
◇
十桜と莉菜は休憩を済ますと、
さっそく地下一階攻略のためのエリアに足を運んだ。
そこは、地下一階南東にある広いフロアになっていた。
小、中学校にある、理科室のような長方形の部屋だ。
このフロアにはいると、スライム二十匹が現れた。
薄い煙がかかると、
灰色に濃くなる部分ができてきて、
一瞬で楕円の球が跳ねながら襲ってきた。
一気に二十匹だ。
その光景は、大量のビーチボールでやるフザけたドッジボールだった。
莉菜には事前に、モンスター名とその数をしらせてはいた。
だが、「キャ――ッ!!」と悲鳴をあげていた。。。
ただ、この程度はいまの二人の敵ではない。
二人は力を合わせて戦い、青い半透明の水たまりを沢山作った。
時間にしたら、ものの数分ことだ。
あたりには、砂場がポコポコうまている。
「いやあ、これは……順番を……しくじったあ……」
十桜は、最後のスライムをナイフで斬りつけると、「ふ~」と息をはいた。
「はあ、終わりましたね……」
莉菜は、その場にぺたんと座った。すこしゲンナリしていた。
【無限分裂増殖スライム】との死闘を繰り広げた昨日の今日だから、
余計にキツイのだろう。十桜も同じ気分だった。
(あぁ~、失敗したぁ~……別のトコからいきゃあよかった……)
十桜もその場に座り込んだ。
「莉菜ちゃんスマン……他の部屋からいけばよかった……」
「いえ……これくらい、先輩が昨日倒した数にくらべれば……」
「……ああっ、そうだね!」
十桜は明るく朗らかにこたえると、
莉菜は「あははははっ」と長いこと笑っていた。
彼女のツボにはいったようだ。
莉菜の笑いがおさまるころには、
周囲の砂山は床に吸い取られるように消えていた。
残った宝石、ドロップした回復薬などを回収すると、
二人は部屋の奥の方へいった。
奥の壁には、宝玉とも呼ばれるオーブが埋め込まれている。
十桜がオーブに手をかざすと、
ソレは緑色に輝きだし、数秒で消えた。
手の甲、小指の付け根に、豆粒大で緑色の痣のようなものが浮かんでいた。
「わあ……タトゥーみたいですね」
莉菜が十桜の手を覗き込んだ。
「これ、ボスの部屋開けるまで消えないみたいなんだけど、
仕事に差し障りあるよな?」
十桜がいうと、
莉菜は「コンシーラー使えばなんとかなりますよ」といってほほ笑んだ。
「そーなの?」
「はい。あ、アザとか隠すシールもあるんですよね」
そういう莉菜は、自分よりも大人に思えた。
莉菜もオーブに手をかざして、痣ができると、
「おそろいですねぇ」とにこにこしていて、
「あと四つですね!」手の甲を眺めながら元気にいった。
莉菜のいう、北斎ダンジョン地下一階攻略の仕方はこんな感じだ。
まずは、地下一階四つ角にあるそれぞれのフロアで、
中ボス的なザコモンスターオンパレードを倒し、
それぞれのフロアにあるオーブに手をかざす。
すると、中央にあるフロアが開く。
そこの中ボスを倒して、やはりオーブに手をかざすと、
ボスの部屋の扉の鍵が手に入る。
二人は一息ついてオーブのフロアからでると、
(わッ……!! マジか……!?)たったいま、すぐ目の前の壁に、
隠し部屋の扉が現れたのだ。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、なんでもない……」
莉菜は気がついていないが、
青白い眼には“みんなの憧れの扉”がしっかりと映っている。しかし、
(あ~……決めちゃったしなあ……)
きのう、莉菜に伝えたように、
隠し部屋には週一回しか入らないと自分のルールを決めたのだ。
十桜は歩きだし、(ああ、もったいねぇ~……)
泣く泣く目の前のごちそうをあきらめたのだった。
その日、十桜と莉菜は三つのオーブに手をかざして、
手の甲に、三つの痣をつくった。
痣の色は、緑、黄色、赤だったので、
「信号機みたいだな」
「信号機みたいですね」
声がかぶって、ふたりで笑った。
夜、ベッドのなかでは、
莉菜はあたまを撫でられながら、
ふたりの手の甲をながめてニヤニヤしていた。
0035 迷子にならないように
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