0034 ルーキーランキング1位の男


 絶叫人間外野島はやはり叫んでいた。


「――ひ、ひ、ひ……日向……莉菜……さんッ……!?」

「あ、はい……そうです……」

「……ほほほ、ホンモノの……日向、莉菜、さん……!?」

「は、はい……日向莉菜です。よろしくおねがいします」


 突然の莉菜の登場に、

 外野島がうめいて絶句した。

 そのリアクションからして、やはり莉菜のことを知っていたようだった。

 

 十桜はアツアツの湯呑み茶碗を一つ、縁台に起くとラジカセを回収。

 莉菜とともに玄関内に戻った。


「外野島、お茶飲んだら湯呑はそこに置いといてくれ」


 ドアを閉める。


 ――ガチャ


 早朝でもちゃんと戸締まり。


「おい! ウソだろ!? そっくりさん!? 名前も!? ええええ……!?」


 扉の向こうからは春爛漫な小鳥のさえずり。


「おいッ! どんなチート使ったんだよおおおおおおおおおおおお――ッ開けろ三日月扉をオープンドアしろよおおおおおおおおお――ッ!!」


 今日はいい天気だ。

 

 朝飯を食べた。

 帽子を深々とかぶった。

 莉菜は《GUILD》ロゴのキャップ。

 そして、玄関前に誰もいないことを確認。

 私服のままギルドへ。

 

 宝石を換金。

 

 十桜は300万円を手にした。


 いや、厳密に言えば306万7,650円の宝石換金領収証だ。


 これは宝石の換金額340万8,500円から、


 ダンジョン税5%とギルド手数料5%を引いた金額だった。


 十桜はこの金額をなんとなくは想像していた。

 だが、実際に数字を見ると目がまるくなる。 


 やはり、なにより大きな稼ぎとなったのは、

 あのスライム討伐があってのことだ。


 化物スライムからドロップした宝石は、

 叶姉妹が付けていそうな大きさの大粒加減だった。


 知らんけど。


 分裂した複数のスライムにはドロップはなく、

 親である核スライムだけで約330万円相当の宝石が出たのだ。

 

 その換金領収証とキャッシュカードを握りしめ、

 ギルドからちょっと歩いてゆうちょ銀行へ。

 ドキドキで限度額の50万円を引き出した。

 これを莉菜と二人で山分けする。


 近くの公園へ。


「すげえ……!」

「先輩とあたしたで稼いだんですね……!」


 封筒の中の札束を出し、

 ベンチに腰掛けている二人は握手をした。

 そこは、小さな小さな森っぽいエリアなので人目はない。

 50枚のお札を、二枚の封筒にきっちり半分わけた。


「ああ……そうだよ! 稼いだんだ……」

「でも、ほとんど先輩の力です。だから、りなはもっとがんばります!」

「いや、きみがいなかったら、あの化物共は無理だった。だから、二人で稼いだんだよ」

「せんぱい……ありがとうございます……」


 そういう莉菜の声は小さくなっていって、

 そして、うつむいたかと思えば泣いてしまった。


「だいじょうぶ……!?」

「……はいぃ、ごめんなさい……なんか、ぅう……ぐすっ……うぅ……」

「どうした……?」


 あの、黒ずくめの狂人に血まみれにされても、涙一つ見せなかった莉菜が、

 よく晴れた公園で涙をぼろぼろ流しているのだ。

 

「ぅう、ぅぅ……うれ、しくてぇ……!」


 莉菜は顔をあげて泣きべそを見せた。

 十桜は、思わず「ふっ」と笑ってしまった。


「しぇんぱいぃ……おはずかしいでしゅう……」

「ああ、いんだよ……おれもうれしいよ」


 十桜も目頭が熱くなっていた。

 右目の端に通る傷を撫でる。

 肩にあたたかな感触。

 莉菜のあたまがあった。

 その髪を、やわいちからでさする。

 

 昨日は、長い、長い一日だった。

 もう、莉菜とは何年も前から一緒にいるような気分だった。

 文字通り死ぬ思いで稼いだお金だ。

 そして、人も救えた。

 感謝もされた。

 冒険者は決して悪い仕事ではなかった。


 好きなのとやるのとは違う。

 しかし、十桜はやれた気がした。


 冒険者を――








 0034 ルーキーランキング1位の男







 

 ――十桜たちは、広場で買い物をして装備を整えた。

 

 ナイフ二本と、あとは適当な装備とアイテムを購入。

 大きなお金を払う。

 さっと買い物が済んだ。


 初給料をつかったのだ。

 もっと感動するのかと思っていた。

 あたまがぼーっとしてあまり実感が湧かなかった。


 莉菜はにっこにこだった。

 

 それからうちに戻り、冒険者装備に着替えた。

 仏壇に線香をあげる。

 莉菜と二人で手を合わせた。

 ねこをなでる。

 店のじいちゃんとばあちゃんに「行ってくる」といって玄関へ。

 父はとっくにうちを出ていて、

 母もでかけていた。

 玄関でそらに見送られて出勤。

 そらは、ダンジョンにまでついてきそうな勢いだった。

 実際、ギルドの前までは来た。


 ダンジョン通勤三日目。


 入り口付近。

 通称“溜まり”は、昨日までの様子とはぜんぜん違っていた。


「――三日月さんですよねッ!? 隻眼のナイフ使いのッ!!」

「三日月さんッ、うちのパーティーに来ませんか!?」

「いえ! 是非ウチに来ていただきたい!!」

「ねえ、三日月さん、あたしたちのパーティーに来てくれませんかぁ?」

「ちょっと、割り込みしないでよ~私たちの方が先よォ!!」

「三日月さん是非ウチに! もちろん、日向莉菜さんも一緒にッ!!」


 冒険者たちが十桜の元に押し寄せ、勧誘合戦をはじめたのだ。

 これは、例のランキングサイトの影響にほかならなかった。


(お前ら……ネット情報鵜呑みにしすぎ……)

(しかし、なんでこんなすぐに――)

 

 ――身元がバレたのか!?


 十桜はサングラスをしていた。


 莉菜にもさせた。


 頭にはターバン。

 莉菜は猫耳フード。

 口元には白マスク。 

 莉菜にも白マスク。

 体は適当な軽装革鎧。

 莉菜はいつもの装備の上に猫耳フード付きコート。


 これだけ完璧な変装をして身バレしたのだ。

 これは、冒険者鑑定の魔法によるものだろう。


 溜まりに入り、初めに自分らを見つけた声があった。


「ヒナタンッ! アレ、ヒナタンッ!」

「え!? 本当ッ!?」


 中級冒険者パーティー《豚共》のリーダー、魔道士じょうがさきとサブリーダーの中位僧侶ジッピーだった。


 彼らは“ヒナタン”と言った。

 それは莉菜の愛称だった。

 十桜は、その名を呼んだ声をなんとなしに知っていた。


 彼らは、冒険者界隈の“美女”“美少女”の非公式ファンクラブをやっている。

 異色のパーティーだった。

《豚共》というパーティー名は、彼らが自虐的につけた名称なのだろう。


「レベル4エンチャンター……ヒナタンと同じだ!」

「おおッ! さすが我らが代表!」

「それに、あの体型とまばゆさは本人に間違いないッ!」 


 魔道士のじょうがさきが鼻息荒く叫んでいた。


 どうやら、変装をした十桜の身元がバレてしまった理由は、

 同行する莉菜の素性を、彼らに調べられてしまったことにあったようだ。

 莉菜は、美少女大好き魔道士の網に引っかかったのだ。。。

 彼女の低身長ボインという体型と、

 その隠しきれないオーラも本人を特定する要因だった。

 その胸の双子富士は、変装のためのコートを突き破りそうになっているのだから。。。


(もっとブカブカのにすればよかった……)


 それはさておき、


 件のランキングサイトには、

 十桜と莉菜の名前が同じパーティーのくくりで掲載されていた。


 パーティー名は、《十桜と莉菜》。そのままだ。

 十桜はまだパーティー名を決めていないので、

 暫定的にそう明記されていた。


 そして、ランキングに載る十桜はこう書かれていた。



 全世界・ルーキーランキング【レベル1~レベル19】


 第1隻眼のナイフ使い三日月 十桜|(みかづき じゅうろう)


 レベル2 クラス:シーカー


 所属パーティー名:ギルド登録名なし

         (当サイトは『十桜と莉菜』と命名)


 パーティーメンバー:日向 莉菜


 備考:無課金プレイヤーと呼ばれている冒険者。

    冒険者復帰から、たった二日で多くの強敵をブチのめした。

    また、多くの冒険者を救った。



(……ていうかプライバシーなしかよ……)

(こんなもん、調べようがないのに……絶対おかしいよな……)


 こんな状態なので、二人のうち、

 どちらかが誰だかわかればその同行者の身元はバレてしまうのだ。


 初級、中級の冒険者たちが十桜に押し寄せている。

 その中には、顔見知りの姿もあった。


「……三日月さん、この前は失礼しました。よろしければ、ボクたちとパーティーを組みませんか? この再会もなにかの縁ですよ!」

「そうですよ! ボクらと楽しく、いえ、本気で最強目指しませんか?」


 その二人は、『半殺しになろう計画』を実行するための、パーティー探しのときに面接をしてくれた人達。

 長身の魔術士と、小柄な騎士の二人だった。


 十桜は、彼らの面接に落ちた。

 しかし、恨みなどはない。

 パーティーの勧誘はもちろん断るが、

 意趣返し的なものはないのだ。


 ただ、十桜は彼らに謝りたかった。


「……宝石の取り分は、三日月さんが二人分でどうですか!?」

 

 長身の魔術士が言った。十桜は彼にあたまをさげた。


「いえ、勧誘はお断りします。ですが、その……この前はすいませんでした!」

「え? なんの話ですか?」

「ふざけたカッコウで面接を受けてしまって、ごめんなさい!」

「え? いえ……でも、あれですか? やはり、ウチのパーティーには……」

「はい! もう、パーティーを組んでいるので、誰のパーティーにも入りません! では、ぼくらは失礼します!」 


 本当は、『半殺しになろう計画』に彼らを利用しようとしたことを謝りたかった。

 しかし、その話をすると長くなり、複雑で、この場では面倒なので適当な理由をつけてあたまを下げたのだ。

 十桜は言うべきことを一息で言うと、

 莉菜とともに初心者推奨の通路に入ろうとした。


 そのとき、馴染みのある声に呼び止められた。


「……じゅうろうくん……」


 その水蜜桃のようにとろける甘い声は、怪盗、


「燕さんっ!」


 彼女は、低燃費モードの青白い眼にいきなり現れたように視えた。

 そして、スッと近づくと、十桜の右手をとって両手で握りしめてきたのだ。


「すごいわね十桜くん、ヤバイスライムひとりでなんとかしちゃったんでしょ?」

「え? いやっ、違います!」


 十桜は、話ながらグラサンをはずし、マスクはアゴにずらした。


「まったくあたしが助けに入る必要ないわねぇ」

「それは、うちのサブリーダーと、初めから戦っていた冒険者の人たちの、おかげで……なんとか……」

「うん、そうなんだ」

「そうです! 全然、ひとりとか……それは話の尾ひれハヒレですよ!」

「うふふ、そっかそっかぁ」

「そうですよ~……」


 事実誤認を否定するのにちょいと興奮した。

 ふ~とため息をついた。

 すると、周囲のザワツキに気がつく。


「アイツ、燕さんと知り合いなのか……!?」

「なんでェ!? 手ェ握ってッ……すげえ楽しそうだぞ燕さん……!!」

「やっぱアイツがルーキー一位なのか……!?」


(……燕さんと話してるだけで、スゲエ優越感が……!!)


 怪盗燕が超有名で超人気なのは知っていたが、

 彼女と喋っているだけで自分が偉くなったような気分になった。

 そう錯覚したのは今日が初めてのことだ。


「……あたしね、今日は午後からお仕事なの」

「依頼ですか? 北斎で?」

「ちがうわぁ」

「え……?」

「も~、わざわざお姉さんが会いにきたんだから、もっとよろこんでよねぇ」

「えっ? わざわざ……ありがとうございます……」

「うふふ、十桜くんらしいなあ……じゃあ、あたしはお仕事いくわね」

「はい、また!」

「うん、またね♪ 莉菜ちゃんもまたねぇ」

「あっ、はい……また……」


 燕は去り、ドギマギと返事をした莉菜の腕は、


「……莉菜ちゃん……うでが……」


 十桜の腕に絡みついていた。


「……あっ、すいません……!」


 それを指摘すると彼女はちょいと離れた。

 またも莉菜は十桜を捕まえるかのように腕を絡めていたのだ。

 腕に残るやわらかな感触が十桜をドキドキさせ、

 女子ふたりの香りが混ざり合って鼻をくすぐりまくった。


 なんとなく、またサングラスをかけた。


(ああ、ダンジョン……)





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