0028 アクセラレータ

 

 炎の刃が二つ。


 そのブヨブヨのボディーを焦がし、削っていく。

 魔法耐性なんて無視するかのように。


 身体は軽く、加速し、

 強靭な腕力に、

 手先は情熱以上の赤い炎。

 スピード×スピードに、攻撃強化と属性が乗った。


 そして、ただ熱しているだけではない。


(ウオオオオオオォォォ――ッ!!)


 胸に火が灯る。

 青白い眼に映る炎は、どこまでも行ける気にさせてくれる。


(行ける……!!)


 一ミリ、二ミリと、刃の進む幅が増えていく。

 魔物の再生スピードを凌駕していた。


(行ってくれええェェ――ッ!!)


 そのとき、


 青いアブク野郎はブルッと震えた。


 そいつの全身が淡く輝き、湯気のようなものが立った。

 

 青白い眼に視えていたステータスが……



 レベル1

    ↓

    2



(上がったぁああああアアアァァ――ッ!?)


 上がった。 



 ――スキル《硬化》を取得。


 ――スキル《硬化》を発動。



「生意気なあああああああああああァァッッ!!」

「……せっ、先輩ッ……!?」


 十桜が咆哮をあげると、莉菜がビクリとした。


 強敵とヤリ合った冒険者の十桜はレベル1のまま。

 何考えてるかわからないアブクの魔法生物はレベル2に上昇。


 そして、青く透明なブヨブヨはその色を濃く、黒っぽくしていった。


 これがスキル《硬化》だった。


 刃の通りが鈍くなる。


 炎によって、調子よくブヨブヨのブクブクを溶かしていた刃が寸前よりも重い。


 しかし、削れてはいた。腹の奥へは進んでいた。

 コイツは今もなお《自己再生》を繰り返している。

 そして、半透明な黒になり硬くなった。


 だが、刃は鈍くなっても進んでいる。

 莉菜と十桜のスキルがまだ勝っている。


 しかし、黒玉の、自爆の点滅は加速していく。

 あと少し。

 

 まだ冒険者たちの避難は終わっていなかった。


 なんと、


 こちら側の冒険者は別のモンスターに襲撃されていた。


 向こう側は、

 まだ十数匹いるスライムをスルーして逃げていく。

 だが、こっちは【骸骨】四体に逃げ道を塞がれていた。

 スライムの残党もまだ七匹いる。


(ヤベェッ!! 間に合えエエエェェ――――――――ッ!!)


 中央付近にある“石”に、もうひと押しで炎の刃が到達する。その時、


「なァァッ!?」


 その“石”が、ゆっくりと三センチ後退したのだ。


「――ざけんなアァァ――――――ッ!!」


 点滅は、更に加速。

 点滅していた黒い球は色が無くなっていく。


(ダメだッ間に合わないッ!!)

『旦那ァ――ッ!!』

(なんだァ!?)

『がんばってくだせ――――ッ!!』

(がんばってるよおおおおオォォ―――ッ!!)

『あっしもみずたまくんもぉ、まだ死にたくありやせええええん!!』

(……死なせねーよッ!!)


 助手とみずたまくんは、滝の涙を流しながら、

“日本一と書かれた日の丸センス”で十桜を応援していた。


 二刀の刃は赤く燃え、

 身体は素早さの青と力の黄色、

 防御の緑が虹のように輝いている。


 こんなカッコイイことは他にあるだろうか。

 人生に、こんな主人公的なことはあるだろうか。

 

 いましかない。

 死にたくない。

 死なせるわけにはいかない。


 ならば、叫ばなければならない。


加速装置アクセラレータ、上がれッ!」


加速装置アクセラレータ、全開ッ!」


加速装置アクセラレータ、セカンドォッ!」


 どれもシックリ来ない。

 人生に、心の奥に紐付いていない。

 借り物の言葉だ。


 本気の本気で攻撃し続けている。


 しかし、


 高速の連撃はそのまま、それ以上、なにも変化しない。

 莉菜に素早さを上げる《うさぎさんのじゅつ》をかけてもらい、

 女盗賊の人に、やはり素早さを上げる《風の腕輪》を借りた。

 借りていた喜多嶋のナイフと女剣士のナイフで二刀を振るった。

 最初はぎこちなかった二刀の動きは、

 すぐにコツを覚えてなめらかな動きになっていった。

 なので、初太刀よりも速く強力な攻撃になっている。


 そして、


 虎の子の《加速装置アクセラレータ》を覚えて発動をした。

 だが、それでも足りなかった。

 レベル上昇は期待できない。

 自分には《ダンジョン・エクスプローラー》しかない。

 これを、その力をさらに引き出すしかない。

 気合いだけではダメのか。

 いままででこんなに頑張ったことなどない。

 身体中の血管がネジキレそうだ。


 あと何が必要なのか?

 このまま終わるのか?


 大丈夫。死んでも生き返ることはできる。


 死亡ペナルティーはあるが、どうせレベル1だ。

 ステータスもグンとさがり、スキルも失うものがあるらしい。

 更に、いくつかの記憶も失くなることがあるらしいし、

 障害が残ることもあるらしい。

 だが、それは稀なことだ。


 ……サンライズ・スキルはどうなんだろう?


《ダンジョン・エクスプローラー》は?


 …………


 ニートだった自分が、この二日、よくがんばったほうだ。

 バッドステータスの『ダンジョン酔い』もキツかったのに、

 なんとか付き合っている。

 これからもまあ、なんとかなるだろう。

 運が悪くなければ、なんとか生き返られる。


 ただ、莉菜だけは逃さないと。


 彼女は、辛かった今までのぶん、

 幸せに生きないと――



「――莉菜ちゃんは逃げてくれェッ!!」

「先輩ッ! あたしたちは負けませんッ!!」


 彼女と声がかぶった。


 莉菜はずっと、増え続けるスライムを叩き、減らし、十桜の露払いをしてくれている。

 まったく逃げようとする気配がない。

 なぜ、そんなに十桜を信じられるのか。


「もう、逃げろッ!! 俺はいいから――」

「イヤです!! 先輩も一緒です――」


 また、かぶった。

 彼女の声が、あたまに響く。

 

 喋ったことのない後輩。

 そのはずなのに、

 なぜだか懐かしい感じがする。

 それは、昨日も感じたことだ。


「ダメだ! 逃げるんだ!! お願いだッ!!」

「ダメです! 先輩がいたからあたしは……――!!」

 

 彼女の声が、からだに染み込んでくる――







 0028 アクセラレータ







 ――だって、かそくそうちってなんかカッコイイじゃないですか

 あくさらられーも


 アクセラレータね


 あくせらー……あく、せ……あくせられー


 タ


 た


 そう、タがつく


 たがつく


 そう。いってみ


 あく、た



「――アクセラレータだああああああああああああああああああああ!!」


 紐付いた。

 十桜は、ほんの昼前のやりとりに突っ込みをいれていた。

 叫び、高速の連撃を入れ続ける。


 瞬間、


 ――ボファッ


 爆発した。


 そう思った。


 ヘルメットが吹き飛び、

 ジャンパーは膨らみ、ジッパーを壊し前がはだけた。 

 両腕は獲物を切り裂きながら、吹き飛ぶように横に広がる。

 二刀のナイフはなんとか握っていた。


 全身から外側へ、熱い何かを発散した。

 そんな感じだった。


 眼の前が白い。


 いや、全身が白く輝いているのだ。

 白い炎のなかにいる感じで。

 青と黄と緑の光も、

 複雑な土星のわっか、といった風情で周囲をくるくるまわっている。

 

 赤く燃えていた刃は、手先、腕にまで広がり、

 白の輝きが混じり、煌々として神秘さを増していた。

 

 半透明の黒いブヨブヨは、一瞬で再生する。

 子を産み続ける背中以外は、完全にキレイな楕円形。 

 無口のはずのヤツは、なにか、笑っているような気がした。

 全ては無駄だったと。


「フー……」


 十桜は息を吐いた。


 まずは一太刀。

 愛らしいフクロウくんが持ってきてくれた、

 探偵魔術士喜多嶋のナイフ。


 そして、もう一太刀。

 名も知らない自分に得物を貸してくれた、

 女剣士のサブウエポン。


 それから、もう一太刀。

 さらに、もう一太刀。


 次も、もう一太刀

 その次も、もう一太刀。


 わかっているとは思うが、もう一太刀。

 その次は? そう、やはりもう一太刀。


 それを繰り返す。

 ただひたすら繰り返す。


 減ったゼリーは増えない。


 それがふつうだ。


 スプーンですくって口にはこぶ。

 それを繰り返す。

 もうこんなに食べちゃった。

 もうすこしゆっくり食べればよかった。


 あとのまつりだ。

 それが“ふつう”というものだ。

 目の前のゼリーはその状態になっていた。


 残念だなあと思うことはないが。

 

 ソイツはもう、増えない。

 いや、再生して体積を増やす速度よりも、燃える二刀を振るう、両手の動きの方が速くなっていた。


 それだけだった。


 もう、まんまるゼリーのようなキレイな楕円はそこにはない。

 徐々に無くなってゆくソイツは、

 半透明の黒いブヨブヨは、もう、笑ってはいなかった。


 ナゼ?


 目も鼻も口もない顔で、そう訊いてきた。


 ソイツは、こう訊きたいのだろう。


 ナゼ、凄い自己再生を使えて、

 無限に分身を産み増やせて、

 レベルまで上がって、

 硬くなってしまって、

 この超強いボクが、


 ナゼ、


 レベル1の冒険者なんぞに負けそうになっているのかを。


 だから、親切に教えてあげようと思った。


“それはな、オマエは俺を怒らせたからだ”


 そう言いたかった。


 オラオラしている主人公みたいでカッコイイからだ。


 けれど、


 レベルアップで負けたこと以外はそんなに怒っていない。


 だから、こう答える。


 うーん、ナゼかはわかんないけど、オマエは負ける。


 それだけだ。


 ナンダトー!?


 ヤツは怒ったようだ。


 目も鼻も口も脳もないのに。


 ソンナコトデ ナットクイクカー!!


 じゃあ、つきなみだけど、みんなのおかげだ。


 友情パワーとは言わないが、


 冒険者たちの“思い”の結集がオマエを負かすんだ。


 ナンダソリャア!!

 パーティーガ チカラヲ アワセルノハ ワカルガー

 ボクダッテ オマエラヨリモ ナカマガイッパイ イルンダー!!


 いや、これが一番良い答えなんだけどなあ……

 実際そういうことだし……


 ウルサイ! ダマレ!!


 じゃあ、強いて言えば――


「――お前は俺を怒らせた」


 からだった。


 十桜は、

 スライムにレベルアップで負けたことを、強く強く妬んでいた。

 コンプレックスといってもいいかもしれない。

 自分でも、ビックリするくらいに、

 目の前で“レベル2”という冠を受け取ったスライムに嫉妬していた。


 黒く半透明のブヨブヨは、ビクリと震えた。

 その色は、

 黒から群青になり、

 また青色の半透明に戻っていった。


 そのときには、


 超高速で動く二刀の炎刃は、

 核スライムの腹の中を完全にかっさばいて、

 点滅する気泡のような石を、

 傷つけ、

 次には、斬り裂いていた。


 すると、黒い石は、アイスのように溶けていった。

 同時に、十桜を取り巻く白い炎も消えた。


(――良しッ……!!)


「――自爆は無くなったァ――ッ!!」


 十桜が叫ぶと、莉菜が皆に伝える。


 そのとき、弱点の反応を示していた核となる“赤い石”は、

 三つに分解して、高速で射出されるようにスライムの体を突き破ったのだ。


 ソレは、青く透明な皮を纏って、

 ミニスライムになって左右の壁、天井に散った。


「……させるかァ――ッ!!」


 両の手の燃えるナイフは、

 光の線になって、

 左側と天井に逃げたヤツに一本ずつ突き刺さった。


 青いゼリーは溶けるように形を崩して、

 ナイフが刺さった赤い石が顔を出して落ちた。


 しかし、ラストの右側に逃げたヤツは、

 まだ燃え盛る炎の門にひるまず、

 小さな体で壁の高い位置をヌメヌメと進み、炎柱の陰にはいっていた。


 ソイツを守るかのように、向こう側のスライム群が押し寄せる。


 十桜は、青球共を蹴りつつ、


 眼前に拡張現実のように浮かんでいる、

 涙を滝にして“日本一と書かれた日の丸センス”と、

 魔法の杖を持つネコ顔の助手を握りしめた。

 

 そして、


「ダンジョン・エクスプローラアアァァァァ――!!」


 叫び、投げつけた。

 炎柱の向こうへ――


『――なんですとおおおおおおおおおおおオオォォォ――――――ッ!!』


 ネコの文句とともに、

 直線だった助手の軌道は、

 弧を描いてホーミングミサイルのように飛び、

 炎柱の影にいるミニスライムにひっついたのだ。


『仕方なしッ! やってらあああアァァ――!!』


 助手は、弾力の表皮を杖でボコボコに殴る。

 しかし、ソイツは、助手を乗せたまま、

 スライムを蹴散らす十桜からぐんぐん離れていく。

 十桜のあたまに、先のミニスライムが燃えて溶ける姿がよぎった。


「……燃えろッダンジョンエクスプローラアアアァァァ――――!!」


 吠えた。


 次の瞬間、

 開かれたネコの口内が、ポーと明るくなり、火炎が放射されたのだ。


『ヤライデカアアアアアアアアアアアアアァァァァァ――――――ッッ!!』


 炎発射は、助手の握る魔法の杖ではなく、口から。


 ゼロ距離で炙られたミニスライムは、

 体が見る見る減っていき、

 核たる赤い石も溶けてなくなったのだった。


 その後、


 十桜と莉菜は、

 押し寄せていたスライム十三匹を連携してつぶした。


「終わったァ……」


 マラソン大会がやっと終了したみたいな顔の十桜に、


「十桜先輩ッ! やりましたね!」


 莉菜が抱きついてきた。けれど、


「あっ……ごめんなさい……!!」

 

 ちょっと離れた。

 けれど、ゆ~っくりと近づいてきて、またくっつくぐらいの距離になった。


「マジでやったのかッ!?」


 ガチムチ戦士の声も聞こえる。

 奇襲の骸骨と、残りのスライム討伐も済んだのだ。


 大きなため息をはいた十桜は、

 身体がクラっと揺れた。

 片目は閉じているが、目眩がしたのだ。

 意識も失いそうになっていた。


 そして、


 思わず莉菜にもたれかっていた。

 抱きしめあうような形になった。


「せんぱいっ、大丈夫ですか!? ポーションも薬草ももうなくて……」

「……ごめん……だいじょうぶ……ちょっと動けないけど……」

「……だいじょうぶですよ、いまのあたしは力持ちです」


 ささやく莉菜は、大木のようにどっしりしていて、

 やわらかな双子富士が、くたびれた身体をやさしく受けとめてくれた。


「……おつかれさまです……あの、せんぱい……」


 十桜がマラソン地獄の後の天国を味わっていると、、

 莉菜のちいさな声が聞こえた


「……十桜せんぱいは……屋上にいったこと……ありますか……」


 彼女は、ぽつりぽつりとささやく。


 しかし、十桜は、「……え……?」意識がおぼろげで、彼女の言葉がよく聞き取れなかった。


「……うふふ、なんでもないです……」


 かわいい声が耳をくずぐると、


『テテテテッテぇ~テッテぇ~♪』


 あたまのなかに、テンションがあがる曲が響いた。


 いつの間にかに戻ってきた、助手の口ずさんだものだ。

 それは、国民的RPGのレベルアップ音を真似たものだった。  


『おめでとうございます旦那ぁ!! 旦那の冒険者レベルがぁ――』






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