0027 無限分裂増殖スライム


 アブクだらけの通路。


 その青い泡で腰ほどの高さの壁ができていた。

 そいつらは、だいたいがぴょんぴょんと跳ねている。

 そいつらには、一つ一つに棒が生えていた。

 例えるなら、大量のたこ焼きの一つ一つに、ようじが刺さっているような状態。

 青い丸に、赤いようじが。

 青白い眼には、そう視えていた。


 十桜は、ある一点に繋がる経路のみを掘るようにナイフを振るった。

 最弱のあぶくどもは、0.5秒ごとにつぶれていく。

 壁は崩れ、道ができる。

 その先に、拳を、脚をまばゆく光らせ、

 星を降らせるパーティメンバーの背中があった。


「……莉菜ッ! 俺にスピードをくれ!」

「十桜先輩ッ! あなたは いとしい けんきゃくのかわいいこ」


 耳に、歌うようにいたわるように響く詠唱を聞きながら、


『うすやみのいしだたみを』 


 障害物をかきわけ、


『くさはらにかえて』


 しぼんだビーチボールの山々をつくり、


『かけてとんではねて』


 莉菜の前に立つ。


『うさぎさんのじゅつ』


 身体が青い光を放った。


 ゆったりと、

 しかし波状に迫る青い楕円の球をなぎ倒う。

 ナイフが止まると、魔物の亡骸は山をつくった。 


 この戦闘に参加しているのは、十桜と莉菜を抜かせば三つのパーティーだろう。

 彼と彼女ら十六人は、二手に分かれていた。

 一チームは十桜と莉菜がいる場所に六人。

 もう一チームは、十桜から12メートル離れたところに十人がいた。

 こちらは二人が戦闘不能状態。

 あちらは三人が戦闘不能、一人が気絶状態。


 この二チームが挟み込む形になっている、

 その中心に、核となるスライムがいて、

 だいたい一秒間隔で分裂増殖を繰り返している。


 その大量に増えたスライムどもは、

 床だけではなく、壁に天井にとはいずり、

 二チームの背部にまわって挟み撃ちをしてきていた。


 しかし、このスライムたちが異常なのは数だけではなく、

 HPが通常の三倍以上あり、なおかつ、魔法耐性が異様に高かったのだ。

 十桜が視る限り、

 ここにいる冒険者は何度も範囲魔法を使ったようだが、

 その耐性の高さにはばまれて、後退すらままならない状況のようだった。


「……オイッ! アンタ無課金プレイヤーってヤツだろッ!? そんな装備じゃダメだッ!! コイツらは通常のスライムじゃないッ!! アンタはさがってろッ!!」


 こっち側グループ、攻守の要になっているガチムチの戦士がしゃがれ声で怒鳴る。


「……ああ、すこししたらさがるよ……」


 十桜はスライムを潰しながら言った。

 こういうときはムダに争わず、話を合わせたほうがいい。


「あぁッ、そうしろ! アンタ、片目見えないんじゃないのか!? ここじゃあ不利だからな!」


 ガチムチ戦士の右手にいた十桜は、そいつの背中側に移った。


(まずは準備だ)


 これから化物退治のしたくにかかる。


 十桜はまず、戦士の左手で戦う冒険者に話しかけた。


「剣士のひとッ! サブのナイフ貸してください!」


 そうお願いすると、


「……えっ!?」


 剣と盾と、ポニーテールをふりまわし奮闘する彼女は、

 戸惑っている様子だったのだが、


「……ナイフをおねがいします!」


 莉菜が重ねて言うと、

 彼女は腰元に装備していた得物を、十桜の足元に放り、


「頼みます!」


 とても責任感が強そうな声でいった。


「剣士さん、莉菜、ありがとう……」


 そして、ナイフを拾い、

 礼をいう十桜が次のセリフを言う前には、


「――まるたのような うでを ふりおろす――」


 彼女は次の魔法詠唱にはいっていた。


 十桜は切り替えて、二刀のナイフを振り回し、


「そっちのひとォ! 《魔法のオイル》持ってます――!?」


 腹から声を出し、スライムの山の向こうのパーティーにたずねた。


「なにッ!?」

「あるか?」


 彼らは、十桜のいうアイテムは持っていなさそうだった。しかし、


「わたしたちあります!」


 近所に住む聖母、といった雰囲気の声が背中から聞こえた。


 僧侶の彼女はMPが切れていて、

 回復魔法を使えない代わりに棍棒をふりまわしていた。


「エイミーの荷物に……」


 彼女が、戦闘不能の魔術士のカバンの中身を探すあいだ、呪文詠唱を終えた莉菜と、黄色く輝き出した十桜が護衛についた。


 それから、朗報はすぐにきた。


「ありましたぁ!」十桜は振り向かずに僧侶からそれをもらう。


 アイテムは二つあった。


 十桜は再び、

 前衛を張るガチムチ戦士のとなりに立ち、

 そのオイルの革袋を核スライムから向こうへ3メートル、

 壁から1メートル離れたところの、

 へばりつくスライムどもの隙間に投げつけ、

 もう一つも、対面の位置に命中させた。

 オイルは床にも落ちて、油溜まりをつくる。


「なんだァ? 何する気だぁ!?」向こうの剣士が聞いてくる。


 これに炎系の呪文をくわえれば、ヤツラに魔法耐性があってもそれなりの効果があるだろう。


「おい、あんたァッ! ズレてるぞッ! 分裂する本体は真ん中の壁際だ――ッ!!」


 向こう側の剣士が怒鳴った。


「あそこから溢れてるのが見えねーのかよッ!! あそこに集中砲火しなきゃ意味ねーだろォ!!」


 剣士のクレームは続く。

 分裂の核となる敵に、強化攻撃をくらわせるのは当然なのだから、

 彼の言ってることはわかる。しかし、


(視えてるさ)


 オイルの効果は炎系攻撃を1.5倍にする。


 だが、この場で戦える魔術士のレベルは12で、

 その程度の術者が使う炎魔法では、

 分裂スライムの壁に阻まれて核スライムは攻撃から逃れてしまうだろう。


 逃げた先が十桜のところならばいいが、

 向こう側にいってしまえば、退治が遅れて全員のダメージが増える。


 そうなれば、

 気絶している仲間をかかえて、

 この弾力地獄から逃れるのは困難なのだから、

 寝ている仲間を切り捨てて脱出するか、

 全滅するかしかない。


 そうならないために、向こう側に柵を作らなければならない。

 通路を塞ぐことはできないが、ないよりはいい。


「魔術士さん! 炎たのみます!」


 十桜は、青い球体共を右と左でグッ刺し、足元のを蹴飛ばして叫んだ。


 すると、数秒ののちに炎の柱が立った。


 向こうの魔術士が魔法を詠唱したのだ。

 炎に炙られた天井、壁のスライムがボタボタと落ちてゆく。

 もう一方にも轟々と柱があがり、石壁の通路に焔の門ができあがった。


【魔法のオイル】を使った炎は、何もしなければ、数十分はそこに残り続ける。魔法耐性が強い魔物でも、燃え続ける炎に炙られていれば、尋常じゃないダメージを受けるのだ。


 スライムたちは波紋が広がるように燃えあがる門を避けた。

 豪火をくぐり、向こう側へ移動するやつらもいるが、

 床と天井の真ん中しか通れないため、

 パーティーの後ろへは回り込みにくくなっている。  


 そして、核となる個体もほんのすこし、ほんのすこしだが、

 こちら側へ寄った。

 十桜にはそれが視えていた。


 ソイツの弱点と共に。


 それは、楕円の球体中心にある気泡のようにみえる“石”で、しかし、

 その中心から前方に透けて黄色いスポットしか出ていなかった。


(……だが、動く)


「盗賊さん、《風の腕輪》を貸してください!」


 十桜は、後方にいるスレンダーな女盗賊に声をかけた。

 彼女は、倒れた魔術士をかばい僧侶と共に奮戦していた。


《ダンジョン・エクスプロ―》で各々の装備とスキルを探り、彼女の装備アイテムに眼をつけたのだ。


「……なんか、わかんないけど……貸してあげる……! ちゃんと返してくださいね!」


 いたずらっぽく、歌がうまそうな声とともに、

 青色の腕輪が弧を描いて飛んできた。

 十桜はわっかをキャッチすると、それを腕に通した。

 

 その時、


「――かめさんのじゅつ!」


 莉菜の声が響いた。

 彼女がレベル3になって覚えた防御力アップ呪文だ。

 その透きとおるような声で、

 球体をしぼませ続ける十桜は緑色に輝き、背中に甲羅が乗って霧散した。

 防御力が増えたのを確認するように、ナイフの柄を左胸にとんとんあてた。


(おおっ!)


 ジャンパーの上に、薄く強靭な膜が張っているようだった。

 強めに柄をあてても、“触れた”という感触以外はない。


 まるで、ランドセルを前面に着けて無敵になったような気分だった。


「だいたいそろった」


 まだ完全には視切ることができていないし、

 攻撃面での不安はあるのだが、


(あとは飛び込んでからだ……)


 直感が働いていた。


「戦士さん、肩かしてください!」


 十桜は、そう言ったときには、彼のサイの頭ような肩鎧に手をかけていた。


「なんだオマエッ!? 乗っかッ!? なんだァッ!?」


 大柄というわけではないが、

 幅が広くどっしりとした土台に跳び乗った十桜は、


 飛んだ。


 落ちながら、両刀で串刺す。


 ポップコーンのように湧き出す子どもスライムが破裂。

 親の核スライムは刺した後、縦に裂きながら着地。

 

 切り裂いたナイフは、その手を挙げる。

 もう一方は下げる。

 跳んできたヤツラが吸い込まれるように刺さってしぼむ。

 残骸がべちょっと床に落ちる。

 刺して裂いた核スライムは一瞬で元に戻っていた。


「おおおおオオッッ――!!」

 

 ナイフの乱舞をかます。


 産まれてくるヤツ。

 核スライム。

 背中を、脇を襲うヤツ。


「ああああアアアァァ――――ッ!!」


 まったく間に合わない。


 スライムどもはやっぱり増えていく。

 被弾も何度もする。

 しかし、

 それでもよかった。


 十桜の周囲に円系の砂場ができたとき、


『おめでと~ございま~~~す!!』


 この場に一番不釣り合いな声があたまに響いた。


『旦那はぁ新たなスキ……』

 

「加速装置(アクセラレータ)、発動」


 口元で言っていた。


 パッ、サラサラサラと、やはり不釣り合いな、桜吹雪が眼前を舞った。


『これで旦那はァ――』


 あたまは静かだ。

 やかましい声は響き続けているのに。

 

 しかし、


 身体はアツい。


 邪魔をするあぶくどもは消えていた。


 青白い眼には、遠くのヤツしか映っていない。 


(俺がやった……)


 遅れて記憶が来た。

 しかし、


(つかれたァ……)


 限界だった。


「先輩っ!!」

「オマエッ! 何なんだソレッ!?」


 莉菜たちの前線も押し上げられる。


 背中に後輩が到達したとき、

 その背中に硬いものがあたった。

 莉菜が投げた《ハイポーション》だった。


「おお……」


 薄いミストに包まれ、身体は軽くなる。


 十桜は動き出した。


 片手で分裂してくるヤツを封殺。

 もう一つで核スライムを切り裂く。


「うおおおおォォ――ッ削れろおおおおォォ――ッ!!」


 核スライムはブルルンブルルンと波打ち、

 水しぶきをあげるように体積を減らしては押し戻していく。


「こんにゃろおおおおおお――めえええええええェェェ――ッ!!」


 斬っても斬っても、

 のれんに腕押しのような状態で、

 透明な体の奥にある黒っぽい塊にとどかない。ソコがコイツの急所だ。


(ほかになにかあるか!?)


『魔法耐性』

『無限分裂増殖』

『自己再生(大)』

 ・

 ・

 ・

『自爆』


(自爆ッ!?)




 0027 無限分裂増殖スライム




 更新された情報に目をまるくすると、

 塊から、その半分くらいの大きさの球体が排出された。

 ソレは、透明な体内で点滅をはじめたのだ。


(ウオオオオォォ――ッ!!)


「みんな逃げろおおおおお――ッッ!! 自爆するぞおおおおおォォ――――――ッ!!」


 十桜は叫んだ。


 周囲のスライムは減っていて、

 その気になれば、怪我人を担いでも退避できるはずだ。


「おい! マジか!?」


 ガチムチ戦士が返してきた。

 向こう側のチームも聞き返している。


「マジだアアアァァァ――――ッ!!」


 十桜は、腕と喉と腰にありったけを込めた。


「みなさん、逃げてくださいッ!!」


 莉菜が張った。


「アンタはどうするんだッ!?」

「あたしはッ――」


 怪我人を持ちあげたガチムチ戦士に、莉菜は言った。


「――リーダーの背中を守ります!!」


 彼女はサブリーダーになっていた。


「怪我人置いたら戻る!!」


 二人を担ぐガチムチ戦士と、他の冒険者たちも核スライムからじわじわと離れていく。


「ハアッ――!!」


 莉菜は宣言した通り、十桜に近づくスライムを連撃で潰し、


「十桜先輩ッ! あたし、レベルあがりましたァ――!!」

「なんだァ!? 自慢か――ッ!?」

「違います!! 情熱受け取ってくださいッ!!」


 背中で彼女の詠唱がはじまると、黒玉の点滅速度も早くなった。


(……ダメだ!)

(……燕さんを呼ぶかッ……!?)

(燕さんが死ぬッ!!)

(間に合わない!!)

(俺が逃げればいい!!)

(イヤッ……!)


 ・

 ・

 ・

『執着(大)』

 ・

 ・

 ・


 あたまによぎったのは、

 前に読み込んでいた個体情報だった。


(……コイツ追いかけてくる気マンマンッ……!!)


「莉菜逃げろオオオオォァ――――ッ!!」


 十桜が覚悟を決めた時――


「――さしこめ、ほのおのとりさんのじゅつッ!!」


 炎天下のかき氷のような声が響き、

 すぐ後に、

 十桜の両手を熱気が炙った。


 ジュッ ボオォォ――――


 空気と、

 青く透明な体皮を焦がす音とともに、

 二刀のナイフに炎の翼が生えたかと思えば、刀身は焔に包まれる。


 武器への《属性付与》。


 これこそ、【付与術士エンチャンター】の真骨頂。


 十桜の手先は、光の十字を描き、核スライムを溶かしはじめた。






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