0026 三重の挟み撃ち


 マップは広がっていく。


 壁もどんどん透けていく。

 内臓はゴロンゴロンする。

 その場で片膝をついた。


 その時、


 半径100メートルまでに冒険者パーティーの反応が八つ九つと視えた。

 そのうち、戦闘中は五つ。

 五つの中、

 救援信号を出したパーティー三つの中の一つに、

   

 レベル3エンチャンター(かわいい)を捉えた。


 その通路では、

 莉菜の他に十六人の冒険者がいた。

 彼らは、二手に分かれてモンスターを挟み撃ちにしている。ようで、違った。


 一本の通路の並びが、


  魔物・人間・魔物・人間・魔物


 という、冒険者、モンスター入り乱れた三重の挟み撃ち状態になっていた。


 彼女はすでに交戦しているようで、HPは減っていた。

 問題の交戦相手は、

 イージースライムというあだ名の【ソフトライトスライム】だ。

 迷宮最弱のモンスターのはずなのだが、

 冒険者のほうは五人倒れていて、相当な苦戦をしいられている様子だった。


 そこにいるスライムは、バカに数が多く、


(産んでいるのか……!?)


 魚がポコポコ産卵するかのように、一匹のスライムが分裂して大群になっていた。


 分裂の核となっている個体は、

 固有情報を視切るには時間がかかっている。


(もっと……)近づくしかない。


 直接相手を眼にしていない状態でも、

 相手との距離が近ければ近いほど、情報を視切る時間は早くなる。

 それは、昨日のダークナイトで感じていたことだった。


 十桜は片目を閉じて走った。

 

 数十秒走ると、視透した目と鼻の先に莉菜たちとスライムの大群が現れた。

 かすかにあった声や物音がよく聞こえていた。

 まっすぐ進み、一つ、角を曲がれば莉菜がいるのだ。

 そのとき、「ワォ――ン」と獣の声が響いた。

 直線から三つの影が走ってきたのだ。


(犬三匹かよッ!?)

 

 そして、十桜は頭が一瞬真っ白になった。


「……あっ……」


(武器……忘れてた……)


 折れたスコップは、喜多嶋に預けたのだった。


 しかし、魔犬たちは空気なんて読まずにダッシュして襲ってきた。

 十桜は、頭からヘルメットをむしり取りつつ、

 飛びかかってきた爪を避けて、

 ソイツの背骨にメットの一撃をいれ、もう一頭をいなす。


(……気絶させればいい)


 最後の一頭は、

 真横にまわっていて、

 そこから跳びついてきた。

 その鼻っ柱にメットを押し当てるように突き出す。

 そいつは短い悲鳴をあげて沈むが、残る二頭が間髪入れず攻撃してくる。


 犬どもの動きは視えるし、

 軽く避けられるが、十桜は攻撃の決め手にかけていた。


(黄色がつかない……!)


 メットで叩いただけでは『気絶』状態にはならない。


 クリティカルの赤色はともかく、強烈な一撃を導く黄色い光が出ないのだ。

 十桜は、20メートル先にいる、核となるスライムに意識を取られていた。


(こいつはエクストラ……)


 その、最弱のはずのヤツがなかなか視切れない。


(なにか、他に情報は……!?)


 分裂して冒険者を襲うスライムの様子も気にすると、


『――んなんだコイツらッ!? キリがねえ――ッ!!』

『だから撤退しようって言ったんだッ!』

『うるせぇー! 早く呪文かけろ!』

『後ろは薄いぞ!』

『――熱よ渦巻け――……!』

『あの娘らおいてくのか!?』

『向こうも後ろは薄いだろッ!』


(なんだこれッ……!?)


『あたしたちも逃げよう!!』

『エイミーだれが運ぶの!?』

『俺が二人を担ぐッ!!』

『この、状況じゃ……』

『もうポーションないよ!』

『ポーションですっ! 大丈夫っ、もうすこしで来てくれます!』

『救援がくるんですか!?』

『はいっ! かならず!!』


 会話内容がわかる声がはっきりと聞こえてきた。

 まるで、目の前に本人たちがいるかのような臨場感で。


『旦那の《ダンジョン・エクスプローラー》の熟練度が上がったんでさあっ!』


 助手がドヤ顔で言った。


(そうか、使えば使うほどか……)

『二日連続でえらく集中してたでやんすからねぇ!』

(……それより……完全に包囲されてんな……)


 それは、スライムたちが組織的な動きをしていたからだ。

 冒険者の攻撃が中央の核スライムにいかないよう、上下左右至るところから攻撃して彼らの意識を分散させていた。

 攻撃魔法が唱えられれば、壁になって核スライムをガードする。

 通常のスライムにこんな動きをする特徴はないはずだ。

 初級冒険者には荷が重すぎる。


 そんな中、莉菜はよく戦っていた。

 呪文で冒険者たちのステータスを上げつつ、

 パンチ、キックでスライムどもを迎撃。

 隙あらば“星屑流星かかと落とし”を決める。


『ハッ! ンッ!!』

『……オラアッ!! ……アンタぁ、すげえ光ってるなぁ……』

『先輩に……いえッ、がんばりますッ!!』


 だが、モンスターの数が多すぎる。

 物量の前に、徐々にだが確実にHPが削られていっている。


『……ッ! コイツらァ! ……アンタ、スマンな……アンタの回復がなかったら俺は終わってたッ! ……オラッ!!』

『……そうなったら、フンッ……私たち、総崩れになってました……! ありがとうございますッ!!』

『……まだポーションはあります! みなさん回復は言ってください! キャッ……』


 ポーションで回復しても、また徐々に、という繰り返しだった。

 回復職のMPが切れているようで、ポーションが尽きたら……


(はやくしないと……!)


 全滅しかねない。



「コラッ!! クソッ……お前らタフかッ!?」


 十桜はしっかりと魔犬二頭をいなし、微量だがダメージは与えていた。


 しかし、


 焦る。


 莉菜の顔が浮かび、声を聞き取り、

 分裂し続けるスライムを意識してしまう。


(なんで黄色が出ないッ……!?)


 情報の更新が遅すぎる。

 個体情報が出ない。


 さらに焦る。


(武器があればッ……!?)


 刃物さえあれば、魔犬に通常ダメージを与えることができる。

 スポットを待つ必要はない。


(このまま……――)


 ――このまま、冒険者とスライム群の戦闘のなかに突っ込んでいき、

 そこで武器を調達する。

 武器は倒れている剣士から拝借すればいい。


(……なんか、いつもこんなんだなあ……)


 しかし、


 その場所は目と鼻の先だ。

 魔犬どもは十桜を追いかけてくるだろう。

 ソコには戦闘不能者もいる。

 彼らは大量の魔物を前に苦戦している。

 そんなところに凶暴なコイツらを引き連れていくのだ。

 気が引て決断が鈍る。


(……どうする!?)


 こうしてる間にも、冒険者一人のHPが0になり『戦闘不能』状態になった。

 この『戦闘不能』状態から更にダメージをくらうと『死亡』状態になってしまう。

 しかし、まだ『死亡』状態の冒険者はいない。


 だが、


(……このままじゃ……どっちにしろ終わる……)


 彼らはすでに“撤退”を考えているようだが、

 戦闘不能者を抱えて逃げるのは困難だ。

 その上挟み撃ちにされている状態。

 これらが彼らの撤退を阻んでいた。


 このままでは……


(……莉菜ちゃん……)


 十桜は、攻撃を避けて避けて、

 魔物との戦闘を突破するタイミングを見図ろうとした。


 莉菜のいる場所に行くためだ。


 だったのだが、


「……ウオォォ――ン!」


 一頭が助けを呼ぶような鳴き声を出した。


(遠吠えかよッ!)


 一頭、獣仲間はすぐにかけつけ、

 頭めがけて飛びかかってきた。

 それを、身体を反転させかわしつつ、

 もう一頭の跳びつきをメットで殴る。が、遠吠えしたヤツがさらに足に噛み付いてくる。


 十桜はバランスを崩して中腰になった。

 そのとき、

 加勢にきた一頭が切り替えして襲ってきた。

 目線より上に迫る。


(ヤバッ……!!)


 ――ドンッ


 しかし、


 魔犬は床に落ちていった。

 飛行する何者かに衝突されたのだ。

 それは、夜の森の猛禽――


(フクロウッ!!)型のドローンだった。


(喜多嶋さんのッ――!!)


 そのくちばしには、


「武器かッ!?」十桜は、愛らしいフクロウにめいっぱい手をのばした。


 すると彼は、

 プロペラがはめ込まれた翼羽ばたかせ、

 正確かつスピーディーに、

 くちばしで掴んでいるナイフの柄を、

 伸ばした手のひらにおっつけたのだ。


 十桜はそれを握ると、

 噛まれたままの足でしゃがみこんだ。


 頭上には、魔犬が跳びこんでいた。

 ソイツの腹に赤いスポットは飛び出ていて、

 握ったナイフを、

 マトに吸い込まれるかのように突き上げていた。


 ソコにズブリと刺さる。

 魔物の腹は、己の飛びかかった勢いによって切り裂かれていった。


 目をつむる。

 顔に飛沫。ドロリと熱い。

 能力は消え、真っ暗だ。


 しかし、


 刃を降ろし、

 握り手をくるりと返す。

 そして、

 足にへばりつくヤツの頭頂に――


 ――ズンッ


 二頭をやった。


 そして、いま飛びかかってきた二頭にも生えていた。

 赤いソレが――


 

「――ふー……」


 四頭に止めを刺した。

 十桜は大きく息を吐いた。


 フクロウは「ほろっほー」とあいさつ的な声をだし、

 来た道をもどり、

 十桜は、「ありがとな!」ポーションをあおりながらあいさつを返して、

 通りの角を曲がった。   



 0026 三重の挟み撃ち






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