0025 低燃費モード解除、フルモード 


「燕さんは相変わらず楽しそうでいいですねぇ」


 そうつぶやいた喜多嶋は、またカートを発進させた。

 そして、話題を変えた。


「……三日月さんがこいつを握ったとき、刀身が何倍にも伸びて広がったでしょう」


 喜多嶋は高石から没収したという得物の鞘を持って見せた。

 おそらく、ここから勧誘の話に戻るのだろう。


「聖剣ってのは使い手を選ぶんだそうです。このフレイドは、勝負の最後にあなたの手のなかにありましたね。驚きました。刀身が持ち主よりも強大になったんですからね。 ……これがね、私が三日月さんを誘う理由です」


 十桜は、その話が終わる頃には、


(めんどー……)


 となっていた。


 探偵には憧れる。

 だがそれはそれだ。

 もちろん話は断る一択。


「……いやあ、誘ってもらうのは正直うれしいんですけど……ぼくはいま、人の下にはつきたくないんです」

「そうですか。では、依頼を引き受けていただく、などの形ではどうでしょうか?」


(あ~……そういう手があったか~……)


 正直、お金は欲しい。


 スコップの修理代もそうだが、ポーション、薬草などの消耗品の代金もバカにならない。

 ラーメンとかも気軽に食べたいし……

 母の横っ面を札束で以下略……


 ……旅行じゃないが沖縄にも行きたい。

 それに、そろそろ妹との記念日だ。


 十桜はいろいろ思い出していた。

 お金があるとできることを。


 今日のダンジョン探索は、社会との繋がりを思い起こさせる一日だった。

 

「……依頼というのも、ぼくらまだぺーぺーですし、こじんまりとやりたいんで……お断りします」

「そうですか。最初はなるべく簡単なものをと考えていたのですが。残念です。ですが、私は三日月さんのお気持ちが変わるのを待ちたいと思います」

「すいません。 ……あのぉ、それでですね、そろそろ……モンスターが出たら……」


 十桜が、俺に戦わせて、と言おうとしたときには、


『旦那ァ! ちょうどでやんす! あっこの角の向こうから……』

(よし……)


「……ああ、そうですね。わかりました。ドローンたちは戦闘から引かせましょう」

「すいません」

「せんぱい、たたかうんですか?」

「ああ、けど、莉菜ちゃんは休んでてもらいたい」

「え? どうしてですか?」

「ほら、俺、稼がなきゃ……」

「ああ、そっか、そうですね。がんばってくださいね!」

「うん。いまだけでいいから」

「……おっ、さっそくモンスターが現れたようですね。あの角の先からです。カバドーザー、フクローター戻って……」


 喜多嶋がそう言っているときには、二匹の牙ネズミが競うようにして通路に現れた。


 十桜は、荷台から降りてドローンと入れ替わりになった。

 そのとき、


(……これッ!! ドラクエIV(ドラゴンイーターIV)以降の馬車システムみたいじゃあねーかぁー!!)


 この、戦闘する仲間との交代という状況は、国民的RPGの戦闘時シチュエーションに似ていた。


「よしッ!」


 だったのだが、


 ――ボフォ~


 牙ネズミの一匹が吹き飛んだ。

 ソイツは、スライムに体当たりされていたのだ。

 スライムは角の向こうから飛んできた。


「ヒットォオオオ――!!」


 歓喜の声が響いた。


(冒険者かよッ!)


 低燃費モードの眼に映っていた。

 角の向こうから冒険者がダッシュしている姿が。

 そのとき、壁に衝突してべしゃっと潰れたものがあった。

 またスライムが飛んできたのだ。

 そこにいた牙ネズミ二匹、スライム三匹はあっという間に一人の冒険者に倒されていた。


 それは《クラス:拳闘士》の冒険者だった。


「フンゥ!!」


 彼は、魔物の亡骸を前にボディビルダーのようなポーズを決めていた。 


「ヒョウドウさんっ待ってよ~!」


 拳闘士の後ろから、彼のパーティーメンバーらしき五人が来た。


 十桜が口をポカンとあけていると、


「こんにちは~」


 パーティーの剣士らしきひとりが、十桜に挨拶してきた。

 十桜も「こんにちは……」かすれた声で返事をすると、


「ツキちゃん!? ツキちゃんじゃん!!」


 剣士が近寄ってきた。


「えッ……? マジで!?」


 後ろで宝石を拾っていた魔術士が顔をあげる。


 彼らは、中学三年生のときのクラスメートだった。

“ツキちゃん”というのは、

 名字の“三日月”からとった当時の十桜のアダ名だ。


「……ケンタッ、アッキーッ!! マジかよッ!?」


 十桜は目をまるくした。喋る声もはずむ。


「うわッスッゲェェエ!! 懐かしッ!! 冒険者になったとは聞いてたけど、意外だなあ!!」

「それはこっちのセリフだよ!! ツキちゃん目どうした!? ていうか、なんでヘルメット……え? ギルドに就職したの!?」

「いや、これは……話せば長く……」


 それから魔術士のアッキーも寄ってきて、三人で肩をポンポンと叩きあった。


「ツキちゃん、ときダン借りパクしてごめん!」

「いや、俺もお金返してないし……」

「そうだ! ツキ、ケンタに一万借りてるだろ!」

「返します! 地上帰ったら! ごめんなさい!」


 顔がほころぶ。

 胸が熱くなる。

 旧友との会話に、夢中になっていたのだが、


「……ツキはモンスター倒して、借金を……」


 友人の話途中、十桜は後ろを振り向いていた。それと同時に、


「……悲鳴!」


 荷台に座っている莉菜がうなった。


 かと思えば、そこから飛び降りて駆け出したのだ。


「先輩! 助けにいっていいですか……!? 先行ってます……!」


 莉菜は走りながら叫んでいた。


 質問のセリフのはずなのに、

 その行動に迷いはない。という感じで自問自答していた。

 彼女の背中はすぐに小さくなり、

 全身が青色を放つと瞬時に拳大になって突き当りを曲がった。


「火の玉ガール……」十桜は目をまるくしてつぶやいていた。


「なんか聞こえた?」

「え? いや……」

「聞こえた……悲鳴だった……」

「えぇ? おれはなんにも……あの娘ツキちゃんの連れ……?」

「まあ、なんかあったら救援が……」


 友人たちには何も聞こえなかったらしい。 

 他のパーティーメンバーもきょとんとしている。

 喜多嶋の方を見ると、


「私は聞こえませんでした」


 そう、答えが返ってきた。


 悲鳴が聞こえたのは十桜と莉菜だけだったようだ。


 しかし、いまの莉菜の行動は驚きだった。


 彼女が明るく元気なのは知っている。

 口ぶりからして献身的な感じもする。

 だが、彼女がこんなに積極的で行動力がある人間だとは思いもしなかった。

 十桜は通常、他人への《ダンジョン・エクスプローラー》の使用を制限している。

 そのため、こういった彼女の特徴は知らなかったのだ。


 莉菜には他人の戦闘はスルーするように言っている。

 もちろん、助けを呼んでいたらそれは別の話だ。

 たしかに、かすかに悲鳴は聞こえた。

 しかし、莉菜は十桜に相談することもなく、かつ、一片の迷いもなく動いていた。


「日向さん、ヒーローみたいですね」


 喜多嶋は立ち上がり莉菜のいった方を向いていた。


「ごめん! お金こんど返すから!」


 十桜は友人に振り向くと、


「俺も行きます!」


 喜多嶋の横を通りすぎた。


(プレイヤーキラーじゃないな……)


 今日は所々でパトロールをするかのように両眼を開いていた。

 結果、あからさまに不審な人間は視あたらなかった。


 喜多嶋から25メートル離れた突き当り。

 そこの角を曲がろうとしたとき、


 ピコーン、ピコーンと頭のなかで電子音のようなものが響いた。


 シーカーに備わっている通常スキルのマップをひらくと、

 莉菜が行った方向とはまったく逆の場所で【救援の狼煙】が上がっていた。


 そのチェックをしている間にも、

 また別のSOSの報せがあった。それは、莉菜が向かった方向だった。


 そっちの信号は二つもあった。


「私はこっちにいきます!」喜多嶋の声がした。


 振り向くと、彼は手をあげていたので、「わかりました!」十桜も手をあげ返した。


「ウオオオオァァアアア――――ッッ!!」


 拳闘士も何かを叫び、


「ちょっとヒョウドウさん、勝手に……!!」


 友人たちのパーティーも移動をはじめた。

 

 その時、またピコーンと信号の音が響いた。


(こっちだけで三つも!? どうなってんだ……!?)


 だが、行かなければならない場所は一つだけだ。

 とにかく通路の角を曲がり、次の角まで走る。


 そこは十字路。

 三つに分かれる通路のどこからも叫び声が聞こえ、

 その通路の一つ一つに信号があがっていた。

 シーカーの通常マップでは、莉菜がどこに行ったのかわからない。

 救援信号のあった場所にいるとも限らない。

 

(こいつの出番か……)


「ダンジョン・エクスプローラー限定解除」


 口元で言った。


 十桜としては、なんとなく口から出てきたセリフだった。

 しかし、実際に低燃費モードは解除されたようだ。


『解除承知いたしやした、でやんす~!』


 助手とみずたまくんはボフンッと現れた煙とともに消えた。

 すると、

 左眼の青白い光は煌々として、

 半径5メートルのマップはグッと広がった。

 同時に、辺りの壁も透き通っていった。


 それを焦れったく視詰めていると、

 目の前にアンティークな筒状の地図が落ちてきて、

 宙空で止まり、くるくるまわって広がった。

 

 すると、そこには、ネコ顔の助手とみずたまくんが描かれていて、

 二人は浮かびあがるようにして立体化した。

 そして、


『旦那ァ、またお会いしたでやんすねぇ!』


 とウインクをかます。みずたまくんはぴょんぴょんする。


 その間にも、取り巻く壁は半径30メートルまで透けていった。

 そこに莉菜や他の冒険者はいない。


 その時点で、両眼を開けた。


 足元はくずれ、

 目の前がゆがみ、

 ぐらりと回りだす。


 内臓が遊園地のビックリハウスになったかのように気持ち悪い。


「ダンジョン・エクスプローラー・フルモード……」


 名前を付けた。

 気持ちが落ち込まないように。

 青白く光る眼は、更に輝きを増した。



 0025 低燃費モード解除、フルモード 






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