0024 怪盗燕
「――……しかし、私のようにレベルを下方に偽っているようには思えない。正直、驚きました。そんな冒険者を私は見たことがない」
カートを運転する喜多嶋はそういうと、荷台で背中を向けている十桜のほうをちらっと見て、
「三日月さんには物語の勇者のような資質を感じます」
ファンタジーRPGのようなことを言った。
その彼の言い方は、冗談なのか本気なのかわからない。
「えぇ……」
正直、勇者だなんて悪い気はしない。
胸の奥がくすぐられる。
しかし、自分が勇者だなんて恐れ多く、そして大げさで、面倒臭いに決まっていた。
「……そりゃあ言い過ぎですよ、あっしはただのニートでやんす」
『ああ! あっしのチャームポイントがパクられたでやんすぅッ!』
「そうですよ、十桜先輩は勇者でヒーローです!」背中合わせの莉菜は、誇らしそうに無邪気に笑う。
「そうでしょう!」喜多嶋が莉菜の雰囲気に合わせる。
(なんだこのひと、おだててるのか……?)
それから、カートを停めると、後ろを振り向いて、「三日月さん、私のところに来ませんか?」と言った。
(ああ、そういう……)
喜多嶋は、十桜が戦力になると踏んだのだ。
やはり、内臓のどこかがくすぐられる。
しかし、
はいそうですか、そちらにご厄介になります。とはならない。
「どういう意味ですか? パーティーの勧誘、つうか、探偵事務所にはいれってことですか?」
「まあ、探偵事務所とは名乗っていますが、小さなギルドといった形でしょうか、いろいろ仕事を手伝ってもらいたいんです」
「そういうのは、ちゃんとした人がいいですよ。俺は妹のプリン食って謝んなかったから母親に二階から吊るされた男ですよ」
「それから謝ったんですか? 妹さんに」莉菜が振り向く。
「心で」
「心かぁ……」莉菜はゆっくりと顔を戻した。
「いまでもプリンは二個食いですか?」喜多嶋が言った。
「いまは、一個半です」
「おお、成長なさっている」
「そうでしょう」
「あははははッ……」
意外にも、喜多嶋が大笑いした。
彼は、意地でも感情を見せないようなタイプに見えたので、十桜は少し緊張がほぐれた。
「なんにしてもですね、俺はおとといまでじいちゃんばあちゃんに百円せびって駄菓子買ってた二十歳なんですよ。人の役に立てるような人間じゃない」
「才能の使いみちが昨日わかったのでしょう? だからご自身より力の強い者たちをノックアウトできたんだ。人の成長や変化なんて、いつ来るのか誰にもわからんですよ」
喜多嶋は十桜のことを、前から知っているかのような口ぶりだった。
莉菜はうんうん、とうなずきながら十桜に振り向いた。
「こんどからは、足りなかったらあたしにせびってください。五百円までなら」
「私も、千円までならお貸ししますよ」
喜多嶋が莉菜に乗っかてきた。
「……じゃあ、あたしは千五百円で!」
「張るな莉菜っ!」十桜の一喝!
「はうっ……」
莉菜はアニメみたいな声を出した。
「……呼び……捨て、も、いいですね……呼び、捨てでもいいですよ……?」
彼女は、片言のようなしゃべりかたになっていた。
「呼び捨てじゃあ、お父さんとか飼い主みたいだろ君」
十桜は昭和のお父さんみたいな言い方をした。
「飼いたいですか……あたし、のこと……? あ、よっかかっていいですか? 背中」
莉菜は片言から一転、ささやき声になっていて、
言ったときには十桜に自身の背中をあずけていた。
「重いんだよ……俺、か弱いんだからさ」
十桜は、無駄だと思いながらぼやいた。
背中に体重と体温が乗ってきて腰が85度に曲がった。
ついでにいい匂いもした。
「じゃあ、あとでマッサージしてあげます」
「じゃあ、いっか……」
「三日月さん、有料マッサージ付けるんでうちに来ませんか?」
喜多嶋は平たいトーンで言う。
「喜多嶋さん、勧誘へたくそですね」
十桜が横をむいてつぶやいたときだった。
横目に人影が見えて、顔を正面にもどすと、そこに、
「お姉さんもしてほしいなあ、マッサージ」
いつのまにかに、ふわふわロングヘアのお姉さんが荷台に腰掛けていたのだ。
その存在は、青白い眼にもポッと突然現れたように視えた。
彼女は、仮面で目元を隠し、
ボンテージスーツのような装備をまとい、
推定Iカップの胸元全開。
ボン・キュッ・ボンの怪盗、
「燕さんっ!」だった。
「三日月くん、おひさしぶりねぇ、喜多嶋さんはこの前ぶりぃ」
「おひさしぶりっすね」
「この間はありがとうございました。またよろしくお願いします」
彼女は、新宿や吉祥寺でよく見かけて話しをする知り合いだった。
しかし、燕と喜多嶋に繋がりがあるのは知らなかった。
十桜としては、怪盗と探偵が平和的に話しているのが意外だ。
「燕さん、喜多嶋さんと知り合いだったんですね」
「そーなの。喜多嶋さんは仕事のお得意さんなの」
「そうなんすか……探偵と怪盗だからって対決するわけじゃないんですね」
「うふふ、映画ならそうねぇ」
「燕さんと北斎で会うなんて初めてですよね」
「そうね。でもぉ、あたしもはじめてよ」
「え?」
「目をつむっているきみに会うの」
燕は、十桜が片目を閉じている理由を聞いているのだろう。
「ああ……これは、目眩がありまして」
「目眩?」
「ステータス異常ですね。でも、左右関係なく、どっちかをつむっていればそれを抑えられるんです」
「そうなんだ。じゃあ、お目々のところの傷とは関係ないのかな?」
彼女は、仮面の目穴の端を指でさした。
十桜の傷と合わせ向かいのその位置には、羽飾りが付いている。
そこを指でなぞる。
その声や、仮面の奥のやさしい瞳もあいまって、
十桜はドキドキしていた。
まるで、自分の傷を撫でてもらっているかのように感じる。
「冒険者に復帰してからそうなったの?」
「あ、ぼくが前から冒険者だったって知ってたんですね……」
「ふふ~ん、お姉さんはなんでも知ってるのよぉ♪」
燕は、水蜜桃のような声で歌うようにいう。
またドキリとした十桜は、その高鳴りをごまかすように莉菜の方に顔を向けた。
莉菜はとっくに寄りかかるのをやめていた。
「……あの、彼女はぼくとパーティーを組んでいる……」
十桜はそこまで言って言いよどんだ。
あまり目立ちたくないだろう莉菜の名前を紹介してもいいか迷ったのだ。
しかし、彼女は、
「……はい、日向莉菜と申します。十桜先輩の妹さんの友人です」
といって会釈した。
莉菜は仮面の怪盗を前に緊張しているようすだった。
「そうなんだ。よろしくね、日向さん。あたしはソロで冒険者してる燕っていうの。クラスは怪盗なんだけど、怪盗といってもカタギさんのモノはあんまり盗らないから安心して♪」
燕は挨拶をすると、思い出したように、
「そうそう、最近ね、北斎がお宝のにおいでぷんぷんしてるのぉ」
と楽しそうにいった。
「お宝?」十桜はつぶやいた。
「そう、最近の北斎は浅い階層でゴッツイモンスターが出るのよね~♪」
(エクストラか……マジか……)
(つーか心当たりしかない……)
エクストラ・モンスターはそのフロア適正レベルの冒険者が苦戦する個体だった。
その攻略難度の見返りのように、
ドロップするアイテムはレアなものが多い。
「知らなかったです」
十桜は平静を装った。
「そっかぁ、気をつけたほうがいいかもね」
「そっすねぇ」
「あら、落ち着いてるのねぇ?」
「ええっ、いやっ、そう見えるだけですよ」
「ふ~ん……」
燕は十桜の目をじっとみつめてきた。
(うっ……!)
口元を見てしまう。
向かって左のあごにホクロがある。
妹のそらはその反対側にホクロがあるなあ~
なんて思い浮かべていると、
「……きれいな目……」
「えっ……?」
「奥のほうに秘密の部屋があるのね……」
「っ……」
焦った。
燕に、《ダンジョン・エクスプローラー》を見透かされたのかと思った。
(……どうなんだッ!?)
彼女には、ステータス強化系や索敵系、探査系、反応防御系などのスキル反応しか視えない。
だが、やはり、
“なんでもわかっちゃうお姉さんスキル”を持っているのだろうか?
わからない。
なので、
「……ああっ、これ、カラコンです! 部屋といえば、隠し部屋みたいなお宝が穫れるといいですね、エクストラから!」
誤魔化した。
カラーコンタクトを付けるタイプの無課金プレイヤーという設定にした。
「そうねぇ~、でも、やっぱり、エクストラってなにが来るかわからないから、あたしも気をつけるけど、二人も気をつけてね」
「そうですね。気をつけます」
「あ、わたしも、がんばります……」莉菜の声が聞こえた。
昨日、今日戦った強敵たちを思い出す。
思えば、レア・アイテムを借りたから素早く倒せたヤツがいた。
突然現れ、この青白い眼に映らないヤツもいた。
相手の慢心ゆえに、実力を出される前に気絶させたヤツもいた。
ジャンパーの切れ目を見る。
(油断できない……)
肩が強張る。
その肩をとんとんと叩かれた。
「もしも困ったら、光を灯してあたしを呼んで」
ささやいた燕のほほ笑みにドキッとする。
ふれられた肩があたたかい。
「……はい……でも、なるべく自分たちでがんばります」
「きみなら大丈夫な気がするけど、無理はしないでね」
「いやあ、うちのパーティーにはステゴロでやれる魔法使いもいるんで」
「先輩……あたしたち、がんばりましょうね……!」
背中から莉菜の小声が聞こえて、十桜は振りむいた。
「ああ、がんばって逃げよう」
「はい……って、がんばって逃げるんですか?」
「そうだよ。エクストラ・モンスターは逃げんのが一番なんだから」
「先輩なら倒せるんじゃないですか?」
「いやいやいや、俺レベル1だから」
「強いレベル1ですよね! さっきも……」
「アレはまぐれ! 俺はモチベーションの低いレベル1だから!」
「じゃあ、あたしが強くなって先輩を守ります!」
「それがいい!」
「も~、そこは俺が守る! って言ってくださいよ~」
「えぇ~……!?」
十桜が眉をハの字にしていると、うふふっとあま~い声が聞こえた。
「いいなあ……焼けちゃうなあ……」燕はいたずらっぽくつぶやいた。
「やばかったら呼ばせてもらいますんで、燕さんお宝ゲットしてください」
「お宝が目当てでいくんじゃないのよぉ」
「そうでしょう」
「信じてないわね~」
「えへっ」
「うふっ……じゃあ、そろそろいくわね」
「はい。情報ありがとうございます」
「いいのよ。大したものじゃないし、いつもお宝情報もらってるんだから。冒険者としてのきみと話せてよかったぁ」
「えへへ……あっ、この前言ってたやつ、カワウソ屋が入手したみたいですよ」
「ホント!? あそこに!? ……意外ね~、おばあちゃん元気?」
「元気でしたよ~」
「そう、じゃあ帰りに覗いてみるわぁ♪」
彼女は、楽しそうにおしゃべりする。
その表情が静かになる。
すると、指にろうそくの火のような光を灯した。
薄闇がふわっと溶ける。
「指をかして……」
燕に促されて手を出す。
指と指が触れる。
光がこちらに移る。
その光はつよくなり、煌々とふたりを照らした。
「十桜くん、またね♪」
燕はウインクすると荷台からおりた。
彼女は、床の底が抜けたかのように影のなかに消えた。
刹那、宙空に現れたなにかが、通路の奥の薄闇に翔んだ。
十桜には、それが鳥のようにみえた。
指に灯ったひかりはすーっと消え、後には、からだがヘニャヘニャにとけてしまいそうなかおりだけがのこった。
なのだが、それ以外にも刺激はあった。
二の腕に、やわらかでボリューミーなものが押しつけられていた。
背中合わせで座っていたはずの莉菜は、
いつの間にかにこっちをむいていて、十桜の腕を掴んで引き寄せていたのだ。
「あの、莉菜ちゃん……腕があ……」
「……あ、あれっ……すみません……」
十桜がつぶやくと、莉菜は腕をはなして前をむいた。
0024 怪盗燕
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